第26話 希少種




 トロルの弱点ウィークポイントである胸部内の赤い水晶球に向け、フライクーゲルの銃弾を撃ち込み続けていた焔は、七発装填されている銃弾のうち五発をヒットさせていた。

 通常攻撃力が低いフライクーゲルでも、固有機能〈ウィークショット〉のおかげでウィークポイント(弱点)への攻撃にはダメージボーナスが入る。

 その効果はメインアームの種類によって数値が変わるらしいのだが、フライクーゲルの場合は二倍——いや、三倍はあると焔は実感していた。


 七発を撃ち切り、空転しながら自動リロードするフライクーゲルを両手で保持し、リロード完了と共に再び七連射。


 事前に得ていた情報通りなら、トロルの弱点ウィークポイントはそれほど耐久力は高くない。黒い斑点模様の表皮は自然再生してしまうため、それまでに破壊できなければ表皮破壊からやり直しだ。

 焔の銃撃によろめきながらも、なんとか立ち上がったトロルの胸部はかなり高い位置にある。遠距離攻撃でなければ、あの位置のウィークポイントに攻撃を与えるのは難しい。


 だからこそ、FA(ファーストアタック)が綯華であり、追撃が虎太郎なのだ。


 ヘイトを稼ぎ、弱点ウィークポイントに銃弾を撃ち込みながら退がる焔を、トロルはよろめきながら追い、ついに前のめりに倒れて動きを止めた。


「や、やった?」

「虎太郎、それは古来より良くないことを呼び寄せる“フラグ”というやつだぞ」

「でも、黒のっぽ動かないよッ!」


 フライクーゲルを構え、その狙いをトロルから外さない焔へ、廃屋の屋根から見下ろす虎太郎と綯華が声をかける。

 トロル狩りハントは初めてのことゆえ、どの程度の攻撃を与えれば倒せるのかが、まだ経験則として足りていないのだ。


 それでも、地に伏せたトロルの体に紫電が走り、ボロボロに崩れながら消滅していくのを見れば、その体力数値が全て消し飛んだことがすぐに理解できた。


 “PBサイコ・バンド”に飛んでくる経験値の光を確認し、そこでようやく焔はフライクーゲルの構えを解除し、ショルダーホルスターへと戻した。


「綯華、虎太郎、周囲を確認して降りてきてくれ」


 焔はリフレクタービットの補充状況を確認しながら玄武の横にまで戻ってくると、乃蒼と無言のハイタッチをして玄武の上に座る魅綺城に視線を送った。


「お疲れ様」


 魅綺城がかけた言葉はそれだけだったが、焔にとってはそれだけで十分だった。

 その一言には、一人のサイクロプスとして認められた。焔たち四人が、一人前のサイクロプスパーティとして認められたと、そう感じ取れたからだ。


 それからも何体かのトロルを狩りハントし、焔たちは魅綺城の案内で目的の場所へと近づきつつあった。

 その間、魅綺城は大人しく玄武の背に座り、焔たちの狩りハントを見学していた——だが、裁縫工場まであともう少しというところで魅綺城は急に立ち上がり、周囲を窺うように辺りを見渡し始めた。


 その動きに玄武の後方を歩く焔が気づき、すぐに乃蒼も先頭を歩く綯華と虎太郎も気づいた。

 

「どうかしたか?」

「……希少種ネームドだ」


 希少種ネームドとは、電脳獣オーガとエリアボスである電龍ドラゴンの中間に位置するモンスターで、複数の危険区域デンジャーエリアを渡り歩きながら荒らし回る存在だ。

 大抵の場合が電脳獣オーガよりも巨体で、その強さも数倍——確認されている個体によっては、電龍ドラゴンよりも手強い存在として認知されているものもいる。


 さらに特徴的なのが、他の電脳獣オーガには個体名称が設定されていないのに対し、この希少種ネームドには個体それぞれに名前がついている。

 さらに言えば、電龍ドラゴンの中にもさらに上位的存在である希少種ネームド電龍ドラゴンが存在し、北海道はこの希少種ネームド電龍ドラゴン一体によって完全に死の大地へと変貌した過去がある。 


