第4話「曇りのちのち晴れ」


 少女の不信と懐疑かいぎに満ちた視線、銃口から目が離せないサクはそれを唾とともに飲み込んだ。


 いつか見たドラマのように静かに両手を挙げて膝を地面に付ける。そしてそのまま上半身を前に倒し——


「一切の抵抗はしませんだから撃たないでください命だけはどうかー!」


 

 生まれて初めて真面目にした土下座。それは、命以外のなにも求めないただただ純粋で無垢で美しい形だっただろう。


「君、白瀬 朔だっけ。ほら、撃たないから顔あげて、普通降参の時は土下座しないから」


 久しぶりに聞く女の子の声だった。それは優しい系の白色を想像させるような甘さがあった。


 良い声だなぁ。そういえばなんで俺の名前を?というかなんで俺は銃口向けられてたんだ。サクは疑問符を浮かべ顔を上げた。



 ——————ドン!


 落雷のような重い音が鳴り響いた。それと同時にサクの目の前にはヒビの入った地面が現れた。それは出来立てを示すように薄い煙が立ち上っている。まさに、青天の霹靂である。


 遅れて緊張と冷や汗。サクの心臓が過去最高の速さで早鐘を打っていた。


「ちょ、ちょちょ、なんで撃った⁉危ないじゃねーか‼」


「うるさい。てるわよ……」

 

 さっきとは別人すぎる声に嘲弄ちょうろうまじりの視線、今度はサクが不信と懐疑の視線を向けた。


 見た目はおそらく自分より下。真っ白なパーカーに黒の短パンとなんとまあラフい服装。さっきのだましといい少女が眼鏡をしているところからサクはこの少女はドSだろうと判断した。異論反論は認めない。


「さっきから色々と忙しいな……」


 少女が銃口を下ろしたのを確認して、サクは手の汚れを払って立ち上がる。


 この少女は敵——とは言い難い。さっきの理性と知性の欠いた人形を相手にしていたサクにとって言葉が通じる相手は仲間である認識が働くのだ。あれ、でも撃たないと言っといて撃ったということは言語を理解していないことと同じだからこの少女は敵……‼



「……お前、どっちなんだ……?」


 また発砲されるとたまらないので、サクは少女を刺激しないように慎重に聞いた。



 少女は明るい髪を指で触りながら


「お前って呼ばないで、中てるわよ。私の名前は高宮たかみや しずく



 高宮 雫……。サクは頭の中でそれを何度も反芻はんすうする。



「それで、君のどっちかという質問。仮に私が味方なら君はどうする」


「味方なら自己紹介した後に色々聞かせてもらう。さっきから全てが謎すぎだ」

 

 そう、と彼女は静かにつぶやいた。



 


「じゃあ、仮に私が敵なら君はどうする」


 高宮は髪をいじるのをやめ、静かに問いを投げかけた。

 冷たいとも暖かいとも言えない風が彼女の髪を揺らしている。


「……」


 ——敵だったらどうするか。どっちであるかと聞いておいてサクは即答できずにいた。考えてみれば、相手は当たれば死んでもおかしくない近代兵器を所持しているのに対して、自分は武器さえ手にしていないのだ。いくら異世界に召喚されて最強だとしても魔法の出し方なんて知らないし、このまま戦ったところで体に穴が開く未来しかないことは誰にだって想像できる。

 

 なら、どうすればいいのか……?


「仮に高宮が敵なら俺はどうしたらいいと思う」


 敵だった場合、戦えば死、抗っても死。ならば、死ぬまでの時間を最大限まで時間を引き延ばして何とか助かる方法を探ればいいというのが今のサクに出来ることだった。


 しかし、この返し方は流石にまずかった……彼女が敵の場合、今の選択は彼女に自らの命を差し出しているのと同じだ。それはサクの確実な死を意味している。



 高宮はその質問には答えず、上を向いた後サクの背中側に回った。少しして、頭に固いものが突き付けられた。


 

 これが答えか。サクは彼女がどっちなのかを悟り、群青の空を見上げた。全身に力が入っているせいか、手のひらに爪がくい込んで痛い。


「もうちょっと生かしてもらうことってできますか?」


 どうせ殺されるならとダメもとで聞いてみた。



 ——彼女から答えはなかった。




 ここからさかのぼってみれば、よく分からんところに召喚されて、よく分からん奴らに囲まれて、少女に銃を突きつけられ殺すと脅されるような人生だった。


 

 ——後方で死を宣告する鐘が鳴る。意外と軽い音のような気がした。


 確認しなくとももう終わりがすぐそこまで来ているのが分かる。


 サクは思わず、


「全部夢だったら……」


 いつか見た悪夢を思い出しながら後悔を漏らした。



 そしてサクは目を閉じて————






 

 ————んんんんふふふっふふふ


「はっははははは~やばい(笑)」



 響いたのは銃声ではなく過呼吸になりそうな彼女の笑い声だった。

 



「は?俺死ぬんじゃないの?完全に死ぬ流れだったよな。あれ、もしかしてもう死んでる感じ?」


 さらに謎が増えた。サクは事態が呑み込めず、考えもまとまらない。


「君ってかなり馬鹿じゃない?絶対偏差値低い高校とか行ってるでしょ」


 破顔した高宮は必至で笑いを殺して震えているが、波は大きかったようで堤防はもう破壊されてしまい笑い声がだだ漏れである。



「いい?私は味方。安心して」


「は?でも銃で殺そうと……」


「あの時点でまだ味方とも敵だとも言ってない。俺はどうしたらいい?って聞いた後勝手に早とちりし始めたから乗ってあげただけ。いや~ほんとヤバい死ぬ(笑)」


「……はあああぁぁぁぁ」


 そうだ。彼女はずっと黙ったままだった。ただ後ろに回って銃突きつけてリロードしただけだ。


 完全にはめられた。全部夢だったら……とか言っちゃったし恥ずかしすぎる。むしろ殺して欲しい。

 


「無防備なところとあの魔物すら倒せないところから推測するに君この世界のこと何も知らないでしょ」


「ええはいそうですよごめんなさい」


「その態度きもい。てるわよ。実をいうと私も二週間前にこの世界に来たの。というかみんなそれくらい」


 高宮は胡坐あぐらをかいて銃を組んだ足の上に乗せた。それに倣うようにサクも座り込む。


「やっぱりここって異世界なのか?魔法とかも使えたりするのか?」


「答えたいところだけどもう一人加えてからにするわ」


 誰だろうか。このドS少女と二人だと下手したら殺されかねないので助かる。


「いつまで笑ってんの早く来て」

 高宮は建物の下へと繋ぐ階段に声をかけた。


「ごめんごめんwちょっとツボ入っちゃってww」


 さっきのを掘り返して笑ってるとか何奴だ。ドSに変わってうざそうな奴とか面倒くさくなる気しかしない。


 しかし、その姿を見た瞬間サクは驚きの声を上げていた。

 


「——お前、なんで」



 

 



 





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