第8話 入学編

ユウトはハクの手を引いて走っていた。

だが、もう少しで非常階段蛾に着くと言うところでハクが手を振りほどいてユウトを睨んだ。


「どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたもありません!なんでハルトさんを置いて行って逃げているんですか!?」

「それはーーー」


ハクはユウトが答えを誤魔化す様に目を逸らしたのを見逃さなかった。


「やっぱり、私が足手まといだったんですね…」

「そうじゃない。ここは危ないし、もともとハクを連れてきたのは俺たちだ。だから俺たちにはハクを無事に返す責任がある」

「そんなの頼んでません!それにそうするならハルトさんも一緒の方がいいじゃ無いですか!」

「シッ、声を押さえろ。ここにあいつらが来るかもしれない。ハルトが残ったのは誰かが残らなければあそこから逃げ出せなかったし、この中で一番場慣れしていたのがアイツだからだ」

「じゃあなんで私にも相談してくれなかったんですかっ。私達も残った方が安全なはずですっ」


ユウトは悔しそうな顔をして下を向いたが、ハクに答えた。


「あいつが1番強いからだ」

「でも、たくさんの人数に囲まれたらっ」

「それでも俺たちがいたらさらに足手まといになるだけだ。ハク、覚えとけ。久遠家は世界屈指の力量を持つ家系だ。これは情報に聡い奴なら誰でも知ってる。だが、これほど有名になる程家系的に強いわけだが、誰一人として特別な訓練をしているわけじゃないんだよ。真に恐れられているのは、その家系全ての異能力者が歴史に名を残してもおかしくない程の力を持っていたからだ。その長男があいつ、久遠 晴人だ」


ハルトの家の事情を聞いてハクは目を見開き声を詰まらせた。

だが、その驚きで少し冷静になれたのか声を荒げずに、だけれど強く意見を変えずに言った。


「でも、ハルトさんはまだ学生ですよ?才能が有ってもそこまで大きな力は無いんじゃ……」

「いや、ある。あいつ自身は気にして無い上に興味が微塵もないだろうが、あいつの力は化け物みたいに強い」

「本当に…?」

「ああ」


ハクは目を丸くしたが1つ疑問を呈した。


「その話が本当だとして、ユウトさんは悔しく無いんですか?」

「何がだ?」

「こうして自身を足手まといだって私と一緒に逃げていることです。親友ならその親友の後ろを守りたいと思うんじゃないかな、と」


それはただ単純な疑問だったのかもしれない。

ハクに特別な事情があるのだとしても、一般常識を持っている者が10人いればその半数が持つ程度の、当たり前で簡単な者だ。

だからこそ、その当たり前が、その常識が今まで何度も思っては抑えて来た誰にも見せたことのない感情のダムがハクの何気ない一言で決壊した


「巫山戯るなよ!悔しく無いかだと?悔しいに決まってるだろうが!?いつもは自分勝手で人に迷惑をかけてくる奴だけど、俺にとってあいつは親友だ!俺は作戦だ役割だなんて言っておいて体良く守られるために仲良くしてるわけじゃない!!俺はあいつ自身が好きだから親友なんだ!だが信じられるかッ?!いつも隣に立っていると思ってるのにあいつは俺の事を守る気でいやがる!隣じゃなくて保護対象なんだぞッ!?その度にそんなのいらねぇ!一緒に戦うって何度も言いたかった!」


ハクは驚愕した。

いつも爽やかに笑っているユウトが、自分に怒鳴っているから?

親友の隣に立てない自身の弱さを嘆いているから?

