第16話 閉架書庫




「綯華、開けるのは特戦に任せてこっちにこい」

「しょうがないなぁ、この中を最初に見たかったのにぃ……」

「はっは、残念だったなお嬢さん、開けるにはまず電力を通さないとな」

「鈴木、道具の準備はできているか?」

「出来ています、隊長」

「よし、開放作業に入れ。焔くん、君たちは夜間戦闘訓練を積んでいるか?」

「いえ、夜間の狩りハントは家族に禁止されているので——」

「それがいい。星明かりだけの狩りハントは非常に危険だ。山田、外の連中を下がらせて見張りのシフトを作成、灯りは屋内に一つだけにして盗賊クラッカーに備えろ」

「了解」


 次々に指示を出していく木暮と、それに応じでテキパキと作業を行っていく隊員たち、その動きを綯華とともに見守っていた焔は、今晩の夜営は避けられそうもないことを感じ取っていた。


 外から中に入ってきた乃蒼と虎太郎とも相談し、手持ちの食料や夜間を過ごす防寒具のたぐいを確認した。

 焔たちが通常持ち歩いているのは、冷熱を遮断するアルミシートが二枚。厚みは2mm程度だが、広げれば大人一人の体を覆うことが出来る。

 身体的にはまだまだ子供な焔たちならば、二人で一枚に包まればなんとか使っていける。


 元々はアウトドアなどのキャンプ用品だったが、いまではサイクロプスの必需品とも言えるアイテムだ。

 とはいえ、現在は新たに製造はされていない。各地のホームセンター向けの製造工場、それに倉庫などから持ち出された在庫がサイクロプスの間で取引され、人の手を渡り歩いている。


 焔たちも一人一枚を確保したかったのだが、けっして安くはない道具を四人分取揃えるのは中々に難しいことだった。

 価格の面もそうだが、一度に大量の枚数が取引されることはなく。たまたま露店で売られているところを見つけ、たどたどしい値引き交渉の果てに何とか確保した二枚だった。


 食料は移動販売車で購入したビスケットのような固形食品。“機械神デウス・エクス・マーキナー”が安値で人々に販売している、必要最低限の栄養素とビタミンが含まれた栄養食だ。

 食事として楽しめるものではないが、バックパックの容量を圧迫せずに持ち運ぶには、小さな固形食品は最適な食糧とも言えた。


「開きます!」


 夜営に備えての準備を確認出来たところで、電子キーロックシステムを解除していた鈴木三等陸曹が声をあげた。


 焔たちの視線が鋼鉄の扉に向くと、電子キーロックシステムのケースが外され、いくつかのコードが小型充電BOXのMチャージャーと繋がっていた。


(あれで電力を供給するわけか……)


 電子キーロックシステムに灯る赤い光が、緑に変化するのが見えた——解錠されたことが判ると、鈴木三等陸曹と佐藤三等陸曹が力を入れて扉を開いていく。


 自然と焔たちも扉へと駆け寄り、解放された閉架書庫の中を覗き込んだ。


「ここが閉架書庫?」

「暗くてよく見えないな」

「こ、この匂い……何の匂い?」

「インクの匂いだと思います」


 中へ入るのは木暮に手で制止されたため扉越しに覗き込むだけだったが、暗闇の中で灯るランタンの明かりで見る限り、内部は植物による侵食を免れた密閉空間を維持しているようだった。

