第5話「ワンダーワールド」


「——よっ」




かける、君あんな雑魚敵に時間かけてたの?初心者?ここの馬鹿と同じね」


「うるせぇドS斬るぞ。秒でったわ」



 いつものように片手を上げ短い挨拶をしてこっちに向かってくるのは、まさかの少し幼さの目立つ友達だった。


 驚きに目を見開いたサクをそのままに、翔はサクのそばに座るや否や、


「いやーお前やっぱ面白いな。助けてぇぇえびえぇえぇえんって聞き慣れた声が聞こえたもんだから、なんだと思えばお前が魔物に囲まれてたとは(笑)」



「いやいやいや、びええんしてないしお前なんか居なくても大丈夫だったし。てかなんでここにいるんだよ」


 再開の仕方があまりにも衝撃的すぎたせいか頓狂とんきょうな声が出た。


ここにいる理由は、当然この世界に呼ばれたからである。そんなことは聞くまでもないしそんな単純なことを聞いているのではない。サクはいくら思議しようとつかめないそれ以上のもっと深いことが知りたいのだ。


 そして、それを聞かれるのを待っていたとでも言わんばかりに翔は深く頷き、


「それはお前の欲しがってる答えも含めて今から説明してやるよ」


 ——遅すぎる幕が今、上がる。



「まずこの世界について。俺たちもこの世界にきてまだそんなに経ってないから全てが合ってるってわけじゃないが、少なくとも分かっている事はこの世界に召喚される条件は寝る事」

 

「あー。だからあんなに急だったのか」


 少し前までいたであろう中庭の方角を眺め思い出を懐かしむ。


「それならやっぱりこの世界は夢なのか?」


「夢ではあるが、夢ではない。そうお前も考えただろ」


 まるで人の心の内を呼んでいるかのような的を射た返しにサクは内心驚いた。



 そうだ、ここは夢だと言い切るには言い切るには難しい。原理自体こそは夢と等しいかもしれないが、同じ状況に置かれた友達と意思疎通できるなんてそんな都合のいい夢はあるはずがないのだ。しかし、寝る事が召喚される条件なら現実も否である。



「ならここは何だと言いたげだな。さっきのを否定しておいてなんだが、俺たちは一応夢であると疑っている。やっぱり、寝ることがここへの召喚条件ってのが大きかった。でもまだこの世界が何なのかを突きとめれていないのが現状だ。だから、俺たちはここをワンダーワールドと仮名をつけた。不思議な世界」

 

「まあまあなネーミングセンスだな」


「単純さがいいんだよ。無理に中二くさくしたらださいし」


「そうかもな。にしても、これが夢ならどんな夢と言えばいいのか分からん」

 この夢は異世界ライフを体験する夢……?ならいっそ異世界にとばしてくれ。


「まぁそうだな。詳しく言えば、召喚は強制で目が覚めればこの世界から解放されるという勝手すぎる夢だ。だから、仮にドSが目を覚ませば俺らの前からドSは消える。おい、早く目ぇ覚ませよドS」


 片手を高宮に伸ばし軽口を叩く。中てるぞと呟いた高宮はその手の甲を摘まんだ。というよりつねり、痛たたたたたと翔は顔をしかめた。

 

 仲良いな。上原にでもチクってやろうか。

 

「なあ、ワンダーワールドはどれくらい現実に近いんだ?」


 違う世界での設定において重要なのはそこにある。現実世界の感覚が身についている分、何においても激しい環境変化は時として大きい負担になることがあるからだ。 


「ほとんど違和感ないって言い方はおかしいが、夢の中を自由に動き回っている感じに近い。でも、自然回復力と身体能力は人間の限界を超えてる。それは——」



「敵と戦うため……?」


「はじめの頃は敵から身を守るためだったんだが今はそうだな」

 翔は静かにうなずいて次の言葉をつむいだ。



「——そして能力も使える」


 能力、それは限られた人のみが使うことのできる力。どことなく重さを帯びた言葉にサクの全身を感動が走った。


「え、ちょ翔、お前の能力何?すんごいやばいやつ?」


「見てみたいだろうけど、先ドSの能力な」

 


「——え?なんで私なのよ!」


 急な振りに、お前が先にやれよと嫌がった高宮に翔がはよしろやといわんばかりの目配せをすると、高宮はため息をついた後一呼吸おいた。



「私の能力は対象の視界を見れる能力。今君の視界を共有してるけど、実感湧かないと思うわ」

 高宮は早口に言い切った後、なんか文句でもある?と視線を送ってきた。

 

 戦闘の場では非常に有利になることは間違いない能力だ。まして、高宮は銃使いである。まさに鬼に金棒だ。色んな意味で。


「ほーん」


 しかし本当に実感湧かねえ……。これ嘘つかれてないよな?

