第13話 依頼
無精髭の男が向かったのは宿泊施設の——裏側、そこはミヨシを管理するJCDF(新日本電脳防衛軍)の事務所がある別棟だった。
無精髭の男はその入り口の手前で焔を待たせ、玄関前に立つ軍人に声を掛けて焔のことを背中越しに親指で差している。
玄関を警備している軍人も焔へ視線を向け、一つ、二つと頷いてから、“
無精髭の男は焔へ振り返り、ニヤニヤと手招きしている。焔はその笑顔に生理的な気持ち悪さを感じながらも、〈クロノス〉のスキルカードを思えば足を止めたままではいられなかった。
無言で玄関へ近付いて行くと、警備の軍人にサイコ・ディスプリクションのプロフィールを提示するよう求められ、拒否することなくウィンドウモニターに表示したプロフィールを見せ、宿舎の中へ通された。
「なぜここに来たんだ?」
焔は無言で前を進む無精髭の男について行くも、頼み事とJCDF(新日本電脳防衛軍)がどう繋がるのか想像がつかなかった。
「静かに……この建物の中はミヨシでも日本でもない、JCDF(新日本電脳防衛軍)が管理する軍施設だ。こういうご時世だからな、旧体制とは……と言っても知らないか。とにかく、黙ってついて来い」
無精髭の男は建物の中に入ってから雰囲気が一変していた。それまではフラフラと覚束ない足取りと、丸まった猫背にニヤけ顔に黄色い歯。
だが今は違う。ピンッと背筋を伸ばし、落ち着きのある整った足取りは規律ある訓練された人間のものだと感じられた。
(この男も軍人か?)
フリーエリアでの印象とは全く違う様子に、焔は狐につままれた気がしていた。
無精髭の男は事務所の奥の一室の前で止まると、焔が大人しくついて来ていることを一目振り返って確かめ、ドアを静かに二回ノックした。
「佐々木一等陸曹入ります!」
「入れ!」
無精髭の男——佐々木の声に応えるように、室内から低く渋い声が上がった。佐々木は静かにドアを半開きに開けると、焔を促して室内へ入った。
「特別任務の補佐を依頼したサイクロプスのリーダーをお連れしました」
「ご苦労、まだ若いな」
部屋の中には一人の男性将校が執務机に山と積み上げられた書類をチェックしていた。ラフな服装ではあるが、綺麗に剃り揃えられた口髭からは十分な威厳が感じられる。
「——神無焔です」
自分から名前を言わなくてはならない雰囲気を感じ取り、焔は軽く頭を下げて執務机に座る男を真っ直ぐ見据えた。
「……ふむ。私はミヨシの本部長、
「サブガジェットの大型ペットが必要だということと、報酬のスキルカードについてだけ」
「そうか、なら改めて説明しよう。君には……君のパーティにはフジミノ
「図書館?」
「そうだ。本来ならばJCDF(新日本電脳防衛軍)の部隊で回収するのだが、我々は現在別のエリアで大規模作戦を実行中だ。蔵書を運ぶことができる輸送部隊もそちらで任務に当たっているため、今回はサイクロプスに輸送の協力を仰ぐことにした」
「なるほど……しかし、なぜこのような方法で?」
焔が疑問に思う“このような”とは、フリーエリアに佐々木を紛れ込ませ、スキルカード売りをしながら輸送できる人物を探していたことだ。
JCDF(新日本電脳防衛軍)が本当に輸送手段を持つサイクロプスを必要としているのならば、ここミヨシに数多くいる実績あるサイクロプスパーティから広く募集すればいい。
〈クロノス〉のスキルカードは焔にとって喉から手が出るほど手に入れたいスキルカードではあるが、焔たちよりも確実に仕事をこなすパーティや、輸送に使える大型ペットを持つサイクロプスは他にもいる。
「理由はいくつかある。その全てを君に話す事はできないが……一つだけ答えるとすれば、現存する図書や電子書籍のデータは現代において莫大な財産を生む。コレクター、学者、生産者、教育者、芸術家、買い手は生き残った全ての日本人だ。それに対し、売るべき図書は未だに深い
「つまり、運び出せる蔵書の情報を大っぴらに公開すれば、サイクロプスたちによる争奪戦が起きると?」
「その通り、争奪戦があくまでも競争ならまだいい。だが、この手の情報は
「……もしかすると、この依頼は断れない?」
「断るつもりか? 佐々木一等陸曹に預けたスキルカードは、報酬として十分過ぎる代物だと思うが」
焔はこの依頼を即座に断るつもりだったわけではない。拒否できない状況に、思わず声が出ただけだった。だが同時に、正式に依頼を受けるなら焔一人で決めるわけにもいかない。
「一度、パーティメンバーと相談させてください」
「いいだろう。だが、こちらも早急に蔵書を回収したい。明日の朝にまた来てくれ」
そうして、焔は再び佐々木の案内でJCDF(新日本電脳防衛軍)の事務所を出た。
「それじゃにいちゃん、明日の朝一番でまたここへ来てくれるかな」
「……えぇ、判りました」
事務所の外へ出た瞬間、佐々木の雰囲気はまた元の汚らしい無精髭の男へと変わっていた。
事務所の入り口を離れた焔は、
中を確認すると、乃蒼から“宿泊施設前で綯華と虎太郎の三人で待っています”との連絡だった。
宿泊施設で借りた部屋の鍵を受け取るためのキーホルダーは焔が持っている。いつの間にか集合時間を過ぎていたので、三人は部屋に入れず施設前で待ちぼうけになっていた。
「あっ、焔くんやっと来たよ」
「やっと来た〜」
「どこへ行っていたのですか?」
施設前に座り込む綯華と虎太郎は、すでに自由時間を楽しみ過ぎて睡魔に襲われていた。目がトロンとして、玄関前の階段で今にも寝てしまいそうだ。
「お待たせ、ちょっと人に会っていたんだが……詳しい話は部屋でしよう」
眠気で意識が飛びそうになっている綯華と虎太郎を引き起こし、一先ず二段ベッドが二台並ぶ狭い個室へと移動した。
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