第31話 ミナト奪還作戦




 焔たちがカンエツ遠征から戻る一週間ほど前、魅綺城はシンジュクの南東に位置するミナトの奪還作戦に参加していた。

 目標はミナトのエリアボスである電龍ドラゴンの討伐と、旧国際展示場に設置されていると判明したエキドナと呼ばれる電脳獣オーガ発生装置の破壊だ。


 召集された人員はJCDF(新日本電脳防衛軍)とサイクロプスの混合編成で、総勢五〇名の大部隊。

 魅綺城はサイクロプスとして活動していたところを、JCDF(新日本電脳防衛軍)の神無菊一等特佐にスカウトされ、パーティ全員と共にM・COINエム・コインへ参加することを決めた。


 そして実行されたミナト奪還作戦だったが、決戦の舞台はシバウラとダイバを繋ぐ大橋、レインボーブリッジとなった。

 本来ならば海洋上に位置する橋上キョウジョウで決戦を挑むべきではないのだが、ミナト奪還のキーとなる電龍ドラゴン——ラフレシアン・プランティニス・ドラゴンがレインボブリッジを巣としており、電龍ドラゴンを討伐してエキドナの周囲に展開された特別なシールドを除去しなければ、強力なサイコをいくら集めてもエキドナの破壊は不可能なのである。


 ラフレシアンは巨大な赤い花の電龍ドラゴンだ。その全長は高さ126メートルもある橋上の白い主塔に絡みつくほど巨大で、触手のようにうねりをあげて振り回される花柄かべんは数十メートルも伸び、太く螺旋状に伸びる根は50メートル以上も下の海水に突き立てられている。

 六枚の大きな花弁は赤く毒々しい紋様が施され、中央の雌しべは怪物の大口のように鋭い牙が何重にも並び、その周囲に何本も生える雄しべは一つ一つが蛇頭のように蠢き、口を開けば雌しべと同じく牙が並んでいる。


 そんなラフレシアンとの決戦の舞台は戦いにくい地形ではあったが、逆に電龍ドラゴンの眷属も近寄り難い地形だと考えられていた。

 事前に何度か行われた威力偵察では、一度も眷属の電脳獣オーガが発生することはなく、対電龍ドラゴン戦において増援の心配をしなくて済むことは吉兆とも言えた。


 十分な戦力とサポートメンバーを揃え、ラフレシアン・プランティニス・ドラゴンの能力調査も行った。M・COINエム・コインが用意した戦力なら討伐可能と判断しての奪還作戦だったが——。


 ——作戦の崩壊はとても単純な要素一つから始まった。


 レイドの構成は魅綺城が所属するM・COINエム・コインの元サイクロプス部隊、JCDF(新日本電脳防衛軍)所属の部隊、そして現役サイクロプスパーティの中でも多大な成果と実力を示している有力パーティの3パーティ、十五名。


 橋上の中央で始まった対電龍ドラゴン戦は順調に進んでいた。レイド内で回復を回し、敵対心ヘイトを分散させてコントロールし、サポートメンバーからは特殊なスキルで身体能力向上などの様々なサポートを受け、時にはレイドパーティの一つをサブパーティと組み替えたりと、順調にラフレシアンの体力を削っていった。


 しかし、レイド全体の動きがルーチンワークとなり、戦闘の流れが落ち着き始めた頃、ギリギリのバランスで保たれていた敵対心ヘイトのバランスが、ちょっとした回復スキルの先打ち一つで崩れ出す。

 ラフレシアン・プランティニス・ドラゴンが怒りアンガーモードへと突入し、比較的安全な後方で立ち回っていた回復要員の一人が、突如橋の下から伸びてきた花柄によって橋上から海へと叩き落とされた。


 もちろん、このような事態に備えるために総勢五十名ものメンバーを揃えていたのだが、叩き落とされたのと同時に、ラフレシアンの反対側——M・COINエム・コインのミナト奪還作戦メンバーを挟み込むようにして花柄が何本も立ち昇り、その先端に蕾が咲いて新たな花弁が開いた。


