第20話 クロノス




「——〈巻き戻しリワンド〉!」


 それは、依頼に出発する前に佐々木から受け取っていた報酬のスキルカード、〈クロノス〉によって手に入れた新しい力だった。


 銃口から放たれた光弾が女に着弾すると、その動きが突如スローダウンし、動きが止まったかと思うと今度はそれまでの動きを逆再生するかのように動き出した。

 その不可思議な挙動は女自身も実感しているようで、勝手に動き出す自分の腕を驚愕の表情と見開いた目で追っていく。

 

 そのあまりにも不可思議な挙動は、焔にとっても内心驚くほどだった。


「ハァッ!」


 だが、一緒になっていつまでも驚いてはいられない。どこまで巻き戻るのか判らないため、焔はナイフの刃が離れていくと同時にフライクーゲルを握る右手の裏拳を女のコメカミへと叩き込んだ——と同時に、巻き戻っていく女の動きが解除され、地面を滑るように倒れて気絶した。


「何そのスキル!?」  


 目の前で起きた不可思議な現象に綯華が驚愕の声をあげ、乃蒼も目を見開いて同様の驚きを見せていた。

 焔が放ったのは〈クロノス〉が持つスキルの一つ、〈巻き戻しリワンド〉。対象の行動を一定時間巻き戻すように逆再生するスキルで、その影響は電脳獣オーガだけでなくプレイヤーにも及ぶ。

 効果時間は短く、直接攻撃や他のスキルによって何らかの効果が発動すると解除される。

 主に牽制や隙を作り出すスキルだが、焔のように攻撃を回避するためにも使用できる。焔のサイコが銃器という遠距離武器であるため、対象との距離が離れていても効果を発動でき、サイコの持つ攻撃力に全く依存されない 〈クロノス〉は、焔にとって非常に相性の良いスキルと言えた。


「う、上手くいった?」

「あぁ、上手くいった。想像以上の効果が出るようだ」

「いきなり実戦で使うとはね……若い子の思い切りの良さには驚かされるよ」


 焔が何をしたのか理解できない綯華と乃蒼に対し、虎太郎と佐藤は作戦が上手くいったことに笑顔を見せていた。


「今のは……まさか今回の依頼達成後に貰うはずだったスキルカードですか?」


 綯華より先に焔が何をしたのかを察したのは、乃蒼の方だった。


「あぁ、実は報酬のスキルカード〈クロノス〉は出発の時点でもらっていたんだ。依頼を完遂するまでは使わないつもりだったけど、綯華からのビデオ通話で声だけ聞こえていたんだ」

「なるほど〜! それで虎太郎と一緒に派手に出てきたってわけか〜……そんなスキルがあるなら……もっと早く出てこい!」


 綯華の怒りはもっともな話だったが、初めてのスキルカードをぶっつけ本番で使うほど焔も無鉄砲な性格をしていなかった。

 佐藤に〈クロノス〉の詳細なスキル説明を聞くことで、〈クロノス〉が持つ複数のスキルがプレイヤーにも効果を発揮する非攻撃型のスキルだと知り、乃蒼を助けるための作戦を思いつき、実行したのだ。


 そして虎太郎と焔が行動を開始した直後には、乃蒼たちから引き離されるように交戦していた木暮たちも、その隙を見逃さず反攻に転じ、盗賊クラッカーたちを無力化していた。


「こちらも上手くいったようだな。乃蒼くんは大丈夫か?」


 ロープで拘束された盗賊クラッカーたちを引きずりながら、木暮たち特戦の四人も戻ってきた。


「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


 乃蒼は締められていた首元が気になるのか、しきりに首筋付近を押さえているが、連れ去られそうになった恐怖はそれほど感じていないようだった。

 乃蒼もすでに一人前のサイクロプス、似たような状況はすでに何度も目撃し、体験もしていた。今更身の危険を感じた程度で恐怖に身を竦めるほど、乃蒼はか弱い少女ではないのだ。