違う。

いつも1人でいる親友を思って泣いているからだ。


「だがいくら自分を奮い立たせても分かっちまうんだよ…ッ。あいつと俺とじゃ力の差があり過ぎて隣に立てねえってなぁッ」


それまでの慟哭していた姿と一変し、底なし沼を見ているようなほど、暗い声で呟いた

ハクはハルトとユウトとでどのような経験をしたのかは知らない。

しかし、いつも爽やかに笑っているユウトと違う姿を見た事で、自分が触れてはいけない所に触れてしまったことに気が付き、頭を下げた。


「すみませんでした。私は余計な事を言ったようですね」

「ふぅ…。いや、俺も感情的になった。悪い」


ユウトは気持ちを沈めるように深く息を吐いたあと、いつもと変わらない笑みを浮かべた。

そして、叫んだことを恥じるようにそっぽを向きながら指で涙を拭い、真面目な顔に戻すとハクを見つめながら言った。


「俺が原因だが大声を出し過ぎた。そろそろやばいと思うから出来るだけ早く行くぞ」

「はい。でも、なんでエレベーターを使わないんですか?」

「あいつらと丁度鉢合わせたら逃げ場がないだろ。まぁ、それを言ったら階段も危ないがまだ広いからなんとかなるだろう」

「分かりました。では、早く下に降りて応援を呼びましょう」

「は?何を言ってるんだ?」

「え?」


逃げると言うから下に行くと思っていたハクはユウトに何を言っているのかわからないと首を傾げた。


「ここは15階だ。下より上に行った方が早いだろう?」

「え?でも屋上ですよ?」

「まぁまぁ、そこからは俺が頑張るだけだから」

「はあ、分かりました…」


ハクは上で何かしらの方法で応援を呼ぶ手段があると思い深く考えることなくユウトの後ろをついて行った。


16、17、18階と問題なく上がることが出来たが、そこで上から誰かが階段を降りてくる足音がし、ユウトたちは急いで階段の陰に隠れて何事もなく過ぎてくれることを祈った。

だがーーー。


「ん?誰かがいる気配がするな…」

「「?!」」


すぐにバレた。

ここでユウトは囮になることも考えたが自分では殆ど時間が稼げないことに気付き、他の案を考えた。


「チッ、流石にここも警備しているか。どうする……」

「お、やっぱりいたか。全ての階の最初の階段で言ってるが意外と当たるもんだ。外れたら恥ずかしかったがな!」

((アホだ…))


2人はやり方が行き当たりバッタリすぎて呆れた。

だが、それで見つかってしまったのだからバカにはできないだろう。

しかし、ここから逃げる良案が思いつけない。

仕方がなくそのまま走って下に降りていった。

だが、男も逃げている者達を逃す気はさらさらなく階段の手すりを飛び降りてユウト達よりも下の段に立った。


「ハッハー!逃すか!こっちはずっと暇してたんだからな!!」

「こいつ、態度はおかしいが動きもおかしいぞ」


追いかけてくる男の異能は異能で肉体を強化していると分かる俊敏な動きで何度も階段の手すりを飛び越えてユウト達を追ったから、16階に着く頃には先回りされていた。


「チッ、俺たちじゃこいつみたいなプロには勝てないか」

「フェイントでまた下がってから上がるのは…?」

「同じことの繰り返しだし、19階ぐらいで俺かハクのどっちかの体力がもたない」

「打つ手なし、ですか…」

「あ?もう品切れか?もっと足掻いて楽しませろよ!」

(こいつ、頭が逝ってるくせに実力がハンパない。特に速さだ。ギリギリ見えるが、動きに完全についていけない)

(やっぱり、言われた通り、私じゃ役に立たてないの…?)


