第11話
早朝の国営放送のスタジオで稲葉は監督やチームメイトと出番を待ちながら眠い目をこすっていた。
前夜のビール掛けから一睡もしていなかった。彼のむちゃくちゃな騒ぎようは一部のチームメイトからひんしゅくを買ったが、稲葉にして見れば勝利の余韻が、やがて神から授かった力を使い切ってしまった自分への虚しさに変わってくるのを防ぎようもなく、その虚しさから逃れるためには余計馬鹿騒ぎをせざるを得なかったのだ。
「いいか稲葉。今度あんな投球をしたら出番は無くなると思えよ」
監督が彼の耳元で囁いた。稲葉は監督からも嫌われてしまった。
彼はゴッドボールを昨夜使い切った。もう勝利の決め球は残されていない。来シーズン彼のリリーフの成績が目に浮かぶ。大切な場面で救援を失敗し、ファームに逆戻り。そのまま一軍に上がることなく、もっても2シーズン目に自由契約選手。もう何処も彼を拾ってはくれない。仮にどこかのチームが彼を拾ってくれたとしても、もう1軍のマウンドで活躍できる自信が彼には無い。
「さて、次は球史に残る勝負の立役者、稲葉投手にお話をお聞きしましょう」
一通りのお祝い言葉やお決まりの勝利監督のインタビューの後、稲葉達の出番がやってきた。マイクが稲葉に向けられた。
「昨夜のことでありながらもう、伝説の6球と言われております。誰もが稲葉投手と島原選手のあの6球のやりとりを理解できないのですが、是非ご本人から解説をお願いできないでしょうか」
さっきの監督の言葉が耳元に残っていた。
「解説しろと言われましても…自分にしても、どう投げたのか覚えていないといってもいいくらいで…」
稲葉は困ったように目を伏せた。
「覚えているのは…たった6球ですが、とてつもなく疲れた6球だったことだけです」
そんな返事をしながら、今初めて島原のことを思った。あの時、島原はゴッドスイングを使わなかった。意識して使わなかったのか、それとももう稲葉と対戦する前に使い切っていたのか。
「島原選手はなにか言ってますか?」
稲葉の思わぬ質問に、戸惑いながらも司会が原稿に目を落とし答えた。
「その島原選手ですが、試合後の談話が届いていますね」
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