第32話 反転攻勢




 荒れたマンションの一室を転げるように走る焔は焦っていた。


 怒りアンガーモードへと突入したトロールド・ストレンジ・バンプキンは、巨腕から繰り出す拳を通らないのを承知で何度もベランダに叩きつけていた。

 その度に、強い衝撃が巨腕から伸びる石槍となってベランダから窓枠を突き抜け、焔を串刺しにせんと狙って来ていた。


 〈クロノス〉が持つスキルの一つ、〈巻き戻しリワンド〉を使った時点で即座に逃げの一手を打った焔だったが、逃げ込むはずの玄関は生い茂る植物の蔦と根によって封鎖されていた。


「ちっ、マズイな……」


 石槍を避けて転がり込むように浴室へ逃げ込むも、外に出ることは不可能。ならばここで待機か? とも考えたが、バンプキンの方が先手を打って来た。


 両手を広げてマンションに倒れこむように全身を打ちつけ、窓という窓から硬い外皮を触手のように伸ばし、うねりをあげて蠢く硬い外皮の触手は瞬く間にベランダを突き抜けて室内に踊り出し、焔に狙いを定めて押し寄せた。


「おいおいおいっ!」


 外から押し寄せる外皮の触手に、焔は急いで立ち上がり浴室から荒れた室内へと逃げ戻る。


 しかし、そこで待ち構えていたのはバンプキンの口らしき大穴。


 そこから狙い澄ましたように突き出される石槍が眼前に迫った時、焔は目を見開いて“死”を覚悟した。


「はぁぁぁぁぁぁっ!」


 だが、下から誰かの気合を入れた叫びが聞こえ、何かが閃めいたと思った瞬間——迫り来る石槍は両断され、焔の眼前で傾いて消失した。


 その瞬間に焔が見えたのは、長い黒髪とはためく紅い陣羽織?


「うわぁぁぁぁ!」

「ちぇりゃぁ〜!」


 続いて響いて来たのは虎太郎の絶叫と綯華の掛け声だった。


 虎太郎はバンプキンの後頭部にミョルニルを叩き落とし、綯華は下から大口開けた顎を打ち抜いた。


 そして、わずかに角度が変わったバンプキンの顔に再び紅い陣羽織が舞い降り、一蹴り入れて跳ね返り、ベランダの縁に着地して身を屈める。

 まるでバネのように体を縮めて力を溜め、包帯が巻かれた左腕から背にかけて伸びる大太刀の柄に右手を添え、弾かれたように射出しながら再び閃き、バンプキンの頭部に伸びる三角帽子を斬り裂いて反対側の屋根へと跳んだ。


 ベランダから飛翔する紅い閃光の後ろ姿に、そのあまりにも刹那的な美しさに焔は一瞬呆気にとられた。


「割れた〜!」


 だが、すぐに聞こえた綯華の声に頭を数度左右に振り、死を覚悟した瞬間に崩れ落ちた体を起こし、一気にベランダへと走り出す。


 希少種ネームド電龍ドラゴン怒りアンガーモードを解除するには、一定時間の経過を待つか、電脳獣オーガ弱点ウィークポイントが剥き出しになる部位ダメージを与え、部位破壊エフェクトを引き起こして状態を上書きするかのどちらかしかない。


 つまり今、バンプキンは頭部の三角帽子が割れ、脳みそのようなコアが剥き出しになったのだ。一歩二歩とたたらを踏みながら後退り、片膝をついて俯き動きが止まる。

 この瞬間が攻撃を叩き込む最大のチャンスなのだ。焔が逃げ惑っていたマンションの二階で蠢く石槍の触手は綯華たちの攻撃で消え失せ、何事もなかったかのようにフロアに静けさが戻っている。


