第17話 追われる者
早朝から行われる既に荒らし尽くされたと思われた旧図書館での作業を、そこから西に少し離れた場所に建つ寂れたマンションから見下ろす影があった。
「見えるか?」
「あぁ、バッチリだ」
「あいつらあそこで何をやっている?」
そこはフジミノ
巣と言っても、そこは仮説のキャンプ地でしかない。本拠は
片方のレンズにヒビが入っている使い古した双眼鏡で旧図書館を覗き見る男の肩にもう一人が手をおき、ベランダに身を潜めながら目を細めて焔たちの動きを見下ろしていた。
「……本だ。あのボロ図書館、まだ本が残っていたらしい」
「マジか、すぐボスに知らせてくる」
「いや、待て! あれは……電防だ。護衛か?」
「わかった。お前は人数をできる限り確認しておけ」
そんな焔たちの動きを盗み見る目がある事に気づかず、四人と電防の六人による蔵書の積み込み作業は昼過ぎまで続いた。
蔵書の積み込み作業中に受けた
相変わらずのスケルトン型が複数出現するが、防衛にあたる人数も多いのでそれほど苦戦もしない。
依頼の行程も半分を過ぎ、あとはミヨシに戻れば依頼は完了となる。複数パーティーでの安全な
「これが最後の山です」
「これを積み込めば出発ですか?」
「そうだな、今から出れば夕暮れ前にはミヨシに戻れるだろう」
「これで依頼完了〜! いやぁ〜簡単な依頼でしたなぁ〜」
「お嬢ちゃん、ベースに戻るまでがサイクロプスの仕事であり、依頼の達成だぞ」
「はいっ!」
綯華のお気楽な一言に、木暮がサイクロプスの先輩として一言釘を刺したが、綯華の元気のいい返事はどこまでそれを理解しているのか、焔には判断がつかなかった。
そんなやり取りの中、旧図書館の外が何やら騒がしく——いや、緊迫した声が響くのが聞こえた。
「何か騒いでない?」
「誰か来たみたいだな?」
最初に気づいた綯華が閉架書庫の扉から外へ顔を出し、声が響く乃蒼たちの方へ視線を巡らせるが、流石にここからでは何も見えない。
「佐藤、焔くんとここで待機。綯華くんは私に付いて来てくれ」
「了解」
「了解ですっ! 焔は待機!」
「わかりました」
綯華と木暮が閉架書庫を出て行くのを見送りながら、焔はこの完遂間近の依頼に波立つ不穏な空気を感じ始めていた。
「木村、出口、何の騒ぎだ?」
「
「
綯華と木暮が乃蒼たちのもとへ合流すると、そこには特戦でも焔たちのパーティでもない、成人女性が保護されていた。
簡素な布を巻きつけただけの下着に薄汚れた腰布、細身の体は怪我こそしていないが健康とは言い難い。
乃蒼に抱かれる女は俯き、恐怖からか体全体が震えて声も出せずにいた。
「大丈夫?! もう大丈夫だよ」
綯華は崩れ落ちた女を見るとすぐに駆け寄り、声を掛ける。
木暮は綯華が声を掛け続ける女に視線を落としたが、すぐに上げて周囲を見渡した。女が“追われている”と言うことは、“追っている”
「周囲を警戒。
「了解」
「了解」
「ぼ、僕たちはどうすれば?」
静かに戦闘態勢へと移行して行く戦隊の三人に対し、虎太郎は乃蒼の横で呼び出したサイコを握りしめ、どうすればいいか判らずに立ち尽くしていた。
「君は中に戻って焔くんと佐藤三等陸曹にこのまま待機し、閉架図書を守るように伝えてくれ。乃蒼くんは……ここで待機だ」
「は、はい」
「え? この人と一緒に中へ行った方がいいのでないですか?」
旧図書館へ走って行く虎太郎の背を見ながら、共にそこへ向かうものだと思っていた乃蒼だったが、自分の両腕にしがみ付く女の力に立ち上がれず——また、予想外の木暮の指示に戸惑いを隠せなかった。
「……先ずはその女性をこちらで保護しよう。山田はどこだ?」
「彼女が逃げて来た方角へ偵察に出ています」
「なら出口、その女性を保護して旧図書館の入り口前で待機、あらゆる状況に対応できるよう、警戒を怠るな」
「了解」
出口三等陸曹が乃蒼にしがみ付く女に声を掛けて立ち上がらせようとするが、一抹の安心感から腰が抜けたのか、まだ立ち上がれずにいた。
「あの……私はどうすれば?」
乃蒼もまた、しがみ付かれたまま立ち上がれずにいる。
「さぁ、向こうへ一緒に行こ?」
「綯華くん、君と乃蒼くんはここに残ってくれ。出口!」
木暮の強い言葉に即応した出口は「さぁ立つんだ」と、女に手を伸ばした時——。
砕けたアスファルトから雑草が生え茂る旧図書館前の道を、山田三等陸曹が走って戻って来た。その緊張した顔つきに出口の視線が向き、伸ばした手が止まった。
「
山田が叫んだ警告に、木暮はわずかに渋い顔を見せた。
「多いな……こちらの目的に気づいて数を連れて来たか」
そして視線を乃蒼と綯華、出口へと巡らせ、小さくため息を一つ吐いた。
「綯華くんは乃蒼くんのそばを離れないように。出口、その女はもういい、鈴木を呼び戻せ。」
「了解」
「数的不利な状況だが、それが本来の任務でもある。各自気を引き締めていけ」
木暮の指示で出口は手首に巻いている
乃蒼のそばで立ちあがった綯華は、軽量バックパックから多機能ロッドを取り出し、戦闘用の棍棒代りに構える。
乃蒼は玄武に旧図書館前から敷地内へと移動するように命ずると、静かに響く重い足音に驚いたのか、しがみ付く女の顔がわずかに玄武へ向いた。
その動きを視界の端に捉えていた木暮は、戻って来た山田に視線の動きだけで何かを伝え、それを正しく理解した山田は小さく頷いた。
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