第29話 コントロール




「綯華! バンプキンの敵対心ヘイトを少しだけ稼いで気を引け! 虎太郎! 俺の合図を待って合わせろ!」


 焔は裁縫工場前の道路に陣取り、綯華と虎太郎の動きを指示しながら敵対心ヘイトコンロールに注力していた。

 希少種ネームドであるバンプキンは、サイクロプス三人でまともにやりあって狩れる相手ではない。

 焔たち三人の敵対心ヘイトを出来るだけ同じにし、バンプキンの攻撃が一人に集中しないように調整する必要があった。


「おっけぇ〜!」

「わ、わかったー!」


 綯華と虎太郎からの返事を聞き、焔は腰のサブガジェットポーチに手を伸ばして補充が完了したリフレクタービットを数枚引き抜いた。


「行くよ〜!」


 廃屋の屋根に位置どりしていた綯華は雑草が生い茂る瓦屋根を駆け、その勢いそのままにバンプキンの正面へと跳躍した。

 そして中空に躍り出た綯華は、バンプキンの横殴りを〈空中ダッシュ〉で再度跳躍することで上へと躱し——。


「ちぇやぁ〜!」


 可愛らしい気合の掛け声とともに、バンプキンの額へと前方回転カカト落としを華麗に決めた。


 綯華のサブガジェット:ヘルメスの機能〈空中ダッシュ〉は、固有武器パーソナルウエポンが持つ様々なスキルや機能の中では非常に人気が高く、またポピュラーなものであった。

 類似のスキルや機能も数多く存在し、人ならざる形態を持つ電脳獣オーガを討伐するにあたり、常人では不可能な動きを可能とするスキルや機能は、サイクロプスのアタッカーにとって必須とも言えた。


 額にカカトを落とされたバンプキンは電子的な痛声を上げつつ、たたらを踏んで後ずさる。

 電脳獣オーガに対して効果的な一撃が入った時の固有モーションだが、同時に敵対心ヘイトを大きく稼いだことも示していた。


 それを確認した焔は、バンプキンが態勢を立て直す前にリフレクタービットを一枚、綯華の真横へと投擲した。


「綯華!」

「あいあいさ〜!」


 それだけで十分だった。


 〈空中ダッシュ〉は非常に使い勝手の良い機能だが、何もずっと空を走り回れるわけではない。

 虎太郎の〈ブーストジャンプ〉なども同じだが、機能の連続使用時間が設定されており、時間の経過と共にその回復を待たなければ、再利用することはできない。

 特にオーバーブースト状態と呼ばれる連続使用時間の超過は非常に長い回復時間クールタイムを要し、いかにスキルや機能の使用時間をコントロールできるかが、サイクロプスとしての技量を示す度合いでもあった。


 カカト落としを決めた直後でも高度を保つように空中でステップを踏む綯華は、自分の真横へと展開された焔のリフレクタービットへおもむろに胴回し蹴りを放つと、リフレクタービットが持つ機能〈反射〉によって弾かれるようにバンプキンの正面から離脱し——。


「とうッ!」


 ——そのまま、一回転して再び廃屋の屋根へと着地した。


 焔は綯華が無事に離脱したことを視界の端に捉えつつ、地面にリフレクタービットを一枚展開すると、その上へジャンプして踏み抜く。

 綯華と同様に〈反射〉によって焔の体は跳ね上がり、すかさずもう一枚を斜めに展開してその上へ落ちる。

 そうやって焔は再び弾かれたように跳ね飛ぶと、裁縫工場近くのマンション二階のベランダへと滑りこみ、室内へと転がり込んだ。


 飛び込んだ二階の様子は酷いものだった。かつては人が生活していたのだろうが、今は荒れ果てたフローリングに家具や調度品の残骸、チラシや新聞紙の切れ端などが散乱し、荒れ放題となっていた。


 パキパキとフローリングの破片や枯れた草を踏み歩き、床が抜ける心配がなさそうなのを確認し、外を確認する。


 バンプキンは既に態勢を立て直し、敵対心ヘイトを稼いだ綯華に向かって両拳を振り下ろしながら瓦屋根を連打していた。


「ハイッ、ホイッ、ハ〜イッ!」


 その連打を軽やかに躱し続けてバンプキンを弄ぶ綯華だったが、サイコ・ディスプリクションが見せるホログラムである電脳獣オーガに対し、こちらは生身の人間である。

 連続した回避行動がいつまでも続くはずもなく、次第に額に汗を浮かべだす。


 だが、焔の準備も整っていた。


「バンプキン! お前の相手はこっちだ!」


 焔はベランダからフライクーゲルを構え、無防備なモジャモジャの髪の毛越しに背中へと攻撃を開始した。




「バンプキンを抑えてる三人、いい動きをしてるな」

「おい、よそ見をしてる暇ないぞ! また一体湧いて来やがった!」


 焔たちとレイドを組んだもう一つのパーティは、二体のトロールに押し込まれるようにして裁縫工場へと近づいていた。

 そして既に大きな負傷者を出し、満足な戦闘態勢を維持出来ていない。


 そこにレイド申請と増援としてサイクロプス二名が合流していたのだが、希少種ネームドの特徴的な仕様として、同種のノーマル電脳獣オーガ——トロールド・ストレンジ・バンプキンの場合なら、トロルを眷属として引き寄せる効果を備えている。