 一つ、また一つとランタンが増やされ、段々と全容が見えてくる——閉架書庫内はそれ程広くはなかったが、一本の通路と可動式の書棚が並べられたスペースに別れていた。


 隊員の一人が書棚の側面に取り付けられた円形のハンドルを回し、書棚が動くかどうか——ちゃんと蔵書がそこに収まっているかを確認し始めた。


 何かが軋む甲高い音を響かせながら、書棚がゆっくりとスライドしていくのが見えた。そして、そこへ伸ばされた隊員の手が一冊の書籍を掴んで戻るのも——。


「隊長、書庫内に問題はないようです。蔵書もこの通り、しっかりと残っています」


 その一言に、綯華たちが歓声をあげる。焔もここまで来た事が空振りに終わらなかったことに安堵の息を吐き、木暮に視線を送って中に入っていいかを確認した。


「よし、君たちも中に入って蔵書の確認をしてくれ。運び出すのは明日になってからだが、優先的に運び出すタイトルは今の内に目星をつけておいていいだろう」

「おぉ〜! こんなに沢山の本を見たのは初めてだぁ〜!」


 木暮の許可と同時に閉架書庫内に飛び込んでいった綯華の手には、いつの間にか夜間用の小型ランタンがぶら下がっていた。


 いつの間に——焔はそう思って背後を確認すると、乃蒼と虎太郎がバックパックからメノウの火打ち石と火打金、それと炭化させた布のチャークロスを取り出してランタンに火種を移していた。


 美味しいものがいつでも食べたい虎太郎は、こういったサバイバル技術に関して誰よりも長けていた。

 使いやすい形状の火打ち石をいくつも集め、神無荘の庭でよく火を起こして木炭やチャークロスを作っている。


 “機械神デウス・エクス・マーキナー”の支配下でも電力の確保は出来た——だが、天然ガスなどのガス燃料は話が違う。

 人々が火を起こすには、限られた資源であるガソリン燃料を消費するか、昔ながらの硫黄や赤燐を使用するマッチを作るしかない。


 もしくは更に時代を遡り、火打ち石による着火を一般的なものにするしかなかった。


 今の時代ではマッチは高級品、ガスライターに至っては使うこともはばかられる貴重品であり、大迷宮ダンジョン内で発見されればそれ即ちお宝だ。

 夜間の明かりは菜種などから採取した植物油を利用したランタンで確保し、その植物油の製造法ですら日本古来の木製搾油機である“油しめぎ”などの技術が再利用されていた。


 その夜、夜営地を閉架書庫内に作り、外の見張りは特戦と一人ずつ出し、焔たちはこれまで見た事もないほどの本の山に囲まれて過ごした。

 密閉されていた閉架書庫内の蔵書はどれも保存状態が良く、思い思いに蔵書を手に取り、眠気に瞼が重く閉じるまで本を読み漁るのも初めての経験だった。

 

 そして翌朝、まだ日が昇りきる前から動き出した特戦たちの物音で焔たちも目を覚まし、朝食の固形食品を齧りながら蔵書を運び出す準備を開始した。

 今回運び出す冊数の目標は一千〜一千五百冊。閉架書庫内には二万冊程の蔵書があると見なされたが、大型ペットの玄武といえどもその全てを積み込むことはできない。


 玄武のようなペットにはステータスとして表示されない馬力に近い膂力が設定されているが、やはり小型よりも大型の方が性能は遥かに高い。JCDF(新日本電脳防衛軍)が輸送用ペットとして大型ペットを求めた理由もそこにあるのだが、玄武の場合は操る水の流れを利用して、荷車の上部を覆う蓋のようなものを作ることもできた。

 これは荷車に積み込まれた物資を隠すことも守ることも可能とし、このような輸送目的のペットとして玄武は期せずして最良の能力を持ち合わせていた。


 乃蒼は虎太郎と共に旧図書館の外へ行き、玄武を呼び出して荷車を牽引する作業を始めた。

 特戦の手伝いはないが、今回の依頼後には焔たちに報酬として譲り受けることになった荷車だ。今後のことを考えれば、最小人数で荷車の牽引ができるようにならなければならない。


 焔と綯華は運び出す蔵書の選定を行なっている佐藤三等陸曹を手伝い、選ばれた蔵書を外へ運んでいく。

 選定された本は主に医学や化学に関する専門書、電子工学や機械工学に関する論文や研究に関する書籍、どれも日本語より外国語で書かれているものが多く、焔と綯華には書籍のタイトルしか読めなかった。

 大量の学術書の次は日本語で書かれた文学や歴史書だ。これなら焔と綯華にも読める——運び出す傍、ペラペラとページを捲りながら佐藤が選ぶ書籍がどのような類なのかを興味深く眺めていた。



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