 サクは実感なさすぎて思わず変な声がでた。


「それじゃあ翔は?なんかヤバいのあるんじゃないのか?」

「見てみたいだろ。まあそんな大層なもんじゃないけどな」


 そう言いつつも少し得意そうにしている翔を、サクはついつい期待の眼差しを向けてしまう。


「よし。サク、そこのドS殴っていいぞ」


 高宮は、「は?」と、なにを考えているんだと抗議しようと立ち上がった。が、直後に合点がてんがいったかのようでサクのほうに体を向けた。


「ほら、立ちなさい。せっかく私を殴れる機会じゃない。さっきの仕返しとかもしたいんでしょ?存分にしてくれちゃっていいわ」

 と、余裕の笑みを浮かべて挑発してきた。


 なるほど。これが罠である事は分かった。つまりは高宮を殴る事ができないということだ。

 サクは手を顎に当てて推測を立てていく。


 仮にそうなら、翔の能力は防御壁をつくる能力なのか、はたまた透過能力なのか。


「まぁいいや。むかつくしとりあえず殴らせてもらおう!」


 考えるのはやめて、サクは軽く握り拳をつくり、構えをとる。


「俺もここに召喚されてるってことは俺もめちゃくちゃ強くなってんだよな。そう考えると俺のパンチで壁壊せそうな気がしてきた!」


「はいはい。早くしてもらえる?うるさいんだけど」



 軽くジャブを打ち興奮状態のサクに対して、高宮は冷めたい。


 しかし、サクはそんな態度にもめげることなく薄ら笑いを浮かべ、


「ふん。もしかすると当たっちゃうかも知れないから踏ん張れよ。痛くて泣き喚いても知らんからな」


 サクの忠告もむなしく、高宮は殴れば吹っ飛びそうなほど力を抜いて立っている。サクは、死ねやっ!と遠慮なく彼女の顔面に、ネットの知識を植え付けただけの腰の入ったパンチをぶち込んだ。


 かなり力の入ったストレートが彼女の下顎を正確に当たるその瞬間、サクは焦りと勝利を確信して——


 ——消えた⁉︎


「どうだ、サク。これが俺の能力だ」


 声のした方に振り返ると、さっきまでサクが殴るはずだったところに翔がいた。


「あ、もしかして前の敵の時にここに移動したのお前の能力だったのか」

 紅い口のアイツが目に浮かぶ。


 ひたすら感嘆するサクに、高宮はパーカーのカンガルーポケットに手を突っ込んで眠たそうに二言。

「対象との位置交換の能力。回避においてはある意味最強と言っても過言ではない。飛びものを扱う敵に殺されることはないわ」


「え、まじ?!すげえなその能力」

 回避率百パーセントはヤバい。ヤバすぎてサクの語彙力がまたどこかに行ってしまった。


「でも、難点は一回で他人と他人の入れ替えができないところと視界に映る人限定。使えないわ」


 高宮は残念そうな声を漏らした。



「そうか?手を繋げば自分と一緒に他人も付いていけそうだけどな」


 アニメとか観てたらたまに手を繋ぐ事で影響を与えるシーンを見ることがある。また、手を繋ぐことで大概のことは可能になる。世界中の人が手を繋ぎあえば、平和になると言われているくらいだからな。


 でもまあそんなは既に試したか、とサクはかぶりを振った。



「いや、まだしたこと無い。今度やってみるか」


 翔はやや驚きの表情でサクを見つめ、高宮はまぁいいアイデアなんじゃない?とパーカーの紐をいじりながらそう答えた。

 その二人の様子にサクは何となく気が浮き立った。


「二人のは分かったんだけど、俺の能力は?まず、どうやって出すんだ」


 次は俺の番だと、サクは心を躍らせ指をワキワキさせる。

 実は、こういう平凡な奴ほど転生や召喚でチート級の能力や魔法を手にしてハーレムなり魔王討伐なり出来てしまうのだ。だから冴えない凡人からしたらこれは人生経験においてかなりおいしい部分、ウハウハである。


「まだ試してないのか。能力発動!ってやったら能力発動するぞ」


「なんだ、意外と簡単だったんかい」


「そう、意外過ぎて逆に時間かかったんだよ」


 サクは翔が能力が出るのを信じて発狂したり中二病じみたことしていたところを想像した。あんまり、いつもと変わらねえな……。


「よし!やってみるわ」

「おう。すげえの期待してるぜ」


 能力を使う相手を意識するといいぜと、翔はサクの背中を叩く。高宮は俺の能力開放よりも、パーカーの紐の長さをそろえるのに夢中になっているようで、何も言わないどころか見てくれすらしない。


「ふう……」


 心を落ち着かせて、頭から全てを振り払う。欲まみれな時ほど痛手を負うのが世の常だ。


 深呼吸して、頭の中がクリアになっていくのをイメージする。

 翔が言っていたように、紐をいじっているそいつを対象にする。どこからか沸きあがる力を安定させ、



 ——そして、すべてが満たされた瞬間、



「能力、発動!」



 




 







 


 




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