 そうしなければ、いかに戦闘に参加できる人数をレイド単位に限定したとしても、プレイヤーの数の暴力によって如何様いかようにも対処できてしまう。

 その戦力差を少しでも補完するために、希少種ネームド電龍ドラゴンといったレイドコンテンツには、眷属ファミリアシステムが搭載されているのである。


「くそッ! 誰か回復——【誰か回復スキル持ちはいないか?】」


 トロルに押されているサイクロプスの一人がPBサイコ・バンドを操作し、レイドを組むメンバー全員へ自動発信されるボイス・コールを使った。


「【私は〈リカバリー〉を使えます】」


 ボイス・コールに乃蒼が同じくボイスコールを使って答えた。ビデオ通話と違い、1対1で顔が表示されるわけではないので、サイクロプスの男には誰が答えたのかすぐには判らなかったが、周囲を見渡してバンプキンが交戦している向こう側で手を挙げている乃蒼の様子を視界に捉えた。


「【トロルがさらに一体湧きそうで、このままでは戦線を維持出来そうもない! こちらに加勢できないか?!】」


 ボイス・コールで伝えられる悲痛な叫びに、乃蒼は思わず魅綺城の顔を確認した。焔からは職人親子の保護と玄武のコントロールを任されている。

 それに、そもそも怪我を推して道案内してくれた魅綺城を残して動いていいものか、その判断に困ったのだ。


「私は大丈夫だ。いざとなれば戦える。それに……判断を仰ぐならばリーダーに確認を取るべきだ」

「そう……ですね」


 乃蒼は魅綺城に一つ頷き、焔の方へ振り返る。


 焔はマンションのベランダからフライクーゲルによる銃撃を繰り返し、敵対心ヘイトを稼いでいる最中だった。

 ベランダから次々に放たれる光弾はバンプキン背中へと吸い込まれていく。低いダメージではあるが、短時間での連続攻撃は威力に関係なく敵対心ヘイトを飛躍的に上昇させる。


 綯華を追い回していたバンプキンはベランダの焔へと攻撃目標を変え、大きな拳をなんどもベランダへと打ちつけてくる。

 しかし、根本的に電脳獣オーガが建物などの物体を破壊することはできない。マキナ粒子を利用して小さな物体を弾き飛ばしたり、動かしたりすることは可能なのだが、破壊する物理的な攻撃力は存在しないのだ。

 つまり、焔のフライクーゲルのような遮蔽物越しや室内からの遠距離攻撃は、ある意味で安全圏からの一方的な攻撃となりえた。


 そういった安全圏からの一歩的な攻撃に対する眷属ファミリアシステムなのだが、トロルたちはレイドを組んだサイクロプスたちが抑えている——今にも崩壊寸前の抑え込みではあったが。


「【乃蒼、そちら側からの敵増援がないなら、応援に行ってくれ】」


 ボイス・コールはレイド参加者全員に聞こえている。つまり、その救援要請はパーティリーダーである焔にも聞こえていた。

 依然として焔はベランダからフライクーゲルでの射撃を行っていた。時折、赤い1m程の巨大なカード——リフレクタービットが展開され、そこにバンプキンが拳を叩き込むが、勢いそのままに弾かれるように体勢を崩し、そこへ綯華と虎太郎が攻撃を集中させては屋上や瓦屋根に舞い戻っていく。


「【わかりました。サポートに回ります】」


 焔たち三人の連携でバンプキンを翻弄しているのを見て、乃蒼はサイクロプスたちの救援に向かうことを決めた。

 魅綺城にもう一度振り返り、彼女が応えるように頷くのを見て駆け出す。


「こっちは任せておけ、おやっさんたちは俺たちが守るからよ」

「今のところはトロルが来る気配もないしな、向こうの三体を撃破したら撤退を開始だ」


 玄武の横で周囲を警戒している二人のサイクロプスも、乃蒼を送り出すように声を掛けてくる。


「はい。向こうの皆さんにも伝えます!」


 それだけ言い、乃蒼は玄武の横から駆け出した。

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