第12話
画面は収録ビデオに切り替わった。
その画面には、帽子を目深に被った島原が、不躾に差し出されたマイクにとつとつと語る姿が映し出されていた。
『最後の1球は会心の一打でした。神から授かった最後の力を振り絞ってスウィングし、バットは稲葉投手の球の芯を打ち抜いたはずです。打った瞬間はサヨナラホームランを確信していましたが、思いに反し打球は詰まっていて…。完敗です。稲葉投手が神から授かったものの方が優っていたようだ。稲葉投手の投球に、心から敬服します。』
稲葉は心底驚いた。島原は神から授かった一振りを使っていた。なのにどうして自分は勝てたのか。
「その後の島原選手について、正式に発表されておりませんが、本人は球団に体力と気力の限界から、今季限りで引退を申し出ているようです。今期ベンチ入りしたばかりなのに、授かった力を使い果たしたとチーム関係者に漏らしているそうです。どうも稲葉選手との壮絶な戦いで燃え尽きてしまったようですね」
その後の司会の質問など稲葉の耳には届かなかった。
そして、彼はようやく理解した。
「ちょっといいですか」
稲葉は他のチームメイトに質問しているスポーツキャスターのマイクを奪った。
「島原、観てるか。俺達は二人で見た夢について深くは話し合わなかった。結果がついてきたものだからよく考えもしなかった。俺達はどうも10年間も誤解をしたまま過ごしてしまったらしい」
「ちょっと、稲葉さん…」
司会の制止も聞かず、稲葉は話し続ける。
「日本シリーズの対戦では、俺は2球目でゴッドボールを使い果たしているんだ。最後の1球は何にも頼らない、自分自身の体のすべての力を込めて投げた1球だった。お前はゴッドスイングを使った。お前は自分以外のものに頼った分だけ俺の球に差し込まれた」
あまりにも真剣に話す稲葉に、もはやスタジオには彼を制止するものはいない。
「島原、これは本当の事だ。いいか考えても見ろよ。天から降りてきた神様が、絶対打たれない球とどんな球でもスタンドに放り込むスイングなんてチンケなものを人間に授けると思うか。あの河川敷グランドで落雷を受けた時、俺達は正真正銘死にかけていたんだ。そんな俺達に神様が授けてくれた本当のものは…」
カメラを見る稲葉の瞳が潤んでいた。
「もう一度野球を心から楽しむことができる命とそして肉体だったんだ。だからこの命と肉体が朽ちない限り、これから何度でもお前と勝ったり負けたりできるはずなんだ」
稲葉は司会にマイクを返し席を立った。
「おい、稲葉。何処へ行くつもりだ」
監督が稲葉を制した。
「すみません。急に、ラーメンが食べたくなりました」
彼は振り返りもせず大股にスタジオを出ていった。
アクシデントに慣れていない国営放送の司会は、、CMに逃れたりする事もできずにただ返されたマイクを握って呆然としていた。
稲葉と島原の翌シーズンからの活躍は素晴らしかった。
トレードに出されたものの新チームでリリーフから先発に回った稲葉は、ラーメン屋の娘の内助の功にも支えられ2つの完全試合を達成。そして1軍に定着した島原はサヨナラホームランの日本記録を勲章に、それぞれのリーグを代表するチームの監督となった。
そして今日、再び日本シリーズで顔を合わせる。今度は、彼らが長い野球経験から得た、知恵と判断の闘いであった。
了
野球好きの神様がくれたもの さらしもばんび @daddybabes
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