第1話「ビタードーン」



「……っはあっ!」






 ────チュンチュン、チュンッ




「……はぁぁぁ……」




 半身を起こして、遅れてけたたましく鳴る目覚ましを止める。

 部屋はカーテンで閉め切っているのか寒い日の曇りなのか目が開いていないのか、温かい日差しが届いていなく薄暗い。だが、部屋の気温とは裏腹に七時間体温で温められた布団は生温かい。サクは冷や汗で濡れた服をそのままに、青暗い壁をただ見つめていた。

   


 ────白瀬しらせ さくの苦い目覚めだった。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 白瀬 朔は今を生きる高校生である。


 彼の人生は平凡オブ平凡。会社員の父と仕事のできる母から生まれたただの子供。当たり前の毎日を当たり前の生活をして生きているだけだ。生まれ持った才能も欠けているとこも特にない、高校一年である。平凡で何が悪い。彼女がいなくて何が悪い。


 そんな事を考えながら階段を降りていたら、踏み外しかけて心臓が跳ねた。


「おおっ!っぶねーな。気をつけろ!」

 サクは朝二番目のビックリに寝起きの不機嫌さが加わって思わず階段を叱りつけてしまう。



 ────そういえばあの夢はなんだったんだろうか。

 

 階段で軽く死にかけたことで、ふと今日見た悪夢が頭をよぎった。


 悪夢といえば悪夢だった。どういう経緯であの場所にいたのか分からなければ、なんで戦っていたのかも謎だった。はっきりと覚えているのは新鮮な恐怖心と憎悪だけだ。あの得体の知れない男から武装した女の子を助けて自分がやられる夢オチとか意味が分からなすぎる。


「嫌な目覚めのアフターケアとかないもんかね」


 短くため息を吐いた後腹が減ったと腹をさする。腹筋ねーな。脂肪もないからセーフ。

 腹を触ったのが原因か、サクは穴の空いた腹と臓器を思い出してしまった。また冷や汗が背中を伝う。しかし、それは聖なる声で泡のように消えていった。


「サク、早くご飯食べてしまいなさい」


「おはよ母さん」


 仕事ができ、さらには家事もこなせるスーパーママな白瀬 佑香ゆうかはもうデストロイヤーも破壊できるんじゃないかくらいのインクレディブルなママな事もあって、当然白瀬家では主権を握っておりこれはもう絶対王政である。もちろん母親様様なので何を命令されても特に逆らうこともない。いや、逆らえない。



 椅子に腰掛けニュースキャスターの声を半分に、お母様がおつくりになられた朝食を頂いていく。朝のニュースキャスターって友達少なそうだよね。人の事言えないけど。


「ねぇサク」


 朝食から視線を上げると母と目が合った。が、特に何も窺えない。何も思いたある節がない分少し怖く、なんで自分が恐れているのかも分からない。いや、やましいことなんてなければ恐れる事なんて一つもないのだ!そう、なければ!


「……ん?どうかした?」


 努めて平然に振る舞い、昨日平日にもかかわらず日が変わる直前にこっそり帰ったなんて事実は知らない!てか俺は悪くない!だからやましくなんてないっ!と、しらを切る。だが、どんな理由であろうと母が門限破りについて許したことは無い。


「悪いけど、今日の晩御飯は自分で作って欲しいの」


 サクの心配も杞憂だったようで、母は少しすまなそうに眉を寄せ、顔の前に両手を合わせて上目遣いにこちらを見つめる。あら可愛い。


 しかし、今回だけは許せない。どれだけ頼み方が可愛かろうと母の立場が高かろうと、今回ばかりは本当に許せない。なぜなら——


「母さん……今回『は』じゃないよ!もう一週間続いてるんですけど、もう一週間パスタしか食べてないんですけど!」


 サクは時間があるなら今からでも何かパスタ以外、いや、麺類以外の料理を作ってほしいと懇願する。


「自炊できないのが悪いのよ。せっかくの機会なんだし挑戦してみたら?これから先結婚できないまま一人暮らし生活するのにパスタしか作れないとか死ぬわよ」


「うるせ。パスタなめんな」

 