 だがそれよりも、焔はまず確認しなくてはならなかった。


 ベランダから落ちそうになるほど上半身を踊り出し、反対側の屋根へ飛んだ紅い陣羽織の黒髪の正体を確認する。


「……魅綺城」


 それは間違いなく魅綺城凪の後ろ姿だった。見慣れぬ紅い陣羽織は魅綺城のサブガジェットの“陣羽織”であり、そのレア度は星5。

 装着者の身体能力を向上させ、いくつかの“陣”から一つ選んで発動させることで、攻撃力や防御力を飛躍的に向上させることができる。


 魅綺城が現在選択しているのは〈背水の陣〉。それはHP(ヘルス・プロテクション)を0にする代わりに、その分を数倍にして攻撃力に加算させる超攻撃型の必殺の陣だ。

 当然ながら、HP(ヘルス・プロテクション)が0ということは電脳獣オーガの攻撃を喰らえば多大なダメージがそのまま身体に影響を及ぼし、一撫でされるだけで死に至る。


 敵対心ヘイトが完全に自分へは向いていないと判らなければ、危険過ぎて決して使用できない陣ではあるが、魅綺城は躊躇ちゅうちょすることなくソレを発動させた。


 焔は困惑した。魅綺城が菊の命令を破ってなぜ戦闘に参加したのか、それほどまでに自分たちの戦闘が不甲斐なかったのか。

 疑問と情けなさと自身に対する怒りが混在する複雑な心境だったが、バンプキンのコアが剥き出しになったこの瞬間は最大限利用しなくてはならない。


「綯華! 虎太郎! 魅綺城! コアに集中攻撃!」

「おぉ〜!」

「う、うん!」

「了解した!」


 剥き出しになったバンプキンのコアへ、焔たち四人の集中攻撃が始まった。


 綯華は虎太郎の肩に飛び乗り、〈ジェットスラスター〉によって上空へ一緒に打ち上がって行く。

 魅綺城は反対側の屋根を駆けて助走をつけて跳ぶと、そのまま蛍丸をバンプキンの背に突き立てて乗り上げ、脊髄を斬り進みながら頭部のコアを目指した。


「ウォォォォォォ……うわぁぁぁぁぁぁ!」


 力強い雄叫びを上げながら上昇して行く虎太郎だったが、コアの上空で〈ブースタースイング〉による反転急降下が始まれば絶叫に変わる。

 寸分違わず狙い澄ましたハンマーの一撃がコアを強打し、地響きにも似た打撃音と爆風エフェクトが吹き荒れる。


「しゅ〜てぃんぐすた〜・だぶるにぃ〜・どろぉ〜っぷ!!」


 〈ブースタースイング〉によって虎太郎が急降下して行く直前、綯華は虎太郎の両肩に立ち、まるでプロレスのトップロープからのダイビング技のようにジャンプし、そのまま後方回転しながら両膝を突き立てて真っ直ぐにコアへと落下していった。


 綯華のサブガジェット、ヘルメスが持っていた固有スキル〈蹴撃I〉は既に〈蹴撃III〉にまで成長しており、両膝全体をマキナ粒子が包み込むように保護し、まるで鋭利な杭の先端となってバンプキンのコアを打ち貫いた。


 そしてバンプキンの背中を駆け上ってきた魅綺城がコアを後頭部から斬り上げて跳び、大上段から一気に振り下ろした。


「ハァァァッ!!」


 その剣閃は荒れた道路にまで貫通するほどの威力を見せ、バンプキンの巨躯が大きく揺らいで横倒しに崩れて行く。


 やったか? 声に出すにはあまりにも“フラグ”だと思い、心の中だけで叫んだ焔だったが、バンプキンに大ダメージを与えたことだけは確かだと確信した。 


「やった?!」


 だが、綯華はそんな“フラグ”なんて御構いなしに声をあげ——案の定、バンプキンは巨腕を振り回しながら立ち上がる。

 魅綺城が両断した頭部の三角帽子はすでに再生を始め、弱点ウィークポイントであるコアは徐々に見えなくなっていく。


 非力ながらもフライクーゲルでコアを狙い撃っていた焔は、バンプキンが電子的な咆哮を上げつつ立ち上がろうとするのを確認しつつ、ベランダから隣の平屋の屋根に飛び移り、そこから壊れた自動販売機を踏み台にして道路へ降りた。


「綯華! その“フラグ”発言は絶対にするなっていつも言っているだろ!」

「そ、そんなの知らな〜い!」


 バンプキンが振り回す巨腕を避けつつ、距離を取ってさっきの発言を知らぬ振りをする綯華にため息を零しつつ、焔はバンプキンを挟んだ反対側に降りた虎太郎にも声を掛けた。


「虎太郎! スキルはいけるか?!」

「あ、あと数秒!」


 虎太郎の〈ジェットスラスター〉と〈ブースタースイング〉は実に使い勝手がいいスキルだ。シンプルな直線移動しかできない分、使い回しの制限が少なく、地形との組み合わせの自由度も高い。

 虎太郎もだいぶスキルによる急加速をモノにしつつあり、初心者だった頃の自爆は最近では殆ど見なくなった。


 そんな虎太郎の成長を少し羨ましく思いつつ、焔は大太刀を肩に乗せてバンプキンの動きを警戒する魅綺城に視線を向けた。


「魅綺城、助かった」

「三人で希少種ネームド怒りアンガーモードを相手するのは無理がある」

「あぁ、すまない——まだいけるか?」


 魅綺城は菊より戦闘行動の禁止を言い渡されていた。それでもこの危機に助けてくれ、今まだそこに立っている。

 怪我の状態を詳しくは知らない焔だったが、グルグル巻きに包帯が巻かれた左腕であの大太刀のサイコを振り回すのは相当な負担になる。

 それは言われなくとも理解できる事だったが、頭部の三角帽子がもうすぐ再生完了するのを目前にし、焔はここで引くか、それとも攻勢に出るか、その判断を魅綺城の一言で決めることにした。


「もちろんだ——」


 立ち上がろうとするトロールド・ストレンジ・バンプキンを前に、魅綺城は上半身を僅かに動かし、視線だけを振り返って焔を見た。


「——さぁ、焔。指示を」


 言葉少なく答えた魅綺城だったが、その言葉は力強く、焔たちを共に立つサイクロプスだと認めた——認められた。そう、焔は感じ取った。

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