第8話 釣り




「湧くぞ、周囲を警戒!」

「りょぅ〜かい!」

「はいッ!」

「お、おぉ!」


 自然公園の入り口を前にして、雑草が好き放題に生えた道路に紫電が走る。


 焔はショルダーホルスターからフライクーゲルを引き抜き、紫電が走る先に銃口を合わせながら電脳獣オーガが湧く——出現するポイントを予測してFA(ファーストアタック)に備える。


 道路の反対側を歩いていた別のパーティたちも、FA(ファーストアタック)を取る体勢を整えているのが焔の視界の端に見えていた。


 道路を走る紫電が両パーティを追い越し、集束するかに見えた瞬間——紫電は二つに分かれて電脳獣オーガが二体出現した——同時に、焔の二連射と別パーティの釣り役が放った弓撃が競うように迫った。


「取った!」


 湧いた電脳獣オーガの形態は、全身白骨で構成されたスケルトンタイプだ。


 平均的な大人の身長よりも少し高い、全長二メートルほどのスケルトン二体は共に野太い棍棒を握り、眼球のない頭蓋骨の眼底には赤く輝く霊魂の炎が揺れていた。


 このスケルトンは自然公園内でよく湧くタイプで打撃に弱く、綯華の拳打と虎太郎のハンマーと言う打撃中心のアタッカー構成である焔たちにとって、狩りハントしやすい電脳獣オーガだった。


「綯華は左、虎太郎は右を頼む!」

「おっけ〜!」

「う、うん!」


 FA(ファーストアタック)を取ることに成功しても、他パーティと僅差の取り合いになった場合、非力な焔の攻撃では釣り役同士のヘイト稼ぎで負けてしまう。

 そのため、即座にアタッカーの綯華と虎太郎にヘイトを稼いで貰わなければならないのだが——。


「お〜い、そちらの少年! 早くタゲ取ってくれ、一体こっちに走ってくるぞ〜!」


 スケルトンの移動速度は意外と早い——いや、虎太郎の足が遅すぎるとも言えるのだが、追撃が遅れた一体が他パーティの釣り役に向かって一直線に走り出していた。


「ブ、ブースター、オンッ!」


 虎太郎は普通に走っては追いつかないと判断し、サブガジェットのジェットスラスターが持つ固有機能〈ブースタージャンプ〉を発動させた。


 ランドセルに似ているジェットスラスターの下部が開放され、二つの円錐型推進装置が展開されると、爆炎と白煙を吹き出しながら虎太郎の体を急加速させる。


「ヒ、ヒィィィィ!!!」


 しかし、人の身で中空を急加速することを、まだまだ新米サイクロプスである虎太郎に平然と行えるわけがない。

 マキナ粒子を変換して体の周囲をバリアのように包み込み保護するHP(ヘルス・プロテクション)がスキル使用者を自爆的な怪我から防ぐとはいえ、恐怖心までも消し去ることはできなかった。


