第34話 集結




「と、綯華……焔一人では……」

「凪ちゃん黙って……焔なら、焔なら一人でもやれるんだから!」


 左腕の怪我よりも脇腹の怪我の方が痛むのか、魅綺城の息使いは荒く、額に汗を浮かべて体を強張らせていた。

 綯華は出来るだけ魅綺城の体に負担をかけないように歩かせながらも、決して後ろの焔を振り返ろうとはしなかった。


 もしも振り返ってしまったら、きっと自分は魅綺城をその場に残して駆け出してしまう。


 自分の性格をしっかりと自認している綯華は決して振り返らない。そして同時に、焔が引き受けると言ったのなら、必ずバンプキンを抑え込むと信じて——いや、判っていた。


 焔が一人残り、綯華が魅綺城を抱えて下がってくることは、玄武の側でサポートに回っていたサイクロプスたちにも見えていた。

 互いに視線を合わせ、職人親子に絶対に動くなと強く言い残して綯華たちの下へ駆け寄る。


 バンプキンの目の前で何が起ころうとしているのか、それは乃蒼が合流したレイドのパーティたちにも見えていた。

 負傷者を出しつつも合計三体のトロルを撃破し、急いで希少種ネームドの援護に向かおうとした矢先、まばゆい光が見えたと思ったら、少年が一人こちらに向かってくる。

 ほぼ同時に、立ち上がったバンプキンから退避するように、長髪の少女を抱える短髪の少女が見えた。


 レイドパーティの面々は、それだけで何が起こったのか想像がついた。


 戦線が崩壊したのだ。元々は撤退までの時間稼ぎのためにレイドを組み、安全確保のために分散して対応した。

 希少種ネームドとの戦闘を担当したまだ若いサイクロプスたちだけでは、やはり無理があったのだ。


 そう判断し、仲間を退避させるために一人残ったと思われる焔の下へと駆け出す。だが、トロルを三体も相手にして疲労した体と、希少種ネームドとの混戦を避けて距離を離すように誘導していたため、いざ再合流しようとしても距離がある。


 僅か数分であろうが、その時間が焔の生死を分ける。




 トロールド・ストレンジ・バンプキンの前に一人残った焔は、まずは敵対心ヘイトが誰に向いているのかを確認するため、バンプキンの前を左右に動きながらフライクーゲルで攻撃し、その視線が向く先がどこにあるのかを見極めていた。


 数分前の想定では、〈クロノス〉を使用したことによる敵対心ヘイト上昇で、焔自身にバンプキンの敵対心ヘイトが向くと考えていた。

 しかし、魅綺城が見せた〈加速アクセル〉効果中の連撃は焔の想定をはるかに超えていた。

 あれほどの猛攻が積み上げた敵対心ヘイトが一体どれほどのものか、果たして自分が稼いだ敵対心ヘイトを上回るものなのか、それともさらに上乗せすれば越せる程度の差で済んでいるのか。


 まずはそれを確認しなければ話が進まない。


「ほら、どうしたっ! お前の相手はこの俺だぞっ!」


 怒りアンガーモードにこそ突入していないが、バンプキンの鼻っ柱のブツブツは赤く変色し、激しい怒りを表していた。

 眼球のない真っ暗闇の眼底が足元でウロチョロする焔を覗き込む——これで判った。バンプキンの敵対心ヘイトは未だ焔に向いている。

 逆に言えば、あれほどの猛攻であっても、焔が積み上げた敵対心ヘイトを越すことができないということは、今後の狩りハントでも重要な情報となる。


 味方への〈加速アクセル〉と、敵に対する〈巻き戻しリワンド〉。

 その重ねがけとも言える敵対心ヘイトの積み上げは、一歩間違えば取り返しのつかない量になる。


 だがそれでも、やらなければならない時というのは存在する。どんなにその選択が間違いだとしても、それを採らなくては大事な何かを失うのなら、その選択は正解なのだ。

 

 攻撃を鼻っ柱に集中させていくが、基本攻撃の低いフライクーゲルではバンプキンの表皮をるどころか、体勢を崩すことすら出来ない。

 バンプキンは焔の攻撃を煩わしく思うこともなく、胴体と同じくらい太い右の巨腕を振り上げ、機械的な咆哮と共に焔を叩き潰さんと振り下ろす——。


「くっ、リフレクター!」

 

 焔の身体能力はそれほど高くはない。スキルカードを挿すスロットもないことから、〈身体能力向上〉などのブーストも出来ない。


 振り下ろされた巨腕が焔に直撃する寸前、ギリギリのタイミングで展開された赤いリフレクタービットが盾となり、〈反射〉を受けたバンプキンの巨躯がバランスを崩して片足立ちになった。


 崩れた体勢を立て直そうとするバンプキンに対し、焔はリフレクタービットをもう一枚引き、荒れ果てた道路を踏み抜きそうな程に力強く戻ってくる足元に対し、斜めに入るよう投擲した。




「上手い! あの少年、電脳獣オーガの動きをコントロールするのが本当に上手い」

「だが、一人で希少種ネームドを相手してたら絶対に死ぬぞ?!」

「なら走れ! あの少年を見殺しには出来ないぞ!」


「ほ、焔くん大丈夫か、かな!?」

PBサイコ・バンドで観れるHP(ヘルス・プロテクション)は全然減っていないです。それに凪さんも心配です」

「で、でも……」

「えぇ、焔君一人だけにはしません」


「おやっさん、お嬢さん、サイコ……出せますよね?」

「あ、あぁ、実戦経験はないが……」

「私はあります! 行ってください!」

「この子のことも頼みます。何かあれば、すぐに戻りますから」

「……わかった。行ってやってくれ」




 裁縫工場を間近にした荒れた道路で一人、焔はトロールド・ストレンジ・バンプキンの動きを非力な銃型サイコのフライクーゲルと、〈反射〉しか出来ないリフレクタービットだけでコントロールし続けていた。

 猛攻を〈反射〉させてダメージを与えているが、バンプキンの硬い外皮と再生能力の前では意味がない。

 全部で六枚のリフレクタービット、一枚使えば補充されるまで三分。希少種ネームドクラスを相手に1対1で攻撃をなすには、実に心許ない枚数であり、補充されるまでの時間はあまりにも長い。


 しかし、その〈反射〉しか出来ないリフレクタービットの扱いは見事の一言だった。


 左右の巨腕を暴風のように振り回すバンプキンに対し、転げるように攻撃を避けながらも、致命的な瞬間は必ずリフレクタービットで跳ね返し、そこから状況を上手く好転させて敵対心ヘイトを引き受け続けている。


 そして、そんな焔の善戦を見殺しにするほど、サイクロプスと呼ばれる者たちは薄情でも、恐怖に負けもしなかった。


 今ここで、このタイミングで、トロールド・ストレンジ・バンプキンの前に、レイドパーティが集結しようとしていた。



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