 そこからの崩壊は早かった。


 来ないものと考えられていた電龍ドラゴンの眷属が出現したのかと思われたが、背後に出現した幾本もの花柄に対し、ラフレシアン本体と交戦しているレイドメンバー以外の攻撃が通じることはなかった。

 つまり、眷属と思われた花柄もまた、ラフレシアンそのものだったのだ。敵対心ヘイトをコントロールすることが出来ず、個別に撃破することも出来ずにサポート部隊は大混乱となり、それは瞬く間にレイド本隊へと波及した。


 橋上で逃げ場がないにも関わらず、道を切り開くことも、海へ逃げることも難しい状況だった。

 HP(ヘルス・プロテクション)は万能のバリアではない。電脳獣オーガによる攻撃や、スキルや機能使用時の自爆保護でしか作用しない。

 自発的に橋上から海へ飛び込めば、無防備に海面へと叩きつけられるだけ。それ即ち、飛び降り自殺にしかならないのだ。


「撤退! 撤退しろ! レイドメンバーはサポートメンバーを保護し、シバウラまで駆け抜けろ!」


 レイドに参加していたM・COINエム・コインのパーティリーダーが放った一言はある意味で正解だったが、怒りアンガーモードの電龍ドラゴンを前に逃げの一手は悪手でもあった。


 橋の両側から津波のように押し寄せる花柄の束は、橋上を縦横無尽に蠢き、一人、また一人と花弁に捉えて飲み込み、海へ叩き落としていった。

 敵対心ヘイトが誰に向いているのかも判らなくなった状況では、レイドメンバーであっても下手に攻撃を仕掛けることも出来ない。

 もしも自分に怒りの矛先が向けば、怒りアンガーモードの電龍ドラゴンを相手に満足なサポートもなしに立ち回らなくてはならない。


 それもまた、死に直結する自殺行為だった。


 だがそれでも、魅綺城は大太刀のサイコ、蛍丸を振るった。


 パーティメンバーを鼓舞し、迫り来る花柄を斬り捨て、サポートメンバーの腕をとって立たせ、花弁に捕らわれた仲間を助けるべく、柄を両断した。

 しかし、これまで一緒に戦ってきたはずのパーティメンバーは戦意を喪失し、恐怖に捕らわれて二度と戦意を取り戻すことはなく。

一度は助けたはずのサポートメンバーも、状況確認もせずに逃げ惑うばかりで次々に倒れていった。

 そして魅綺城は見た。サイクロプスの中でも最も勇猛であり、信頼が置けるはずだった有力パーティが、誰一人助けようとせずに仲間を見捨てて戦線を離脱していく後ろ姿を。


 魅綺城がとった一連の行動は、ラフレシアンの敵対心ヘイトを一身に背負う行動だった。橋の下から弧を描いて昇り蠢く花柄の集中砲火を受け、すでに逃げることは叶わず、魅綺城は死を覚悟した。


 見る見るうちにHP(ヘルス・プロテクション)が下がっていくこと感じ取り、橋上を滑るように弾き飛ばされて動けなくなった時、薄れゆく意識の中で誰かが眼前に舞い降りたのを感じ、意識を失った。




 次に魅綺城が目を覚ました時、そこは真っ白な部屋の白いベッドの上だった。


 部屋の窓から射す柔らかな日差しと、白いカーテンが微風にそよぐ様子に、自分は夢でも見ていたのだろうか? と錯覚したが、すぐにそれは間違いだと気づいた。

 窓とは反対側に顔を向けた時、そこには何十ものベッドの上で治療を受ける、レイドメンバーたちの姿を見たからだ。


 そうして、ミナト奪還作戦は半数を超える死者と行方不明者を出して失敗に終わり、無傷のものは誰一人としていなかった。

 そして、魅綺城がサイクロプスの時から共に戦ってきたパーティメンバーで生還することができたのは魅綺城以外、誰もいなかった。


 だからこそ、魅綺城凪という少女は誰よりも強く思う——もう二度と、仲間を失いたくはないと、仲間を見捨てて逃げるような人間にはなりたくはないと。

 何かになるとすれば、何かになれるとすれば、あの時舞い降りた誰かのように、誰かを救い、誰かを守れるような人になりたい——そういう人でありたい、と。



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