 そうは言いつつもサクは今日は寿司でも食べようと考えていた。



 ささっとご飯を平らげ、ご馳走様ーと毎日欠かしていないココアを一気に飲み干していく。びゃあ゛ぁ゛うまひぃ゛ぃぃ゛


「あ、そういえば」

 ココアを含んで話せないのでまた何かを言い出す母に目で続きを促す。


 



「昨日学生の身分で帰ってくるの遅かったけど、理由を聞こうかしら」



「ぶふっっ!」




 ——久しぶりに床を拭いた。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※  


 

 

「いってきまーす」


 返事の返ってこない家に挨拶を告げ、家を出る。自転車を出す途中、家と外の温度差に思わず身震いし、あくびも出た。昨日は色々あって寝付くのも大変だったのだ。その上朝から良いことない続きである。


 止まらないあくびを噛み殺し、住宅街を抜けていく。駅が近づくとビルや店が多くなってきた。スーツの人が増え、地面の唾の数も増える。はい唾吐いた奴軽犯罪法違反〜



 サクは駅に入り定期券をかざして改札を通る。ホームにはスマホをいじった制服姿や地面を見つめる社会人が並んでいた。


 慣れたようにホームの端まで歩きいつもの電車が来るのを待つ。すると今日も声をかけられる。


「よっ」



 カバンを背負い直して声をかけてきたのは昔ながらの親友、葉山はやま かける。明るい短髪で少し幼さが目立つ顔だが同い年だ。 家が近く、親のつながりで物心ついた時には一緒に遊んでいたし一緒にお風呂に入ったことも寝たこともある。決してBLではない。


「よう」


 短い挨拶を交わしたところでちょうど赤塗りの電車がやってくる。前に続いて乗り込むと車内は暖かかった。


「サク、昨日の事本当か?」

 電車に乗り込むやいなや翔はにやけをこらえて聞いてくる。


「当たり前だろ。塾の建物に閉じ込められたのをわざわざリアルタイムで状況報告する嘘つくほど暇じゃねーよ」


「友達少ないサクはやりかねないな」


「友達いるわ。トモダチ。あと、奇跡的に先生が忘れ物してなかったら俺今ここにいないから」

 

「いなくても存在薄いし大丈夫。そうじゃなくても説明したら学校公欠になるんじゃない?」


「さっきから友達いないだの影薄いだの、この俺がそんなあおりに乗せられると思うなよ」



 取るに足らない会話を繰り広げていると、電車はのろのろとした速度から窓から身を乗り出せば風に体を持っていかれる速さで進んでいく。


「なぁ、翔」

「ん?提出物写させてくれって?やだよ自分でやれ」


 何も言ってないのに、翔は先回りして残念そうに首を振る。


「誰が提出物やってないと言った。昨日塾の時間にやったからいらねーよ」

「塾いく意味な。んで、なんだ?」


「お前、死ぬ夢見たことある?」

 

 気にするほどでもないが、今回の悪夢はなぜか頭から離れなかった。


「なんだよ急に、夢で死んだのか?」

「死んだって言われると本当に死んだかは知らん」


 そう、死んだかは分かっていないのだ。腹に穴は空いたし臓器も血も出たけど死んだかどうかなんて実際のところ分かっていない。きわどいところで目を覚ましてしまったからだ。


「そう言われると誰かに殺される夢って自分が死ぬのを自分の目で見た事ない気がするな」

 

「だろ?死ぬ夢みたら本当に死ぬみたいな噂聞いたことあるしちょっと怖い。ちょっとだけな?いや、やっぱ怖くない」


「結局その心配かよw」


 うるせ、と笑顔で返す。それと同時にサクはどこかひっかかりを覚えたが、向こうから来た電車とすれ違う音に意識を戻されそれがなんだったか忘れてしまった。


「夢ってどんな夢だったんだ?」


「簡単に説明すると、可愛い女の人とよく分からん男の人が殺し合いしてて、女の人が殺されかけたから助けたら男に剣で腹ぶち抜かれて血と臓器が出るわ気づいたら女の人いないわで痛みと憎しみの中で目が覚めた」


