第7話 メグロ




 マキナ粒子を電力代わりにすることで、ネオ・トウキョウに生きる人々は電子創世紀サイコ・ジェネシス以前と近い感覚で電化製品を使用することが出来た。

 しかし、その採取量や危険性を考えれば、都市自体を旧時代と同じように日夜にちや明るく照らすことは不可能であり、誰もそんなことは望まなかった。


 旧日本政府が解体されたのは今より一四年ほど前、民主主義政治は日本国中の総意を集約することが不可能になった時点で崩壊し、なし崩し的に“機械神デウス・エクス・マーキナー”及び電脳獣オーガと戦う力を持っていた自衛軍が日本の守り人として統治を行う事となった。

 自衛軍は新日本電脳防衛軍(JCDF)と呼称を変え、日本国民の安全を第一にしつつも、“機械神デウス・エクス・マーキナー”による支配からの脱却を目標に活動を開始した。


 JCDF(新日本電脳防衛軍)がまず行ったのは情報収集だ。通信回線が全て使用不能になったため、海外——とくに同盟国である米国との連携を図るために、貴重な燃料を消費して船舶や航空機を動かし、直接連絡を取る作戦を敢行した。


 しかし……送り出した船舶と航空機は一つとして戻ってこなかった。


 JCDF(新日本電脳防衛軍)は“機械神デウス・エクス・マーキナー”によって何らかの妨害にあったと考え、米国を始めとした諸外国との連絡を取ることを保留とし、国内の安全確保と国民生活の安定を最優先事項とした。

 それから今日こんにちまで、JCDF(新日本電脳防衛軍)は電脳獣オーガ討伐組織の育成、サイクロプスの教育、サイコ・ディスプリクションと“機械神デウス・エクス・マーキナー”に関するあらゆる情報収集を行ってきた。

 そして警察機構に代わり、安全区域セーフティーエリア内の治安維持活動も主任務としている。


 夜間の街灯などは最小限度の数しか点灯することがない。危険区域デンジャーエリアを照らす余裕などはなく、サイクロプスは自前の電灯や松明などで夜間に活動をする。

 焔たちもその事情は既に知っているが、夜間の狩りハントは危険性が跳ね上がるため、仁子から経験を積むまで絶対禁止を言い渡されていた。




「お帰りなさい、みんな」

「先生ただいま~!」

「お腹空いたー」

「ただ今戻りました」

「ただいま」


 神無荘に戻って来た四人を、仁子が大量の夕食——と言っても固形食品と僅かばかりの野菜程度だが、とにかく準備をして待っていた。


「さぁさぁ、疲れたでしょ。まずはお風呂にはいってらっしゃい」

「は~い、乃蒼ちゃん先に行こ~! 焔と虎太郎は後からだからね!」

「お先に入らせてもらいますね」


 綯華と乃蒼の二人が神無荘の風呂場へ先に向かった。今は焔たちと仁子の五人しか暮らしていないが、神無荘の許容可能人数はもっと多い。風呂場こそ二つはないが、かつての一般家庭では当たり前のように備え付けられていた浴室よりも、遥かに大きな浴槽と浴室が神無荘にはあった。


 焔は綯華と乃蒼の後ろ姿を少しだけ目で追うと、すぐに仁子の方へ向き直った。


「仁子さん、今日の狩りハントで稼いだマキナ、渡しておきます」

「あら、いいの? 初めての狩りハントで稼いだマキナでしょ?」

「はい、帰り道で話し合って決めた事です」

「そ、そうだよ先生、これまでのお礼——」


 グゥ~~~~


 仁子にこれまでの感謝の言葉を伝えようとしていたのだが、どうやら虎太郎の空腹は限界に達していたようだ。


「ふふっ、二人ともありがとう。綯華と乃蒼のお風呂は長いから、先にご飯にしましょうか」


 焔たち四人にとって、仁子は神無荘の管理人であり、人生の先輩であり、全てを教えてくれる先生であり、紛れもなく母親であった。


「う、うん……」




******




 初戦闘を経験して以降、焔たち四人は新米サイクロプスとして精力的に活動していた。


 “初心者ロード”を早々に卒業し、シブヤをさらに南下してJCDF(新日本電脳防衛軍)のメグロ駐屯基地付近にまで行動範囲を広げていた。

 メグロ駐屯基地があるメグロは、JCDF(新日本電脳防衛軍)による継続的な電脳獣オーガ討伐により、エリア全体で危険区域デンジャーエリアを示すマーカーが縮小傾向にあった。

 特に基地内部は完全に支配権を奪還しており、敷地を一歩外に出ればいつ電脳獣オーガが出現してもおかしくはないが、基地内部は逆に安全区域セーフティーエリアとなっている。


 そのメグロ基地を横目に、焔たちは最近の狩場として利用している自然公園に向かっていた。

 かつては美術館として利用されていた廃墟が眠る自然公園では、情報屋から買い取ったスキルカードのドロップ情報を元に、シブヤ周辺では比較的高額で取引されている〈攻撃力アップIII〉を狙っていた。


「今日こそは獲るよぉ〜!」

「そ、そうだね。あと一個あれば残りは売りに出せるし、ドロップするジャイアントビーにFA(ファーストアタック)できるのは焔がいれば、競り負けることはないしね」


 アタッカーである綯華と虎太郎のメインアームには空きスロットが二つあったが、今では共に〈攻撃力アップII〉を一つずつ挿し、もう一方には綯華が〈敏捷アップI〉を、虎太郎が〈攻撃力アップIII〉を差している。


 乃蒼はメインアームに〈スキル効果アップI〉を、サブガジェットである玄武には〈移動速度アップI〉を差しているが、焔は何一つスキルカードを挿していない。


 狩りハントを開始して数日が経過しているが、未だに焔のサイコには空きスロットが拡張されていなかったからだ。 

 

 それに加えて焔のフライクーゲルは——正直言って弱かった。弱点部位に対するダメージボーナスを発生させる固有スキル〈ウィークショット〉を保有しているものの、それを効果的に扱うことが出来ていない——そもそもの弱点部位が判らないからだ。


 電脳獣オーガの形態が多種多様なこともあり、明確な弱点ウィークポイントが判らなければスキルを活用することは難しい。だが同時に、その情報は金の成る木でもある。

 打倒電脳獣オーガは全人類——日本国民全員の悲願ではあったが、個人の目線に立てば日本の未来よりも自身の明日の方がより大きな命題だ。


 そして、サイコ・ディスプリクションが元々ゲームの一タイトルであり、電脳獣オーガがエネミーモンスターである以上、弱点ウィークポイントは必ず存在している。

 そこが頭部なのか、獣型の眼底なのか、それとも特徴的な一器官なのか——焔にはその知識と情報があまりにも足りていないし、情報を買うために利用できるマキナ粒子にも余裕はなかった。


 現在の焔の役割はパーティのリーダーとして行動するほか、対電脳獣オーガ戦では作戦立案と指揮、FA(ファーストアタック)を取る釣り役、リフレクタービットの固有機能〈反射〉を利用したピンポイントバリアを張る盾となっていた。


 だがそれでも、DEX(精度):Sというステータスは優秀だった。元々、銃という旧時代を象徴する武器に興味を持っていた焔は、その特徴の良し悪しとFA(ファーストアタック)の重要性を誰よりも認識し、自然公園での狩りハントを効率的に進める重要な役割を果たしていた。


 その成果に大きく貢献しているのが、メインアームであるフライクーゲルの命中精度というわけだ。


 そして、“PBサイコ・バンド”の微振動に焔が即座に反応した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る