第12話 無精髭の男




 焔たちは出現した電脳獣オーガを討伐しつつ、廃墟を捜索して少しでも使える物資を回収していた。

 高額で売却することができる乾電池や貴金属は見つからなかったが、腐食をまぬがれた布生地やガラス製品、欠けの少ない陶器や動くのかもわからない機械製品や小物など、人の背で運ぶには難しい品物を次々に回収し、玄武の背に装着させた荷台に載せて持ち帰った。


 乃蒼のペット:霊獣玄武はサブガジェットとしてのレベルが上がることでサイズが初期の頃より大きく成長し、騎乗可能な人数は一人から複数人へと増加していた。

 それほど大きな亀が荷台を満載にしてフジミノ大迷宮ダンジョンから戻って来れば、自然と他のサイクロプスや行商人たちの目に留まり、歓声と感嘆の声に囲まれながら引っ張られるようにフリーエリアへと連れて行かれた。




 その日の夕刻、焔たちは持ち帰った物資をフリーエリアで大賑わいのなか売却し、夕食を食べ終わった後で自由行動を楽しんでいた。


 焔も一人で露店が立ち並ぶエリアを見て歩き、サイクロプスとして活動していく上で必要となる道具や武器、防具を見て回っていた。

 そして何よりも探していたのが、非力なフライクーゲルと〈反射〉しか機能を持っていないサブガジェットのリフレクタービットをどう運用していくか。

 その助けとなるスキルカードを探し、彷徨っていた。


「スキルカード、売ってるかい?」

「おう、にいちゃん見ていくかい」


 スキルカードは目に見えるものではないため、売買や品定めは“PBサイコ・バンド”を通した一対一のやり取りになる。


 何も並べていない狭いスペースに座り込み、誰かが声を掛けてくるのを待っていた無精ひげを生やす男は、黄色く何箇所も抜けた汚らしい歯を見せながら“PBサイコ・バンド”の通信用コードを伸ばして焔に差し向けた。


 “PBサイコ・バンド”から浮き上がるウィンドウモニターには、いくつものスキルカードが羅列されていた。

 サイコの基本性能を向上させる〈攻撃力アップ〉系や〈防御力アップ〉系はもちろん、これまで見たこともない〈跳躍〉や〈属性攻撃力強化〉、サイコ固有のスキルや機能を拡張させたり向上させたりすることができるスキルカードなどだ。


「どうだい? 基本的な能力の底上げからマニアックなサイコにピッタリな色物カードまで、色々取り揃えているぜ?」

「俺のサイコは拳銃型なんだが、何かオススメのスキルカードはあるだろうか?」


 焔には非力なフライクーゲルを強化するという急務があった。


 しかし、スキルの組み合わせは千差万別にして無限大。存在を知っているだけで手に入らないカードを求めて目の前の強化を見逃していては、いつか取り返しのつかない危機をパーティーにもたらす。


 その不安は日に日に強まっている。今日のゾンビ型でもそれは実感していた。フライクーゲルには固有スキル〈ウィークショット〉があるのだが、数日前にサイコのレベルが上がって初めての空きスロットを手に入れた。

 防御手段として多用しているサブガジェットのリフレクタービットのも含めて、これで二つの空きスロットが新たなスキルカードを待っている。


 だが、そこへ安易に〈攻撃力アップ〉を挿しても、初期値の低さを数%カバーするだけでたかが知れている。何か別の、拳銃型であることを最大限に活かし、パーティを活かせるスキルカードを焔は求めていた。


「拳銃型か……直接斬り込む必要はないが、パワーに劣る。ククッ……にいちゃん、狩りハントで随分と苦労してるみたいだな」


 無精髭の男は焔が抱える問題と、欲しいスキルカードの方向性を瞬時に悟った。それだけの経験を、この男は持っていた。


「装弾数は?」

「……七発」

「フルオート能力は?」

「ない。そんな拳銃型サイコもあるのか?」

「当然あるさ、サイコだぞ? 本物の拳銃とはわけが違う。にいちゃんも飛び道具を扱うならよく覚えておくことさ。銃弾はまっすぐ飛ぶし、直角にも曲がる」

「——?」


 撃ち放った銃弾が直角に曲がる——そう言われても、焔には言葉そのままに受け入れることはまだ出来なかった。


「にいちゃんの役割は?」

「パーティの指揮と、釣り役プルに牽制……かな」

「アタッカーは別にいるわけだな、それなら……これはどうだ?」


 焔の“PBサイコ・バンド”のウィンドウモニターには、新たに無精髭の男からトレード申請のウィンドウがポップアップしていた。


「これは……〈クロノス〉?」

「時間操作系の激レアCC(クラウド・コントロール)スキルよ。五〇〇万でどうだ?」

「ご、ごひゃ——」


 それはあまりにも高すぎる額だった。五〇〇万マキナと言えば、一家族が一年以上は余裕で暮らしていける額だ。

 絶句する焔を面白そうに見上げる無精髭の男だったが、この額をまだまだ子供に見える焔に支払えるとは最初から思っていなかった。


「にいちゃん、パーティに大型のペット連れているよな?」

「なに?」


 大型のペットと言えば、乃蒼のサブガジェットである玄武に間違いなかった。だが、なぜそれを見ず知らずの男が知っているのか。


 焔は一歩引いて無精髭の男を警戒するが——。


「いやいや、そう警戒しなさんな。大迷宮ダンジョンから戻って来るところを見かけただけ——それよりもだ。にいちゃんたちのパーティは明日もフジミノ潜るんだろ?」

「あ、あぁ……その予定だ」

「なら、一つ頼みたいことがある」

「頼み?」

「そうだ。それを受けてくれれば、報酬として〈クロノス〉のスキルカードをタダで譲ってもいい」

「本当か!?」


 それは焔にとってまたとない提案だった。〈クロノス〉の効果はトレード画面ですでに確かめている。

 スキル効果を乗せた攻撃を対象に当てることで、対象の状態を巻き戻すことも、早送りにすることもできる。

 それによって何が起こるのかは対象の状態次第だが、サポート系のスキルとしては可能性を感じさせるスキルカードでもある。


 だが同時に、焔は美味すぎる話に警戒感を覚えた。


 無精髭の男は焔の背後を通り過ぎていく他のサイクロプスたちの動きに気を配ると、立ち上がって警戒する焔に近付き「ついて来い」と耳打ちをし、フリーエリアから宿泊施設が建つエリアへと歩き出した。


 焔はその背中を見つめながら数瞬の思案を巡らせると、黙ってその後ろについて歩き出した。



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