第11話 CC




 焔が崩壊した家屋の屋根瓦をひっくり返していると、“PBサイコ・バンド”のディスプレイに電脳獣オーガ出現を知らせる警告アラームが走った。


 綯華たち三人の“PBサイコ・バンド”にも同様の警告が走り、別々の廃屋から雑草が生い茂る道路だった場所に駆け出て来た。


「周囲に人の影なしです」

「乃蒼は玄武と下がって——虎太郎、奥で待機! 綯華は俺の横だ!」


 焔の指示が飛び、三人と一匹の霊獣が動き出す。綯華と虎太郎は手に持っていた布袋を玄武の甲羅に背負わせた小さな荷台へと投げ込んだ。


 玄武はサイコ・ディスプリクションが生み出した実体を持たないホログラムでしかないのだが、サブガジェット:ペットの特性には騎乗というものがある。


 つまり、乗ることができるのだ。


 だが、殆どの人々はペットに騎乗することはない。それは大迷宮ダンジョン危険区域デンジャーエリアでペットが疾走できるほどスペースがないことと、それよりもJCDF(新日本電脳防衛軍)が低価格で貸し出しているペット用の荷台受けが有用すぎることが要因だ。


 JCDF(新日本電脳防衛軍)は政府が“機械神デウス・エクス・マーキナー”の支配を受け入れてから早い段階でマキナ粒子を利用した様々な道具や設備を開発し、提供し始めていた。

 それが“機械神デウス・エクス・マーキナー”への服従を示す対価だと蔑まれることもあったが、その利便性に人々は口を噤み、日が経つごとに自然と受け入れられるようになっていた。 


 焔たちがサイクロプスとなってまだ日が浅いにも関わらず、カンエツ遠征を決断した大きな理由もここにある。

 たまたまシブヤの入り口の露店で見つけた横流し品の荷台をすぐに購入し、乃蒼の玄武を単なるサブガジェットのレアペットとして運用するよりも、より多くの物資を持ち帰られる自走型の荷車代りに使う方が有益だと全員が判断した。

 この玄武のお陰で、危険区域デンジャーエリアを探索していても直ぐに荷物をその荷台に投げ込み、戦闘態勢をとることが出来た。


 焔たちは電脳獣オーガがどこから出現しても対応できるように散開すると、廃墟を疾走する紫電が集まるポイントを警戒する。


「多いな……」


 焔は雑草が生い茂る道路を挟んで、両サイドを疾走する何本もの紫電に警戒を強めた。前後に交差する紫電の数は十を超える。


 そして、集束する紫電は人型の電脳獣オーガへと姿を変えた。


「うぇ〜、ゾンビ気持ちわるぅ〜」

「油断するなよ綯華、ゾンビ型に捕まったら一気に押しつぶされるぞ」

「それは判ってるけど……アレを殴るのはちょっと……」


 出現したゾンビ型は細身の大人ほどの体格だが、その服装は汚泥にまみれて朽ち果てていた。性別を殆ど抜け落ちた頭髪の残りで僅かに見分けることが出来たが、薄黒くけた皮膚からは表情一つ見て取ることは出来ない。

 武器の類は持っていないようだが、細く長い指からは鋭い爪が伸び、涎を垂らしながら震わせる口からは鋭い犬歯が見えていた。


「ウゥゥゥゥゥゥ」


低い唸り声を上げるゾンビ型はゆっくりと包囲を狭めてくるが、焔たちはその動きの遅さがサイクロプスたちを油断させるためのものだと知っていた。


 ゾンビ型の動きを警戒しつつ自分たちのサイコを呼び出し、こちらも戦闘態勢を整えた瞬間、ゾンビ型は一人前に出ていた虎太郎に狙いを定めた。


「う、うぁぁぁぁぁ!」


 ゾンビ型の狙いが自分へ定まったことを直感した小太郎は、機構式ハンマーのミョルニルを担いで焔たちのもとへ駆け出した。


 そして、それを追うゾンビ型の走る速度も飛躍的に向上した。


「綯華、ビビるのもこれまでだぞ」

「ビビっ——?! そんなことあるわけないでしょッ!」


 虎太郎を追うゾンビ型の姿に、顔を青くして引いていた綯華だったが、焔の一言でその表情は激情の赤へと変わった。


 パンっと両拳のヤルングレイブを打ち鳴らすと、サブガジェットのヘルメスが持つ機能、〈空中ダッシュ〉によって階段を上がるように空へ駆け出した。


「虎太郎! 綯華と二人で前を押えろ!」


 焔は逃げて来る虎太郎の頭上を飛び越えていく綯華の背を見つつ、急停止して振り返る虎太郎に指示を飛ばすと、自身は乃蒼が下がった位置まで移動して回転式拳銃のフライクーゲルを引き抜き、焔たちを挟み込むように出現したゾンビ型へと照準を定めた。


「乃蒼、CC(シーシー)」

「はい。玄武さん、〈スロウミスト〉!」


 〈スロウミスト〉は小範囲に霧状のミストを散布して、そこを通過した電脳獣オーガの動きを低下させるCC(クラウドコントール)スキルだ。

 多対多で戦闘を行うことが多いサイコ・ディスプリクションにおいて、少しでもプレイヤー側に有利な状況を作り出すためには、このCC(クラウドコントロール)スキルが非常に重要な意味を持ってくる。

 〈スロウミスト〉の展開範囲はそれほど広くはないが、それでも荒れ果てた道路を塞ぐには十分な範囲があった。


 玄武が吐き出す吐息が視界を塞がない程度の薄白い霧となって道路上に留まると、その中に飛び込むゾンビ型の勢いが急速に衰えた。


 そうなれば、後は焔のまとでしかない。連射されるフライークーゲルの光弾はゾンビ型の足を次々に撃ち抜き、引き千切れ、吹き飛び、消滅していく。

 ここに綯華と虎太郎が加われば、あとは動きを制限された電脳獣オーガたちを順々に潰していくだけなのだが、攻撃力が低い焔のフライクーゲルでは保有する〈ウィークショット〉を駆使しても単独で倒すことが難しかった。


「——ちっ」


 思わず鳴らした舌打ちは、如何いかんともし難いフライクーゲルの攻撃力の低さに嘆く、苛立ちでもあった。

 だからこそ、動きを低下させた上で足を奪い、さらに移動を困難にさせたところで綯華たちの合流を待つか、それとも玄武を突撃させて踏み潰すパターンが、焔たちパーティーが二組に分かれた場合の定番だった。


 だがそれでも、焔はフライクーゲルを少しでも効率よく、また効果的に使うように工夫していた。

 ゾンビ型の足を最初に狙うのもそれだ。HPを完全に消し飛ばすまでは動き続ける電脳獣オーガの仕様上、部位HPが低い場所を優先的に狙い、攻撃力や行動力を奪っていくのはサイコ・ディスプリクション攻略の定石でもあった。


 乃蒼と玄武の後方に出現した全てのゾンビ型の足を撃ち飛ばした所で、焔はシリンダーが回転リロードしている間に綯華と虎太郎へと視線を向けた。


 向こうも大丈夫か——焔の心配を他所に、後方より数の多い前方は虎太郎が叫びながらミョルニルを旋回させてゾンビ型を薙ぎ倒し、動きが止まったところで上から綯華が飛びかかって頭を蹴り潰していた。



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