第14話 特戦
「蔵書の回収ですか?」
「あぁ、乃蒼の玄武なら相当な量の蔵書を運び出せるはず」
「確かに……荷運び用の台を用意すれば数百から一千冊は載せられると思いますが、玄武さんが動けるかどうか」
「そ、それは試してみないと……ふあぁ〜、わ、判らないんじゃない?」
「その通り。それに、見た目の筋肉量は実際のところ関係ないと思う。載せた蔵書が崩れないだけの大きさがあれば、マキナ粒子の塊である玄武は動けるはずだ」
「報酬はスキルカード一枚なんだよねぇ〜? ふぁ〜……依頼を受けるにはショボイなぁ〜」
焔たち四人は藁を敷き詰めたベッドで横になり、厚手のシーツと毛布に
焔と乃蒼はまだ十分意識を保っているが、綯華と虎太郎は依頼について考えを漏らしながらも、欠伸を連発していた。
「それでも、俺は〈クロノス〉のスキルカードが欲しい」
「私も賛成です。現存する前時代の文化は一つでも多く回収し、保管しなくてはなりません。それもサイクロプスの大事な仕事の一つです」
「ん〜乃蒼が賛成するならいぐぅ〜」
「乃蒼ちゃんと綯華ちゃんが賛成なら僕も行っていい〜」
「——決まったな」
焔の言葉よりも、乃蒼の賛成票によって依頼を受けるかどうかは決まった。
神無四兄妹のパーティリーダーは焔ではあるが、四人の中で何かが提案された場合、二人目の同調者に残りは従う。それが神無家の暗黙ルール。あとから意見を言って票が割れても、それでは遅い。
翌朝、フジミノ
「来たな、にいちゃん」
「依頼を受けることにした。パーティメンバーの三人はすでにフジミノの手前で待機させている」
「話が早いな。それならコレを持ってフジミノに潜り、目印が打ってある地点で分隊と合流してくれ」
「電防からも部隊を出してくれるのか?」
「もちろんだとも、目的地への道案内と回収する蔵書の選別、積み込み、それに大型ペットの護衛、にいちゃんたちには
まだ——その言葉に焔は自分の未熟さを実感せざるを得ないが、そこから一歩でも前進するためには、少しでも有用なスキルカードが必要だった。
それが自身の成長ではない、道具による上乗せだと頭で理解しながらも、それに頼らなくては生きていけない。
それが焔たちの生きる
佐々木から簡素な地図と指示書などを受け取った焔は、綯華たちと合流して他のサイクロプスたちの目に止まる前にフジミノ
「合流地点はこの先を右に曲がったところですね」
「で、電防と一緒に活動するってことは……も、もしかして本物の銃とか見られるのかな?」
「本物の銃って……銃弾はとっても貴重なんでしょ? 本の回収にそこまで持ち出すかな?」
「
フジミノ
だがそれでも、周囲に
いやむしろ、初めての依頼——仕事とも言うべきこの状況に、今まで感じたことのない緊張感と興奮を覚えていた。
それが逆に自分たちが
そしてJCDF(新日本電脳防衛軍)との合流地点に到着すると、そこには迷彩服にプロテクターで装備が統一された六人の男たちが待っていた。
「神無焔くんのパーティで間違いないか?」
「はい、俺が焔です。よろしくお願いします」
「綯華です!」
「こ、虎太郎です」
「乃蒼です」
「こちらこそよろしく頼む。私は特殊作戦分隊の木暮二等陸曹だ。後ろにいるのは左から山田、鈴木、佐藤、木村、出口、いずれも三等陸曹。我々六名が現地まで同行し、サポートをする」
一歩前に出た中年の軍人男性が、焔たちをサポートするために先行していたJCDF(新日本電脳防衛軍)の一分隊を率いる木暮だった。
彼ら特殊作戦分隊——通称“特戦”と呼ばれる部隊は、
だが、その活動対象は
崩壊した警察機構や司法に代わり、一定の秩序を保つために大きな裁量権をJCDF(新日本電脳防衛軍)は与えられていた。
特に“特戦”と呼ばれる部隊は、一昔前の警察官的な見方をされており、“
しかし、それは彼らが嫌われているからではない——誰もが不安なのだ。あらゆる政治機構が一度は崩壊し、法も秩序も消え去った。それを僅かな期間で立て直し、亡国に新たな秩序を創り出した——いや、それによって国が完全に滅ぶのを首の皮一枚で繋ぎ止めた。
そして、JCDF(新日本電脳防衛軍)は“
積極的平和主義のもと、日本の安全と平和を守る。JCDF(新日本電脳防衛軍)はその組織を変化させながらも、頑なにその理念は変えずに、越えずに、生き残った国民の側に寄り添い続けていた。
焔たちは木暮が率いる特戦と合流し、その道案内で目的の図書館へと向かった。ミフネから直線距離で四kmと聞いていたが、