「女性には優しいのなサク。俺が車に足引かれて死にかけた時は笑うだけだったのに」


「そうゆう意味で助けたんじゃない。あと三年も前の事掘り返すな。女々しすぎてお前もう女じゃね?」


 今度はカケルがうるせーと口をとがらせる。翔はこれ以上何も追及する気はないらしく、二人は車内の静寂に耳を傾けていた。


 電車はすでに三駅ほど進み、やがてサクが通う富原高校がある富原駅に到着した。


 

 電車のドアが開くと富原高校の生徒がぞろぞろと改札へと向かう。サクは電車の最後の車両が改札に一番近いことを活かして先頭で改札を抜けた。駅を出て、二つ角を曲がれば学校は目の前だ。


「そういや、お姉さんは元気?」


「あー、元気といわれれば元気だが元気ではない。何より変化がない。」


「てことは、今日の放課後は病院か」

 

「そうだな。お前も来る?」



「いや、今日はやめとく」


 だんだん声が小さくなっていき、サクは何だと翔を見る。翔は何かを見つめていて、その視線を辿ると——


 

「お前朝からキモイな」


「それ、負け犬の遠吠えって言うんだぜ。あ、非リアの遠吠えかw」


 翔のほぼ彼女みたいな関係の女子、上原うえはら 由衣ゆいがいた。


 周りの女子よりやや高い身長に、整った顔。もう少しで腰に届きそうな黒髪は彼女の清楚さを感じさせる。おそらく富原市で一番ダサいと評判のわが校の制服を着ているが上原はうまく着こなし、すらっとした体型はモデルとまでは言わないがちゃんと女の子していている。


「なんで普通サッカー部の先輩と付き合ってそうな女がお前と相思相愛みたいな関係になっているんだ。おかしいだろ!帰宅部のくせに」


「まあ?まだ付き合ってましぇんけど?仲良くしゃしぇてもらってましゅよ?」


「顎しゃくるのやめろ。うざい。あれだろ、金、いくら出したんだよ」


「心外だ、お前をそんな奴だとは思ってもいなかったぜ。だからお前は一生独り身なんだよ。死ね」


「まだ希望あるわやかましい!あと最後ただの暴言じゃねーか」



 一人暮らしだの独り身だの母さんと同じこと考えてやんの。お前母ちゃんと同じ思考回路ぉぉぉwwwwwブフォォォォォwwwwと一瞬思ったが、おもんな、と思ったので言わないでおいた。


 気付けば校門にまで来ていた。群がって歩いている生徒の間を縫うようにして自転車が通る。グランドには意識高い系運動部が大声を出して朝練していて、朝からうるさいとは思えども感心させられた。



「あ、そういや俺今日食堂なんだわ。昼に並ぶのキツいし予約してくる」


「え?……おう」



 サクは唐突に別れを告げられ若干戸惑った。


 翔は大地を駆ける虎のように、はたまた、大空を翔るワシのように食堂へと姿を消した。

 

 学校食堂。それは昼に行われる伝統あるいくさの名だ。全校生徒約七百人の内半数が五十分の間に百六十の席を取り合う。複数人で座れることはまあない。四限目の終わりを告げる鐘がスタートの合図。準ガチ勢が教室をでて二段飛ばしで階段を降り食堂までの約四十メートルを全力疾走し食堂へと並ぶのだ。ガチのガチ勢は朝に予約をすませて以下略である。


 食堂って意外とメニュー多いよな。うまい割には安価あんかだし控え目に言って最高。

 


「…………あっ!」


 サクはふと思い出し思わず大きい声が出てしまった。周りの生徒の視線が痛い。痛すぎて保健室に行くレベル。

 多くの人が何事かと言いたげに視線を送る。




「俺も今日弁当ねえや」


 

 と小声で呟き、サクも翔の後を追うように大地をかk(以下略)



 


 


 


 


 

 








 

 











 



 






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