第33話 加速




「綯華! 虎太郎! もう一攻めするぞ!」


 魅綺城の答えに焔が吠えた。


「おぉ〜!」

「わ、わかったー!」


 綯華と虎太郎が応えるのを聞きつつ周囲を確認し、乃蒼の玄武はサイクロプスに守られながらさらに距離を取って下がっている。

 反対側を見れば、三体に増えたはずのトロールは残り一体にまで減っていた。PBサイコ・バンドを軽く確認すると、レイドメンバー全員のHP(ヘルス・プロテクション)は安全圏にまで回復している。乃蒼が合流し、形勢が完全に逆転したのだ。


「魅綺城、もう一度コアを露出させる。それでバンプキンを沈められるか?」

「経験上……バンプキンレベルの希少種ネームドはコアを三〜四回は攻めないと無理だ」

「三〜四……ならいける。次のチャンスで二回分叩き込んでくれ」

「二回?」


 説明はあとだと言わんばかりに焔はフライクーゲルを構え、再使用時間クールタイムが完了したばかりの〈クロノス〉を再び発動させる。


「〈巻き戻しリワンド〉!」


 三角帽子の再生が完了し、コアが完全に硬い外皮に覆われて気勢をあげるバンプキンだったが、直後に焔の〈巻き戻しリワンド〉が着弾し、再びバンプキンの動きが逆再生されて膝をつき、コアを覆う三角帽子が見る見るうちに縮んで脳みそのようなコアが露出した。


 そして、焔の銃口は蛍丸を構えて飛び出そうとした魅綺城へ向けられる。


「魅綺城、斬り刻め! 〈加速アクセル〉!!」


 説明は必要なかった。向けられた銃口に恐れることなく駆け出した魅綺城は、フライクーゲルより放たれた光弾を受け止めると、その動きが見に見えて——いや、目で捉えることが困難なほどに加速し、一陣の風となって吹き荒れた。


(すごい——)


 焔の放った光弾を受け止めた瞬間、魅綺城の全てが加速した。それは〈クロノス〉が有するスキルの一つ、〈加速アクセル〉。

 対象を包み込むマキナ粒子とPBサイコ・バンドに干渉し、人の感覚機能を飛躍的に向上させ、身体能力と思考力を共に向上させることで加速状態の中でも通常と全く変わらない感覚で動くこと可能とするスキルだった。

 さらに、メインウエポンとサブガジェットが持つスキルや機能の再使用時間クールタイムも大幅に短縮され、強力なスキルを短時間で連続行使することも可能だった。


 加速する時間の流れの中で、魅綺城は自分の動きに戸惑うことなくバンプキンのコアに接近し、蛍丸に挿しているスキル〈抜刀術V〉、サブガジェットの陣羽織の機能〈背水の陣〉による攻撃力倍加系スキルによる乗算攻撃を繰り出した。


 輝く剣閃と共に魅綺城がコアと交差すると、今度は上空から虎太郎が、バンプキンの背後からは綯華が仕掛けた。


「うわぁぁぁぁぁ!」


 虎太郎が絶叫と共にミョルニルがコアを打ち貫き、その衝撃でバンプキンは地面に顔面を打ち付けた。


 三角帽子に覆われていたバンプキンの弱点ウィークポイントが道路と接するほど低い位置に来ると、狙い澄ましたかのように綯華が勢いよく駆け寄る。


「す〜ぱ〜きぃ〜〜っく!」


 駆け寄りながらステップを踏むように一回転し、横向きから真っ直ぐに繰り出した右脚裏がコアを打ち抜き、その威力はバンプキンの大きな頭部を蹴り上げてバウンドさせる程だ。


 そして、〈抜刀術V〉と共にコアの横を斬り抜けていた魅綺城はすぐさま中空で反転し、電信柱を踏み台にして再びコアへと跳ね返るように斬り抜ける。


 魅綺城、虎太郎、綯華、そして再び魅綺城と、露出したコアへ瞬く間に四連撃が入り、コアの眼前で着地した魅綺城は、焔から受けた〈加速アクセル〉の効果に驚きながらも、一太刀振るうごとに煌めく剣閃はどんどん加速していき、体と意識のズレが修正されていく。


焔たち三人の目からは既に魅綺城の太刀筋は見切れないほど加速しており、煌めきだけが残像として残り重なる。

 何重にも重ねられた輝くエフェクトは星の煌めきのように美しく、攻撃が当たったことを示す血飛沫エフェクトが華のように乱れ咲く。

 その猛攻は一種のスキルではないかと思わせるほどに華麗な剣舞となってバンプキンのコアを斬り裂いた。


 魅綺城の猛攻が止まったのは、焔の〈クロノス〉による〈加速アクセル〉のサポート効果が切れた時ではなく、左腕と脇腹の激痛が限界を越し、サイコである蛍丸をその手からこぼれ落とした時だった。


「魅綺城!」

「凪ちゃん!?」


 膝を落として脇腹を抑えるようにうずくまる魅綺城に、剣舞のあいだ手を出せなかった綯華と焔が駆け寄る。

 二人で左右から抱え起すように魅綺城を立ち上がらせ、三角帽子が急速に再生して立ち上がるバンプキンの前から玄武が下がった方へと離れさせる。


「虎太郎! 乃蒼を連れてこっちに合流!」


 綯華と焔が玄武の方に下がっていくが、虎太郎は立ち上がったバンプキンの向こう側にいる。そのさらに先では、乃蒼が合流したサイクロプスパーティたちが三体のトロルを撃破したところだった。


 乃蒼の顔がこちらに向いているのが見える。


 レイドを組んだサイクロプスたちも、魅綺城の剣舞が遠巻きに見えていたようだ。気勢を上げ、希少種ネームドであるトロールド・ストレンジ・バンプキンを狩りハントするチャンスと見て駆け出した。


 確かに、焔の眼から見てもバンプキンの体力はかなり減少していると思われた。


 しかも怒りアンガーモードはつい先ほど発動したばかり、一度発動してしまえば次に発動するまでに幾分かの時間を要する。

 少なくとも、もう一度三角帽子を破壊し、コアを攻めるまでの猶予は十二分にあるはずだ。


 となれば……。


「綯華、魅綺城を頼む」

「え? いいけど、焔はどうするの?」

「俺はここでバンプキンをもう一度引き受ける」

「ほ、焔……一人では危険だ……」

「綯華、早く行け」

「凪ちゃんを運んだらすぐに戻るから」

「あぁ」


 苦痛に顔を歪める魅綺城が絞り出すように声を出すが、それを聞き入れられる状況ではなかった。


 立ち上がったバンプキンは明らかに魅綺城——もしくは焔に敵意を向けていた。だが、それはもう関係ない。

 道路の道幅はそれほど広くはない。下がっていく魅綺城たちの前で焔がバンプキンを足止めできれば、それで十分抑えられるのだ。


 綯華が引きずるように魅綺城を後方へと運ぶのを視界の端に捉えながら、焔は一人でトロールド・ストレンジ・バンプキンの前に立ちはだかった。





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