第15話 図書館




 詳細が最後まで伏せられていた目的地に到着したのは、昼食から更に二時間ほどフジミノ大迷宮ダンジョンを進んだ頃だった。


「ここが目的地ですか?」

「そうだ。この旧図書館の周辺は緑に飲み込まれた元住宅地で、更に奥へ進めば中学校と小学校がある。サイクロプスの多くがそちらへ向かうため、この図書館はすでに探索し尽くされたと考えられていた」

「だけど……新たに閉架書庫が発見された——と」

「その通りだ」


 木暮二等陸曹は周囲の安全確認をするために部下五人へ指示を出すと、一人が図書館正面に残って四人が左右へ散開していった。

 木暮の横に立つ焔はその洗練された動きを視線だけで追い、自分たちは旧図書館前で蔵書の積み込み準備を始めた。


 正規の正面玄関は階段のないフラットなタイル張りになっていたが、その殆どが土中からの草の芽に押し上げられ、凸凹にめくり上がっていた。


「乃蒼、玄武を入り口前に向かわせてくれ」

「はい。玄武さん、お願いします」

「綯華、虎太郎、入れそうか?」

「う〜ん、正面は無理かも。この大きな樹をなんとかしないと狭すぎるよ」

「あ、あっちからなら入れるんじゃない?」


 甲羅の上に流れる水流で繋がれた荷車を引く玄武が、ノアの指示によって玄関前に移動し、器用に四つ脚を折り畳んで座り込んだ。


 綯華と虎太郎は正面玄関を突き刺すように幹を伸ばす巨木に手をかけ、枝葉をかき分けるようにして中を覗いていたが、中に入ることが難しいとみると、虎太郎は正面玄関側面に見える何もない柱だけの場所を指差した。


「あそこは……」

「あそこは昔、全面ガラス張りだった。広くゆったりとした閲覧スペースになっていて、子供達がソファーに座りながら絵本を読んだりしていた場所だ」


 焔の横に立つ木暮が、どこか懐かしそうに目を細めて何もない——誰もいない旧図書館の中を見つめていた。


「……そうですか」


 焔にはそれ以上の言葉はかけられなかった。木暮がかつての平和なこの地を知っているのは、そう不思議なことではない。

 “機械神デウス・エクス・マーキナー”の反乱からまだ一六年、もっとも厳しい時期を乗り越えた中高年の大人たちは、まだまだ大勢生き残っている。


 だが、その頃の記憶を掘り返せば、その後の悲惨な日々を——“機械神デウス・エクス・マーキナー”と電脳獣オーガへの対策が広まっていなかった頃の、混沌の日々がセットでついてくる。


 焔は——焔たちはそんな大人たちをいつも見ていた。神無荘で暮らしていた時も、仁子に会いに多くの大人たちが神無荘に訪れていた。

 神無荘を運営するための役人や、兄姉たちの働き先の大人たちが多かったが、仁子と奥の部屋で話をした後は、焔たち家族と一緒に夕食を共にし、帰って行く。


 その時の話題はいつも同じ——天国と地獄。

 

 焔たちはその話を毎夜聞かされ、どう反応すれば大人たちの気持ちが安らぐのか、落ち着くのか。

 話をする大人たちにその気がなくとも、子供ながらに焔たちは自分たちの役目を悟っていた。


「ここからなら問題なく入れそうですね。閉架書庫は受付の奥だと聞いていますが、隊長は場所わかりますか?」

「あぁ、判るぞ!」


 一人残っていた特戦の隊員が一歩先に旧図書館の中に足を踏み入れ、すぐに顔を出してこちらに声を掛けてきた。

 同時に、周囲の安全確認を行っていた四人の隊員たちが戻ってくる。


「周囲の確認できました。今のところ問題はなさそうです」

「よし、木村と出口は乃蒼くんと共に外で待機、山田、鈴木、佐藤は中に入って閉架書庫を捜索する」


 木暮は戻ってきた隊員に新たな指示を出し、内部へと向かい歩き出した。


「虎太郎、乃蒼と一緒に待っていてくれ」

「わ、わかった」

「綯華、中にいくぞ」

「おぉ〜!」


 焔は自分の役目がサイクロプスに戻ったことに内心安堵すると、パーティを二つに分けて木暮と共に旧図書館内に足を踏み入れた。


 内部は周囲の廃屋同様に、植物と水溜りに覆われていた。数万冊の蔵書はすでに持ち去られているか、腐敗して塵へと変わっていた。植物の青臭い匂いと共に、錆びた水の匂いが鼻を突く。

 脚が折れて使えない机や、椅子の残骸、壁や柱にはかつての賑わいを朧げに感じさせるポスターの切れ端、画鋲の残りが刺さっているのが見える。


 焔たちは腰裏に背負う軽量バックパックから探索用の折り畳み式多機能ロッドを取り出し、破片や残骸を掻き分けて正面玄関の奥にある受付カウンターだった場所目指して進み始めた。


「閉架書庫は受付の奥なんだよね? なんで今まで見つからなかったのかな?」


 特戦と協力しながら壊れた書棚の破片を動かし、外へと繋がる搬出ルートを作っていく。

 綯華は受付カウンターに絡みつくように根を伸ばした大樹の隙間に入り込み、その奥を覗き込んでいる。


「情報では転倒したスチール棚が閉架書庫の入り口を塞いでいるはずだ。綯華くん見えるかい?」

「多分これかな〜? 錆びてるけど……叩いても壊れないみたい」


 木の根の奥で、上半身を潜り込ませた綯華が何かをガンガン叩いているのが聞こえるが、スチール棚はまだ健在のようだった。


「まずは根を切る必要がありそうだな……鈴木、ノコギリとアックスを出してくれ」


 木暮の指示で隊員たちが大きめのバックパックから次々に道具を出すと、受付カウンター周りを切り開き始めた。


「時間がかかりそうですね」

「蔵書を積み込む時間を考えると、今晩は此処ここに泊まることになるだろう。野営の道具は持っているか?」

「いいえ、食料だったら少し持っていますが……」


 焔は特戦の隊員たちと共に根の除去作業を行いながら、この後の予定について話し合っていた。

 根を切るのは手慣れた隊員たちの仕事だが、切り取った根を運び出すのは焔と綯華が担当した。


 隊員たちの予想通り、受付カウンター裏に伸びた根を除去し、その奥にある扉全体が姿を表したのは日が沈みかけた頃だった。


「これが閉架書庫の入り口?」

「そうだ。当時の防犯システムとしてはかなり厳重な電子ロックシステムを採用した扉で、通電が止まってから一度も開けられていない」

「だから本が残っているって判っていたわけね」


 根に遮られていた先にあったのは、分厚く重たそうな鋼鉄の扉だった。綯華は興味深そうに電子ロックのキーパッドを触っているが、通電していないので当然反応しない。

 ならば力で——と、扉を押しても引いても動きはしない。


「だけど、なぜ今更回収に?」

「色々理由はあるが、ひと月ほど前にここで勤務していた元従業員が見つかって、パスワードが判明したことが一番の理由だ」


 綯華の奮闘を木暮と並んで見つめる焔だったが、その程度で開くなら木の根が塞ぐ前に盗賊クラッカーによって開けられているはず、つまり開くはずがない——と考えていても、それを一々口にはしない。


 綯華の好きなようにやらせ、焔は次の発言に備えるだけだ。

 

「う〜ん、あかな〜い!」


 どうやら、気が済んで諦めたようだ。


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