第30話 怒り




 希少種ネームドであるトロールド・ストレンジ・バンプキンは、残念ながら現状の戦力で狩れるような電脳獣オーガではない。

 バンプキンの最大の特徴は、トロールと同じ硬い外皮に覆われた心臓部とも言うべきコアが存在すること。

 そして、外皮はもとよりコア自体に強力な自動回復能力が備わっており、攻撃力に特化したサイコを持つサイクロプスを複数集結させ、一度のチャンスで一気に体力を消し飛ばさなくては、いつまでも終わらないイタチごっこが始まることだ。


 特に硬い外皮に関しては、三人と言う最小人数構成でバンプキンを翻弄する焔たちにも苛立ちとなって感じていた。


「あーもう! ぜっんぜん割れな〜い!」


 体勢を崩したバンプキンの鼻先に、綯華は片足だけを伸ばして急降下しながら蹴り込む流星キックを繰り出し、直撃と同時に道路の反対側の屋根に跳ねていく。


「うわぁぁぁぁぁ!」


 交差するように虎太郎が〈ジェットブースター〉で上空から降り注ぎ、機構式ジェットハンマーのミョルニルを同じポイントに叩き込む。

 叫ぶのを我慢していたことも忘れ、感情を爆発させながらの重い一撃を叩き込んでも、バンプキンの外皮はヒビが入る程度で一度も破ることができていない。


 それどころか、アタッカーが敵対心ヘイトを稼ぎすぎないように攻撃を控えれば、途端にヒビ割れは回復され、また元気なバンプキンが焔たちを追い回す。


「二人とも焦るなよ! 綯華! 一撃入れたらしっかり距離を取れ! そこじゃ——」


 マンションのベランダから状況を観察し、敵対心ヘイト管理に集中してバンプキンを足止めしている焔だったが、綯華が飛び移った屋根の縁部分はバンプキンの攻撃範囲内だった。


 とっさにサブガジェットに手を伸ばした焔だったが、〈リフレクタービット〉の再使用時間クールタイムはまだ完了していない。

 気をつけながら運用していた六枚だったが、わずか数秒の差が命取りになる。


「くっ——〈巻き戻しリワンド〉!」


 焔は即座に思考を切り替え、新しく手に入れた新スキルカード〈クロノス〉が持つスキルの一つ、〈巻き戻しリワンド〉を撃ち放った。


 声として聞き取れないバンプキンの電子的な咆哮とともに振り抜かれた長い左腕が、縁に立った綯華を薙ぎ倒さんと眼前にまで迫った瞬間——その巨腕が不自然に急停止し、震えるように微振動しながら挙動が巻き戻されて綯華の眼前から離れていく。


 綯華は鼻先にまで迫った巨大な拳の勢いと短い髪を巻き上げる風圧に、一歩二歩と後ずさり、思わず腰が抜けたように座り込んでしまった。


「綯華!」

「綯華ちゃん!」


 気を抜くなと言わんばかりに焔が叫び、虎太郎も声を張り上げた。


 綯華は二人の声に顔だけを向けて呆然としていたが、見開いた目をさらに大きく開き、飛び跳ねるように起きてバンプキンから距離をとった。


「た、助かった!」


 助かった! じゃない! と言い返したかった焔だが、それを言う暇は焔にはなかった。


 この時間操作系スキルの〈クロノス〉は、非常に強力な効果を持っている反面、長い再使用時間クールタイム敵対心ヘイトを稼ぎすぎると言うデメリットが存在した。

 それがここまで使用を控えてきた理由であり、〈巻き戻しリワンド〉以外のスキルが中々使用できない理由でもある。


 つまり、バンプキンの敵対心ヘイトは焔を対象に増大し、綯華や虎太郎が攻撃を当て続けても簡単には目標を変更できなくなった。

 さらに、増大した敵対心ヘイト電脳獣オーガ固有のスキル発動を促進し、今までとは違う行動パターンを見せる。

 サイクロプスたちは電脳獣オーガのその状態を、“怒りアンガーモード”と呼んだ。


 それが判っている焔は急いでベランダから移動し、室内を駆け抜けて玄関へと駆け出した。




「なんだアレは……?」


 焔が使用した〈クロノス〉のスキルを初めて見た魅綺城は、不自然な挙動を見せるバンプキンの動きに眉を寄せ、誰かが何かをした——その事実だけしかわからなかった。

 だが同時に、背をそらして天高く咆哮をあげるバンプキンの姿に、敵対心ヘイトが誰かに集中し、怒らせたとすぐに判った。


 自身のサイコである、大太刀の蛍丸を握る手が再び強く強張る。


 怒りアンガーモード中の電脳獣オーガは非常に厄介だ。どれだけ強力な攻撃を当てても効いたそぶりは見せず、体勢を崩すことはない。

 攻撃力や防御力が根本的に急上昇し、電脳獣オーガのタイプによっては動きそのものが加速して追いきれない場合すら存在する。


 通常の電脳獣オーガならまだしも、レイドを組んで戦う希少種ネームド電龍ドラゴン戦ならば、出来るだけ発動させないように敵対心ヘイトコントロールしなくてはならない。


 そうしなければ——。


「あっ……また……」


 また——繰り返してしまう。


 言葉にならない声を飲み込み、魅綺城の足が一歩前に出る。


「お、おい、君!」


 その動きにサイクロプスの一人が声を上げたが、魅綺城は振り返らずに駆け出した。


「——リンカネーション!」


 そしてサイクロプスの男たちが視線を向ける魅綺城の背は光の帯に包まれ、その全身が強い光に包まれていく——。



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