 そして、そのような状況下で正確で精密な攻撃が成功するはずもない。


 虎太郎の急加速攻撃は釣り役を追うスケルトンの横を通り過ぎ、なんとか振り抜いたハンマーの一撃は全く見当違いの場所で空振りした。


「ちょッ! おい、少年!」


 スケルトンに追われる釣り役は、後退しながら植物に飲み込まれた家屋に突っ込む虎太郎を目で追い、“なんとかしろ”と言わんばかりに焔に向けて再び声をあげた。


 FA(ファーストアタック)を複数の釣り役が競い合った場合、取った釣り役が責任を持って電脳獣オーガのヘイトを稼がなくてはならない。

 それが一般的なマナーであり、それが出来ないのであらば、電脳獣オーガのFA(ファーストアタック)を競い合うべきではないのだ。


 それは電脳獣オーガが単体であっても、複数であっても、決して変わることはない常識なのだ。


「虎太郎! くッ——乃蒼、綯華のサポートを頼む!」

「任せて! 玄武さん、綯華の盾に!」


 焔は綯華のサポートを乃蒼に任せると、フライクーゲルをスケルトンの背後目掛けて連射し、その後を追った。


 だが、すでにスケルトンは釣り役の目の前にまで迫っており、攻撃対象として完全に認識されていた。

 こうなると、焔が与えるダメージではヘイトを稼ごうと思っても上手くはいかない。


「あぁもう、グダってるじゃないか……魅綺城みきしろ、頼む」


 弓術使いの釣り役はそう呟くと迫り来るスケルトンから一歩下がり、入れ替わるように背後から黒髪の長髪を靡かせながら一人の美しい少女が前に出た。


「了解した」


 同時に、魅綺城と呼ばれた少女の目の前にまで到達したスケルトンが手に持つ棍棒を振り上げ、その頭上に振り下ろさんと眼底の炎が一層赤く燃えた瞬間——。

 左肩から伸びている長い柄を左手で少しだけ引き上げると、少女の背後に隠れていた大太刀が水平になって姿を現した。


(なんて長い刀だ——)


 焔はスケルトンの後を追いながらも、その向こうに見える少女が持つ大太刀の長さに驚きを隠せなかった。

 少女の背よりも頭一つ分低い程度、それでも五尺(一五〇cm)を越えようかという大太刀を抜けるのか? そんな疑問が頭をよぎったが、その答えはまさに焔の眼前で両断されたスケルトンの姿によって示された。


 焔の鼻先で振り抜かれた大太刀の切っ先はまだ戦闘状態を解除していない少女の残心そのものであり、研ぎ澄まされた鋭い刀のような目は真っ直ぐに焔の目を見つめていた。


 その眼力に、焔は視線を外すことができなかった。


敵対心ヘイトを満足に稼げないのであらば、欲張って二体も釣らないことだ」

「す、すまない……助かった」


 低く透き通る声が焔の耳に凛と響き、言われるがままに謝罪と感謝の言葉が零れた。


「すいませぇーん!」

「お怪我はありませんか?」


 そして焔の後ろから、もう一体のスケルトンを問題なく殴り倒した綯華と乃蒼が駆け寄ってきた。

 焔を見つめる美少女——魅綺城の視線と切っ先がやっと外れると、後ろに振り返りがなら大太刀を回転させ、華麗に鞘へと納刀した。


「こちらは問題ない。そこの君にも言ったが、自分たちの力量を踏まえて狩りハントをすることだ。でなければ、次は無関係のパーティに死者を出すぞ」

「そのくらいにしておいてあげな、魅綺城——さぁ、戻ろう。君達もこの先は気をつけるんだよ」


 彼女たちのパーティリーダーらしき中年の女性がそう声をかけると、魅綺城は何も言わずに焔たちの前から離れて行く。その後ろ姿に、焔たち三人は頭を下げて見送ることしかできなかった。


「ご、ごめーん、まだジェットのコントロールが上手くいかなくって……」


 魅綺城のパーティが道路の向こうへ消えていくと、家屋に開いた大穴から虎太郎が申し訳なさそうに出てきた。

 足元の瓦礫をどかし、貴重な服についた埃や草の葉を払い落としながら焔たちが集まる場所まで歩いてきた。


「虎太郎君、怪我はない?」

「あっ、だ、大丈夫だよ、乃蒼ちゃん。ちょっとHP減ったけど、怪我はないよ」

「虎太郎、狩りハントの後にジェットの練習でもするか……」

「あたしは練習しなくても〈空中ダッシュ〉上手く使えるよッ」

「と、綯華ちゃんは運動神経いいし……だ、だけど、急に練習しようだなんて、何かあった?」


 虎太郎が家屋に突っ込んでいる間の些細な出来事を話しながら、焔たちは欲張りすぎず、無理しすぎず、自然公園内で安全マージンを維持しながら狩りハントを再開した。



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