第3話
彼らの高校時代、練習試合とはいえ遺恨のチームとの対戦の時、島原の一打に勝敗がかかった場面。監督に活を入れられてバッターボックスに向かった彼は、やはり盛んに自分の腰を叩いていた。
彼は相手チームのサイドスロー投手に全くタイミングがあっていなかった。すぐに追い込まれ、挙げ句の果てにはボール球に手を出し、自打球を足に受けて倒れた。ベンチから駆けつけた稲葉に手当されながら島原はぼやいた。
「俺、打てなくて試合に負けたらどうしよう。監督や皆からどやされるのは嫌だ…」
スプレーを吹き付けながら稲葉は言った。
「どうして勝つことが俺達にとって大切か知ってるか」
「なぜだ」
「ただ単に、勝てば嬉しいからだ」
島原は不思議そうに稲葉を見つめた。
「じゃあ、負けちゃあいけない理由は…」
「そう、単に悔しいからってことかな」
呆れ顔の島原に、稲葉は平然と言葉を続ける。
「勝てば嬉しい、負ければ悔しい。今の俺達にとって勝ち負けは、ただそれだけのことさ」
なにか吹っ切れたように、ニコニコ笑いながら打席に戻った島原は、その次の球を気持ちよさそうに強振した。結果はボテボテの内野ゴロ。
お前らは全然野球が解っていないとひどく監督に叱られ、チーム全員が連帯責任でグランドに正座をさせられた。
高校時代から変わらない島原の仕草を眺めながら稲葉は、自分達にとって野球の勝ち負けの意味が変わり始めたのはいつ頃からだっただろうかと考えた。今では野球の勝敗が自分の生活にまで関わっている。特に今は特別だ。なにがなんでも勝たなければならない。島原に勝つためには、ゴッドボールを使わずにいかにワンストライクを取るかが勝負であった。
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