 それだけ電脳獣オーガよりも驚異的な希少種ネームドがそこにいる。そう、魅綺城は言っているのだ。


 焔たちはその名に硬直し、魅綺城が睨む方角へ倣うように視線を向けた——そこは、目前にまで迫っていた裁縫工場がある辺りだった。

 そして、建ち並ぶ廃屋の向こう側に、ほんの僅かだがトロルとは毛色の違う巨人が歩いているのが見える。

 道路を歩く焔たちからも頭部の頂点付近が見えるほどの巨躯だ。玄武の甲羅に座る魅綺城からは、もっと良くよのシルエットが見えていた。


「ナカノに現れる希少種ネームドは確か……」

「トロールド・ストレイジ・バンプキン」


 焔がその名を思い出す前に、乃蒼が呟くようにその名を答えた。


「焔、どうする?」

「ど、どうするって綯華ちゃん。希少種ネームドはレイドを組まないと倒せないっていうよ?」

「とりあえず、もう少し進んで様子を見る。本当に希少種ネームドがいて、そいつがバンプキンなら、逃げるのはそう難しくないはずだ」


 トロールド・ストレイジ・バンプキンは、シンジュクを中心に活動するサイクロプスなら誰でも知っている希少種ネームドだった。

 トロルを上回る巨躯と攻撃力を持ち、外皮を破壊して弱点ウィークポイントを剥き出しにしても、すぐさま再生してしまう強力な再生能力を併せ持つ。

 しかし、その動きは酷く鈍重であり、狩りハントの最中に出会ってしまっても、容易に撤退することができた。


 魅綺城も焔の判断が正しいと判ってはいたが、視線の先からかすかに聞こえてくる喧騒に、様子見で済む状況ではないと感じていたが——それを敢えて焔たちに忠告するほど、まだ四人との距離は縮まってはいなかった。


 警戒しながらも裁縫工場へと近づいて行くと、焔たちにも戦闘音とは違う喧騒——というよりも、悲鳴にも似た叫び声が聞こえ始めた。


「早く離脱しろ!」

「ここを捨てるわけにはいかない!」

「だけどお父さん!」

「逃げても工場が破壊されるわけじゃないだろ!?」

「一度でも逃げたらお終いだ!」


 聞こえてくる声は三種類——若い男女と、しゃがれた高齢の声。だが同時に、電脳獣オーガ特有の機械的で甲高く、空気を震わせる咆哮が聞こえた。

 その声量は通常の電脳獣オーガとは比べものにならないほど大きく、声の主がバンプキンだとすぐに判った。


 すでに“PBサイコ・バンド”のディスプレイからはうるさいほどの警告アラームが鳴り響き、まだ誰もFA(ファーストアタック)を取っていないことは明らかだった。


「デカいな……」


 最後の曲がり角を前にして、すでにバンプキンの姿は焔たちにも見えていた。周囲の廃屋を遥かに上回る巨躯に、トンガリ帽子と腰にまで伸びるボサボサの髪。

 トロルと似た黒い体に星のような斑点が浮かぶ外皮は、より実体化してブヨブヨとした醜悪さを醸し出していた。

 その顔に表情があるわけではないのだが、ウリのようなシワとブツブツとした大きな鼻と、丸い穴だけの目がより一層恐怖を感じさせる。


 叫び声から伝わる緊迫感に綯華の歩みが駆け足へと変わって曲がり角へ躍り出て行く。それを追うように虎太郎も精一杯の速さでが走る。


 焔と乃蒼も二人の後を追い、玄武の背に乗っていた魅綺城も器用に甲羅を駆け下りてその後ろに続いた。


 曲がった先に見えたのは、裁縫工場のすぐ側に建つマンションらしき茶色の建物の前で座り込む老人と若い女性、その人たちを守るように展開する五人のサイクロプスだ。

 “PBサイコ・バンド”の警告アラームがまだ鳴っていることから、攻撃をせずに防御一択で立ち回っているのだろう。


 一度でも攻撃してしまえば、バンプキンの行動がより攻撃的なものへと変化する。


 これはサイクロプスたちの一般常識であり、様子見や撤退前提ならば、決して電脳獣オーガに攻撃を与えてはならないのだ。


 焔たちが曲がり角から飛び出してきたことは、その五人のサイクロプスたちにも見えていた。救援の出現に一瞬だけ笑みを浮かべたが、現れたのがまだ幼い少年少女と見るや、逆に守るべき対象が増えたとでも言わんばかりの苦しい表情へと変わった。


「ここは危険だ! 君たちもすぐに立ち去れ!」


 サイクロプスの一人が焔たちに声を掛けたが、状況は両者たちにとってより悪い状況へと悪化して行く——。


「焔、あちらかも別の電脳獣オーガがくる」


 最初にそれに気づいたのは、やはり魅綺城だった。


 裁縫工場前の荒れた道路の数百メートル先から、別の電脳獣オーガ——トロルが二体姿を現した。だが、その二体はバンプキンに呼応してこの場に近づいてきたわけではない。

 すでに別のサイクロプスパーティと交戦しながら、押し込むようにしてこの場に接近していた。

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