第三章 ナカノ
第21話 帰宅
サイクロプスとして成長するため、そしてシンジュクでは手にはらない食糧や植物の種子を手に入れるために出発したカンエツ遠征で、焔たちはその目的以上の成果と経験を得て、神無荘のすぐ近くにまで帰ってきていた。
「あれなんだろ〜?」
久しぶりの神無荘が見えてくると、その玄関先に一台の自動車が止まっているのが見えた。今では珍しい、JCDF(新日本電脳防衛軍)だけが運用するマキナ粒子を燃料として駆動する軍用車両だ。
「で、電防のM13式だね。六人乗りの四輪駆動車で最大積載量は一.五t、最高速度は二〇〇km/hも出る高機動車だよ!」
少し興奮した様子で虎太郎が軍用車両の解説を始めた。焔が銃に興味を持ったように、綯華が格闘技やプロレス好きなように、虎太郎はJCDF(新日本電脳防衛軍)が運用する軍用車両や兵器に興味を持っていた。
いずれは自分の車を持ち、美味しい食材、料理を求めてどこへでも自由に行く——それが虎太郎の密かな願いであり、夢であった。
「電防が
「まさか……仁子さんに何かあったのでは?」
焔の疑問に一つの仮説を出した乃蒼だったが、その顔は血の気が引いて青ざめ、自分が言った言葉が自分で信じられないように震えていた。
そして、その不安は瞬く間に三人へ伝播し——。
「じ、仁子さァ〜ん!!」
一番に駆け出した綯華を追い、焔や虎太郎、乃蒼も一斉に走り出す。
神無荘の前庭を駆け抜け、玄関を開けて板張りの廊下を走り、仁子がいつも座っている居間へと駆け込んだ。
「あらみんな、やっと帰ってきたのね」
障子を勢いよく開けて雪崩れ込んだ居間には、カンエツ遠征に出発する前と何一つ変わらない仁子の姿があった。
居間には座卓の上座に座る仁子の他に、向かい合うように二人の女性が座っていた。そのうちの一人は焔たち四人がよく知る人物であり、もう一人は再び会うには少し気まずい人物であった。
「お前たち、どうやら怪我なく戻ってきたようだな」
居間に敷かれた座布団に正座で座り、雪崩れ込んできた焔たちを懐かしむように微笑みを浮かべて声を掛けたのは、彼らよりも幾分年上の成人女性だ。
肩に少しかかる髪には軽くウェーブが掛かり、ピンと伸びた背筋は焔と虎太郎にとって憧れであり、薄く化粧を施した綺麗な横顔は綯華と乃蒼にとって目標となる存在だった。
「お菊姉ぇ!」
その背中にいち早く飛びついた綯華が顔を押し付け抱きしめたのは、神無荘を焔たちより一足先に出てJCDF(新日本電脳防衛軍)に入隊した、四つ上の姉的存在——
「綯華ッ、“お”は余計だっていつも言っているだろッ」
菊は綯華の首を脇に挟見込むと、軍服の上からでもその大きさが如実に判る胸に押し付け、正座の体勢で器用に首投げを決めて自分の太ももの上へと綯華の体を転がした。
「このおてんば娘が、どうだ? 少しは成長したのか?」
菊は膝枕の体勢から綯華の小ぶりな胸を
その姿に焔と虎太郎の顔がみるみる赤く染まっていくが、それは数年前の神無荘では毎日見られた日常の風景だ。
菊はJCDF(新日本電脳防衛軍)に入隊して以降、ほとんど神無荘に帰ってくることはなく、今日の再会も実に一年半ぶりだった。
「綯華ちゃん、菊と戯れるのは後にしなさい、お客様が来ているのよ」
お客の存在は居間に雪崩れ込んだ瞬間に四人ともが認識していた——だが、あえて意識せず、菊との再会に興じていた——いや、そうしていたかった。
四人ともが信じられなかったのだ。
なぜこの人がここにいるのか? なぜ菊と同じJCDF(新日本電脳防衛軍)の軍服を着ているのか?
その答えがいつまでも見つからず、その少女のことを直視することができなかったのだ。
「そうだった。紹介しよう、今日から神無荘で一緒に住むことになった
「JCDF(新日本電脳防衛軍)、“
菊と綯華のじゃれ合いに全く興味を示さず、目を閉じて静かに正座を続けていたのは、焔たちがまだ新米だった頃に出会ったサイクロプスの少女、魅綺城だった。
「対反乱作戦本部? 菊姉、一緒に住むって……どういうことですか?」
焔の疑問こそが、居間に入ってからずっと感じていた三人の疑問であったが、不意にパンッ! と仁子が手を一つ叩き合わせてニッコリと微笑んだ。
「それは夕食でも食べながら、ゆっくりと話しましょう」
そう言って居間全体に広がった微妙な空気を打ち払い、焔たちは何も聞けずに頷くことしかできなかった。
******
神無荘での久しぶりの夕食は、仁子と菊が一緒に台所に立って作った。食材は菊が土産として持ち帰ったJCDF(新日本電脳防衛軍)が管理する農園で採れた新鮮な野菜と、今朝産み落とされたばかりの生卵、それに薄切りではあるが豚肉の燻製に貴重な香辛料の小瓶。
どれも一般には中々流通せず、個人で入手するには相当なコネとマキナ粒子を必要とする食材ばかりだ。
焔にとっても、他の三人にとっても、これほどの食材で食事をするのは何年かぶりで、すでに前回の記憶すらなかった。
「お、美味しい〜〜」
決して安くはない白米と共に、シンプルな野菜炒めに虎太郎が舌鼓を打った。
“
生きるための最低限の栄養を補う、ただそのためだけに食事をする。それはまさに自動車に給油するガソリンと同じ——“
だが一方で、人が自らの手で食料を栽培し、家畜を育てることを否定することはなかった。
しかし、
以前より農耕地として利用されてきた地域は
人が作物を、家畜を育てて糧とするには、
そしてそれこそが人と“
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