第19話 盾
「おっと、電防は変な動きするんじゃないよ。そっちのおチビもだ!」
女の動きに即座に反応したのは特戦の山田だった。腰裏に手を回し、何かを引き抜く仕草を見せたが、女もまた山田の動きと位置に最大限の注意を払っていた。
そしてその隣に立っていた綯華は、乱戦を見て我慢していた興奮が一瞬で怒りの激情へと変わり、顔を真っ赤にして多機能ロッドを振りかざして動きを止めていた。
「やはり
「くくっ、それが判っていながら何も出来ないのは何年経っても相変わらずだね。そんなんだから機械なんかに支配されちまうんだよ!」
女の一言に山田は苦々しい表情を浮かべたが、それも一瞬のこと。すぐにその感情を打ち消すと、一歩前に出る。
同時に——女は乃蒼の頬に当てたナイフをわずかに押し込み、その刃先から一筋の赤が流れた。
「乃蒼!」
「くっ、その子を離せ、お前たちの狙いは蔵書だろ!」
山田と乃蒼を盾にする女とのやり取りは、木暮たち特戦にも聞こえていた。いや、彼らと対峙する
それぞれが2対1という数的な不利な状況に加え、お互いの位置が連携不可能な間隔にまで引き離されていた。
ここで背を向けて戻るのは簡単だが、その大きな隙を見逃してもらえるとは到底思えなかった。
「その通りさね。この本の山を運ぶにはその亀が必要……つまり、この
そう不敵な笑みを浮かべて乃蒼の後ろに隠れる女の徹底した動きに、山田は思わず舌打ちを溢しそうになるが、それをグッと我慢して腰裏から三本のナイフを引き抜いた。
「それを許すと思っているのか? 回収された蔵書は日本の復興と発展に欠かせないものだ……場合によっては、人命よりも尊重される」
引き抜いた投擲用の投げナイフを構える山田だったが、その前に立ち塞がったのは
「何言ってるの! そんなこと許さないんだから!」
目の前で仁王立ちする綯華の勢いに押される山田は、手に握る投擲用ナイフを握ったまま硬直してしまった。
「そのおチビの言うこと聞いて大人しくすることさね。こちらもこの娘を傷つけたくはないけど、あんたがそのナイフを投げれば、アタイは亀を諦めて盾にするよ。避けようとして分断できるだなんて思わないことさね」
「——ぐっ」
女がより強く乃蒼の首を締め付けると、乃蒼から声にならない苦痛の音が漏れた。
乃蒼たちの状況が悪化したことは、木暮たちの視界の端にも映っていた。だが、付かず離れずの間合いで攻撃を仕掛ける
「くくっ、お前たちもここで大人しくしているんだな」
木暮と相対する
木暮たちが戻ってくることが難しいことを背後の雰囲気から察した山田は、仁王立ちする綯華越しに乃蒼を盾にする女を鋭く睨みつけ——ため息をつきながらスローイングナイフを握りしめる手から力を抜いた。
だがそれでも、隙があれば瞬時にナイフを投擲し女を仕留める——それだけの技量が山田にはあった。
そしてだからこそ、木暮は山田を綯華と乃蒼のそばに付けていた。彼ら特戦の隊員の中で、山田が投擲術に最も優れていたからだ。
「いい子さね。それじゃぁ亀をさっさと歩かせな、このボロ図書館を北上させるんだよ!」
乃蒼の首を締め付ける女が引きずるようにゆっくり移動を始めるが、そんなことを綯華が許すはずもなかった。
「それも許さない——リンカネーション!」
山田から視線を外して振り返り、多機能ロッドを突きつけて自身のサイコを呼び出した。
両腕両足に纏う
そして、綯華が一歩近づくごとに女が乃蒼を無理やり一歩下がらせる。そんなやり取りが数歩続き、より強く首が締まる乃蒼の表情が段々と青く弱々しく苦悶の表情を浮かべ出した。
乃蒼の呻き声に綯華の足が止まった瞬間——その表情が乃蒼とは打って変わってニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「何を?」
乃蒼の陰からその笑みを見た女は、綯華の変化が自分の視界外で起きたことが原因だと瞬時に察した。
それが見えたわけではない、聞こえたのだ。
背後から響き渡る噴射音と絶叫のような雄叫び——思わず振り返った女が目にしたのは、旧図書館内からロケットのように噴煙の尾を引いて打ち上がる虎太郎の姿だった。
「ウワァァァァァァァ——!」
相変わらずの叫び声、それも今回のは特に大きな声をあげてサブガジェットの〈ジェットスラスター〉を噴かせ、虎太郎は一気に綯華たちの頭上へと打ち上がった。
それを追うように振り返った女の視線が上空に向くが、綯華の視線は真っ直ぐに女の隙を捉えていた。
木暮たちを翻弄していた
女に隙が生まれた瞬間に綯華は姿勢を低くして飛び出し、盾にされた乃蒼の体を逆に利用して女の死角に潜り込む——サブガジェットのヘルメスで地面すれすれの空を蹴り、無音の〈空中ダッシュ〉は女の予想を遥かに上回る速度でその眼前へと肉薄していた。
「乃蒼を——離せ!」
死角から突き出された多機能ロッドに驚き、女は思わず身を仰け反らせて乃蒼の拘束に緩みが生まれた。
「ウォォォォォォォ!」
その隙に襲い掛かったのは綯華だけではなかった。空高く噴き上がっていた虎太郎は中空でメインアームのミョルニルを構え、今度は〈ブースタースイング〉の噴射加速を利用して女の直上へと急降下していた。
正面からの突きと頭上からの急降下に挟まれた女には、乃蒼を盾として綯華の方へ突き飛ばし、自身は後方へと転げるように避けるしかなかった。
いくらサイコによる直接攻撃が人体になんら影響を与えないと言っても、少年とはいえ程よく肥えた虎太郎の体重が上空から落下してくれば、その威力は計り知れない。
虎太郎自身の体はミョルニルを使ったスキル攻撃判定により、マキナ粒子に包まれて保護されている。被害を喰らうのは
「くっ、このガキどもがよくも!」
転げる女は乃蒼に突き付けていたナイフを逆手に構え、拘束から解放されて咳き込む乃蒼を抱きしめる綯華と、爆砕のエフェクトを荒れた道路に叩き広げて着地した虎太郎を睨みつけて吠えた。
だが——。
「それはこちらのセリフだ」
片膝をつく女の背後に立ったのは、その後頭部へフライクーゲルの銃口を突きつける焔だった。
さらにその後ろには、閉架図書内で待機していたはずの佐藤の姿もあった。
「……銃? まさか、ホンモノをガキなんかが持っているはずがない」
後頭部に突きつけられた硬い感触に銃を疑ったが、まだ子供のサイクロプスが銃を持っているはずがない。特戦といえども、たった一パーティー規模の分隊が銃器を装備しているなど聞いたことがなかった——となれば、後頭部に感じる感触は銃器などではない。
女は自分の予想が正しかったことに口角を僅かに緩め、突きつけられた銃口に臆することなくナイフを横薙ぎにした瞬間——。
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