我が世の春を謳歌する植物たちを掻き分け、玄武が歩ける道を選びながら進んでいく。玄武の後ろには、木暮から受け取った軍用の荷車が繋がれている。
少数なら人も乗れるほどの大きさで、今回の依頼が終われば報酬の一つとして焔たちが譲り受けることになっていた。
当然ながら玄武を
身体的負担などはないが、少なからず見た目のバランスが崩れることに乃蒼は若干嫌な顔をしていた。
乃蒼曰く——「可愛くないです……」
「ね、ねぇ、焔くん。特戦の人たちは銃を持っていないのかな?」
焔たちは特戦の六人に挟まれるように隊列を組み、周囲の警戒をしながら道案内をする小暮の背中を見つめながら進んでいた。
だが、虎太郎の視線は背中よりも、その動きやすそうな軽装の迷彩服とプロテクターなどの装備全体を巡らせていた。
“
“
当然ながら旧体制の自衛隊やJCDF(新日本電脳防衛軍)はその奪還を試みたが、サイコ・ディストラクションを使わなければ戦うことすらままならない
同時に日本各地の治安は荒れ果て、
JCDF(新日本電脳防衛軍)の携帯戦力は日を追うごとに弱体化し、自然と暴徒鎮圧や
特戦に配置される人員は、優れたサイコ・ディストラクションのプレイヤーであるとともに、実際に身体と新格闘を鍛え上げた格闘技のプロフェッショナルでもあった。
「何言ってるの虎太郎! 特戦といえば格闘技のプロだよ!」
「らしいぞ、虎太郎?」
焔の右を歩く虎太郎の反対側に、綯華が自分も話に混ぜろとばかりに入り込んできた。格闘技やプロレスが大好きな綯華にとって、JCDF(新日本電脳防衛軍)が修練を積み重ねる新格闘には強い関心があった。
もしも綯華がサイクロプスをやめて他に仕事や生き甲斐を見つけて神無荘を出て行くことになれば、その行く先はJCDF(新日本電脳防衛軍)の駐屯基地だろうと焔は常々思っていた。
実際——神無荘を出た
他にまともな就職先など存在しないという一面もあるが、この時代に好きなことを仕事にできる幸福は、何事にも変えがたい幸運でもある。
「か、格闘技かぁ……」
それは虎太郎にとって決っして得意とは言い難いものだったが、サイクロプスになると決めた幼少の頃より、焔や綯華たちと一緒に体を動かす訓練は続けてきた。
好きなことではないが、やらなくてはサイクロプスとして活動して行くことも、生きて行くことも不可能——虎太郎は百も承知であったが、それでも格闘技より銃器などの武器の方が興味あるし、それ以上に美味しい食べ物の方が興味あった。
例えば特戦が背負う軽量バックパックの中に入っているJCDF(新日本電脳防衛軍)の
かつては缶やレトルトパックに詰められていたが、今はその製造工場に回す電力を確保できないため、もっと古風な形——笹の葉に包んだ握り飯を携帯糧食にしていた。
虎太郎が興味を持ったのは、その笹の葉に包まれた米だ。シンジュクでも手に入るが、日本人の主食として安定供給されてきた時代はとうに過ぎ去った。
高価で貴重な米は中々口にすることができない——JCDF(新日本電脳防衛軍)は
早朝に出発してから数時間、数度の会敵と排除を繰り返し、目的地を目前とした開けたポイントで焔たちは昼食をとっていた。
特戦と焔たちから二人ずつ見張りを立て、交代しながら食事をするのだが——見張りに集中する焔と違い、虎太郎の視線は
そしてそれは綯華と乃蒼も一緒だった。ただ、綯華の興味は虎太郎と少しズレていたが——。
「ねぇ、乃蒼……あの葉っぱって、何か意味あるの?」
——綯華の興味は米の握り飯よりも、それを包んでいる笹の葉だった。
「もちろんありますよ? 笹や竹の葉にはフィトンチドという物質が含まれていて、それに殺菌効果があるんです」
「ヘぇ〜」
「他にも竹皮の包みを弁当箱代わりに使うこともありますし……私たちの弁当箱もいずれは木の葉包みに換えようと思っていたところです」
「なんだか、お侍さんのお弁当みたい」
「そうですね。でもその時代の食料保存の知恵や伝統は、現在でも有効に使われていますよ? マキナ粒子を必要としないし、竹林などは人が住めなくなった寒村でその繁殖範囲を広げていますから」
「タケノコ美味しいよね!」
「ふふっ、神無荘に戻ったらタケノコの煮物を作りましょう」
「あぁ、なら鰹節を手に入れなきゃ!」
聞こえてくる綯華と乃蒼の話題が握り飯を包む葉っぱからタケノコの煮物に変わっていくことに焔は苦笑を漏らし、虎太郎は大きくお腹を鳴かせて自分たちの番を待っていた。
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