ハクの脳裏には自分を叱る両親の姿があった。

そして、どんどん表情が暗くなる。

ユウトはその顔を見て、いつもハルト相手に力不足で自身を情けなく思っている自分と重ねた。


「あーあ、少し面白いと思ってたのに面白くなくなったな。さっさとヤルか」


男が全身に力を込める様子を見てユウトは悩む暇はないと悟る。

だからこそ決断した。


「ハク!炎であいつを攻撃しろ!【自由すぎる番人】!」

「!?は、はい!【夢に燃える少女】!」


ユウトは異能でハクの前に空気を酸素多めに送って、ハクが発動した異能の威力を高めた上で、男に向かって複数の炎の塊を時間差をつけて攻撃した


「熱っ!?」

「よし、逃げるぞ!」

「なんで戦わなかったんですか?」


ハクはユウトの指示通りに逃げたが、何故戦わないのか疑問に思い声を潜めて聞いた。

そして、当のユウトはすでに17階のドアを開けながら走っていた。


「当たり前だっ、プロのテロリストなんかとやり合えるかよっ」

「じゃあ、なんで攻撃したんですかっ?」

「視界を防ぐのと、少しでもダメージを与えれたら良いと思ってなっ」

「そうなんですか。あれ?じゃあなんでユウトさんは攻撃しなかったんですか?」

「俺の異能は攻撃よりもサポートの方が得意なんだよ。ハクは今走りやすかったりするだろ?それは俺が空気抵抗を減らして速めてるからだ」

「成る程、じゃあユウトさんは風系統ですか」

「そうとも限らないぞ?」


ユウトは意味深に笑うだけで答えなかった。

だが、一瞬手すりの間を覗くと舌打ちをしそうなほど険しい顔をした。


「…あの、嫌な予感はしますが一応聞きます。どうしましたか?」

「ご想像通り、あいつが全速力で駆け上がってきてる」

「ひぇー!やばいじゃないですか!?さっきの目眩しってあまり意味なかったんじゃ?!」

「そうでもなかったみたいだ。やっと19階に着いた。後1階だけーーー」

「追いついたぞーーー!!!」

「チッ」


もう一踏ん張りするために気合を入れようとハクに声をかけようとするが、頭が残念な男に追いつかれてしまった


「はぁはぁはぁ、やっと追いついたぞ!」

「速すぎたろ!」

「肉体強化系統の異能ってこういう時ずるいですよねーっ」

「うるせぇ!異能は精神力で出力が変わるが、使えば使うほど疲れるだろうが!!もう、ヘトヘトなんだよっ!だからさっさと捕まれ!!!」

「「嫌だっ!!」」

「【夢に燃える少女】!」

「【自由すぎる番人】!」


当然の解答にユウトとハクの言葉が被る。

そして、自身に喝を入れる為に異能名を叫び、ハクは炎を発現させ、ユウトは異能で周りの酸素をハクが出した炎の塊に送りつつ、空気のクッションを作って爆風から身を守れるようにする


「また炎か!?同じのを何回もくらうかよ!」


男は手すりを腕力で千切るとそのままユウトに投げつけた。

その行動に2人は驚き、ハクが反射的にユウトを護るべく投擲された物体に火球をぶつける。

その衝撃で両者は飛ばされるが、男は強化された肉体を使って地面に爪を立てて壁にぶつかる事を防ぐ。

だが、まだ異能を御しきれていないハクとサポート特化のユウトは成すすべなく扉を壊してそのまま19階の中に飛ばされた


「いてててて」

「いたっ」

「クソツ、とっさに壁にヒビを入れて壊れやすくしたから良かったものの、あのままだったら内臓がやられてたぞ」

「ありがとうございます。本当に危なかったですね。しかも、火球の威力を上げすぎたのも失敗でした。次こそはーーー」

「次があるとでも?」


ハクが反省していた時、この階の奥からコツッ、コツッという足音とともに冷ややかな声が響いた


「「!?」」


2人はその声の持ち主からの異能の発動時独特の波動によって圧倒的な力の差というものが教えられずとも理解させられた。

それは勝てる勝てないという話ではなく、戦いが成立するかどうかという程の絶対的な差だった。


「おや?中ボスじゃねぇか」

「誰が中ボスだ。変な略し方をするな。そんな風に呼ぶくらいなら課長の方がマシだ」


そして、階段の方からも男が現れ、剣呑な雰囲気を微塵も感じさせない会話をしだしたが、視線は両方ともユウトとハクを見張っており、身動きがとれなくなった。

図らずも2人は強敵から挟まれる格好になる。

これ以上ない程の最悪な局面にハクの思考は走馬灯のように記憶が再現されていた


(いつもそうだ。何かしようとしたら壁が現れる。何かを頑張ろうとしたら邪魔が入る。今回もそうだ。折角異能を教えてくれる友達が出来たのに殺されそうになる)


ハクはそう考えると、頭がおかしくなりそうな程ーーー激怒した


(もう嫌だ!!なんで私達がこんな目に遭わなくちゃいけないんですか!初めての友達と楽しく買い物をしていただけなのに!)


ハクの怒りと同期する様にハクの体からからオーラの様なものが現れ、ハクの身に纏う様に回転しだした


『そうだよ!もっと心に素直になって!君にはそのための力があるんだから!さあっ、私の名前を呼んで!理不尽な運命から抗うために!!』


聞いたことの声がハクに囁いたような気がしたが、その声すら怒りに飲み込まれた。

だが、何故か言わなければいけない言葉があるような気がし、無意識にその名前を唱えた。


「“桜”」


その声には自身を戒めるモノから解き放たれることを望んでいるかのような、どこか儚い思いが込められた声音だった

その想いと共に言葉を紡ぐと、ハクの体が光った。


「ハクっ!」

「まぶしっ!?」

「チッ」


三者三様な言葉を言いながらも目を瞑り、手で目を覆った。

そして、光が治ったと感じて瞼を開くとーーーハクが淡い炎を纏った巫女のような姿になっていた。

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