 木暮が乃蒼たちに声をかけている間、他の特戦隊員たちは焔が気絶させた女を含め、捕縛した盗賊クラッカーたちを一箇所に集めていた。

 この後、彼らはPBサイコ・バンドを没収され、JCDF(新日本電脳防衛軍)の駐屯地で簡素な罪状認否が行われた後、都市部から離れた場所にあるJCDF(新日本電脳防衛軍)が管理・運営する農耕地で懲罰労働に従事することになる。

 刑務所や留置場を管理・防衛する人手も場所も確保できていない現在では、これが罪を償う刑期とイコールに近いものとなっていた。


 盗賊クラッカーによる襲撃を退けた後、他のグループに襲撃を受ける前にと、早々に旧図書館を出発した。


 閉架書庫にはまだ多数の蔵書が保管されていたが、玄武が引く荷車には十分な量の価値ある蔵書を積み込んだ。

 あとは大型のペットを使わなくとも、JCDF(新日本電脳防衛軍)の部隊だけで回収ができる。

 

 捕縛した盗賊クラッカーたちは同行させない。彼らは僅かな水と食糧と共に閉架図書内に閉じ込められ、増援の部隊によって連行される。

 仮に逃亡を図ったとしても、PBサイコ・バンドがなくては大迷宮ダンジョンを生きて脱出するのは難しい。

 旧図書館に偶然立ち寄ったサイクロプスからPBサイコ・バンドを奪ったとしても、個人認証確認が必要なため、他人のPBサイコ・バンドを使用することは不可能なのだ。

 



 ミヨシへ帰還したのはその日の夕暮れ前だった。フリーエリアや宿泊施設に滞在するサイクロプスたちは、玄武が牽引する荷車に積み上げられた書籍の山に驚きの表情を浮かべていた。


 書籍を守る様に荷車の上部に張られた水の膜にも驚いたが、フジミノ大迷宮ダンジョンに書籍という宝の山がまだ眠っていたことが一番の驚きだった。

 サイクロプスたちは隣り合う仲間たちと小声で話し合い、明日の朝一番でフジミノ大迷宮ダンジョンを徹底的に探索し直すことを決めた。


 それから一ヶ月ほど、フジミノ大迷宮ダンジョンはゴールドラッシュよろしく大勢のサイクロプスたちが探索に潜り、旧図書館に残された蔵書のほか、いくつかの盗賊クラッカーの巣が潰され、備蓄されていた盗品や略奪品が新たな宝の山となり、それがさらに多くのサイクロプスを呼び寄せることとなる。


 ミヨシに帰還したあと、焔と乃蒼は依頼達成の報告と蔵書の引き渡しのために宿泊施設側へ、綯華と虎太郎は買い物をフリーエリアで楽しんでいた。


 JCDF(新日本電脳防衛軍)の宿舎前で佐々木と合流し、乃蒼はそこで荷車から蔵書を下す作業を隊員たちと行い、焔は佐々木と共に再びミヨシの本部長である古賀一等陸佐と面会していた。


「ご苦労、帰還時に襲撃があったと聞いているが、パーティメンバーの様子は?」

「ご心配ありがとうございます。一時的に乃蒼が捕らわれましたが、問題はありません」

「……そうか、報酬のスキルカードは既に受け取って使用したと聞いているが」

「はい、とても助かりました」

「星六で攻撃力のないピーキーなスキルだが、君たちなら上手く扱えるだろう」

「ありがとうございます」


 古賀への報告後、焔は佐々木とのフレンド登録を行った。乃蒼のサブガジェットである玄武は今回の依頼でJCDF(新日本電脳防衛軍)に高く評価され、今後も何かしらの輸送依頼を打診したいと言われたからだ。

 これに焔もパーティリーダーとして承諾した。JCDF(新日本電脳防衛軍)と少しでも太い繋がりを持つことは、現代を生き抜く若者としても、サイクロプスとしても非常に有利に働く。


 そのパイプは細い太いに関わらず、何本でも繋いでおくことに越したことはないのだ。


 JCDF(新日本電脳防衛軍)からの依頼を達成した後も、焔たちはミヨシをベース地として滞在し、フジミノ大迷宮ダンジョンに潜って様々な物資を回収し、マキナ粒子を稼いだ。

 もちろん、新しいスキルである〈クロノス〉を使った戦い方や連携を模索し、十分な量の物資を手に入れて神無荘へと帰還した。




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