第27話 正拳二連突き




「このままだと、バンプキンにトロル二体が参戦してカオスになるよ!」

「魅綺城、あそこが目的の裁縫工場で間違いないのか?」

「あぁ、あのお爺さんが中心に衣類を作っていたはず」


 すぐさま撤退するべきか、それとも民間人が退避する時間を稼ぐか——トロル二体の参戦は予想外だが、ここにはサイクロプスパーティが三組、レイドを組むには十分な頭数が揃っていた。


「お、おい! こっちには希少種ネームドがいるんだぞ!?」


 倒すことが難しい希少種ネームドだ。無謀な攻撃を仕掛ける者などいるはずが——。


希少種ネームドはあたしらが引きつけるから、おじさんたちは早く逃げて!」


 ——そう思っていた矢先、考えるよりも先に体が動く綯華が駆け出していた。


 サイクロプスの男たちに肩を掴まれ、バンプキンが取りつく裁縫工場から引き離されていく職人の親子。

 その横を親指を立てながら駆け抜けた綯華は、制止しようとしたサイクロプスの手を逃れるように空へ駆け上がって一直線にバンプキンの眼前に躍り出ると、両手を逆手にして脇を締め、バンプキンの瓜のように巨大な鼻っ柱に正拳二連突きを叩き込んだ。


「ちぇらぁ〜!!」


 何の叫びなのか判らない掛け声と共に放たれた突きにより、バンプキンの巨体が踏鞴たたらを踏んで一歩、二歩と後退る。

 やらかした綯華はそのまま空中を蹴って電信柱の頂点へと着地した。


「あいつやりやがった!」


 裁縫工場の屋根に消える綯華の後ろ姿に、焔が思わず声を上げた。


 だが、綯華の行動をいち早く認識することが出来た焔はまだいい方だ。虎太郎と乃蒼の二人は開いた口が塞がらず、身動き一つ出来ずに怒りの咆哮をあげるトロールド・ストレイジ・バンプキンを見つめていた。


「焔、どうするつもりだ?」


 追いついた魅綺城が焔の横に立ち、自身の身長とそう変わらない刀身の大太刀を右腕に抱き、小声で焔に聞いた。


 どうする——と聞かれても、左腕からうるさく鳴り響いていた警告アラームはすでに止まり、“PBサイコ・バンド”をなぞるように交戦状態を示すFightの文字が回っている。


「やるしかないだろ……虎太郎! そこのマンションに上がれ! 乃蒼! あの親子を玄武に乗せて下がれ! 魅綺城、乃蒼と一緒に下がってくれ……もしもの時は、頼む」

「……わかった」


 魅綺城はそれだけしか言わなかったが、迷いなく振り返ると長い黒髪が追うように靡き、ふんわりといい匂いがした。


 今まで感じたことのない匂いに焔は一瞬戸惑ったが、すぐに意識をバンプキンに戻す。


「ほ、ほんとにやるのぉ?」


 虎太郎は困惑したままたが、焔は「もう始まってるんだ!」と言い返し、親子の元へ駆け出した綯華を追い、突然の戦闘開始に戸惑いを見せていたサイクロプスたちに声をかけた。


「俺は神無焔、このパーティのリーダーだ。そちらのリーダーは!」

「俺だ少年!」


 焔の問いに返してきたは、最初に立ち去るように呼び掛けてきた男だ。


「緊急事態につき、レイドを組んで欲しい! 目的はトロールド・ストレンジ・バンプキンの討伐——ではなく、この状況を無事に切り抜けたい!」


 焔の叫びに、サイクロプスの男たちは目を見張って驚きの表情を見せた。




 同じ頃、電信柱の頂点に降り立った綯華はバンプキンの眼前で仁王立ちしていた。


「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ、電脳獣オーガを倒せと我を呼ぶ! トロールド・ストレンジ・バンプキン! あたしは神無四兄妹の長女、神無綯華! いざ尋常に——勝負!!」


 電信柱の上から綯華の前口上が聞こえてくる。それを聞いたサイクロプスの男が、疑問の表情を浮かべながら焔の方に視線を向ける。


「いつか言いたいと昔から言っていたんだ……ついに言い放ったようだが、いつ長女になったんだか」


 後半のボヤキは目の前でレイド登録を行っている男には聞こえていなかったが、前半だけでも緊急事態の緊張感を少しだけ緩めることが出来ていた。


「よし、これでオーケーだ。俺は向こうでトロル二体を抑えているパーティともレイドを組んでくる。それまで、おやっさんたちを頼む」

「わかった」


 それだけ言い、レイドパーティを組んだ男たちは乃蒼と一緒に職人親子を玄武へと誘導するチームと、少しずつ接近してくる二体のトロルに苦戦するパーティの増援へと分かれた。


 だが、パーティを割ったのは焔たちも同じ、希少種ネームドを相手にするのは焔と綯華と虎太郎の三人だけ。


「綯華! それ以上ヘイトを稼ぐなよ!」

「ムフフ、あたしの稼ぐヘイトについて来れるかな?」

「ついて行けないから言っているんだ!!」


 焔には綯華の顔を見なくとも、今どんなニヤケ顔で悦に至っているのかが手に取るようにわかった。


「虎太郎! 常に上と背後を取れ!」


 そして同時に、バンプキンの巨躯の向こうで虎太郎がどれだけ手を震わせ、焔からの指示を待っているのかも理解していた。


「わ、わかったー!」


 虎太郎からの返答を聞き、焔もフライクーゲルをショルダーホルスターから引き抜く。


 狙うのはバンプキンの顔——綯華が正拳突きを打ち込んだ場所と全く同じ鼻っ柱——そこをピンホールショットするように七連射し、焔の射撃は外すことなく同じ位置に着弾させた。


 トロールド・ストレイジ・バンプキンは再び鼻っ柱を抑え、痛がるように顔を振って狼狽える。


「通用する?」


 そう焔が呟くと、左腕の“PBサイコ・バンド”からビデオ通話の着信音が鳴った。


『焔、油断するな。トロールド・ストレイジ・バンプキンの動きはそれほど早くない。だが、バンプキンの厄介なところは総体力の高さと再生能力だ』


 ビデオ通話から聞こえる魅綺城の声に、思わず乃蒼たちが下がった方へ振り返る。


 距離が離れているため直接の声は聞こえないが、確かに魅綺城はこちらを見ながら“PBサイコ・バンド”のビデオ通話機能を使っていた。


 焔は魅綺城に返信しようと思ったが、その前にバンプキンが動き出す。再びの攻撃に怒りの咆哮を上げ、薄黒いブツブツの肌はその内部から燃えるように赤く染まり、鈍重どんじゅうな動きで右手を頭上遥か高くに振りかぶる——。


 瞬く間にバンプキンの巨躯が作り出す影が焔を覆い尽くし、シンジュクの廃れた商業ビルほどの高さから一気に巨大な拳が振り下ろされた。


「——くッ!」


 焔は転げるように拳の範囲外へ逃げると、そのまま片足立ちになってリロードが完了したフライクーゲルで再び撃ち抜く。


「ちょりゃ〜!」

「んー!!」


 すでにパーティとして十分な実戦経験を積んできている。綯華と虎太郎は焔が稼いだヘイトを大きく超えないタイミングで攻撃を開始し、銃撃で鈍い動きながらも頭を揺らしたバンプキンを挟み込むように、攻撃を頭部に集中させた。


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