第6話 初戦闘




 “PBサイコ・バンド”が微振動すると同時に、電脳獣オーガの出現を知らせるメッセージが浮かび上がる。


 ==Warning!==Warning!==Warning!==


 赤い文字がグルグルと左手首の周りをスクロールし、絶え間なく繰り返されるバイブレーションが否が応でも緊張感を高めていく。


「観光気分は終わりだ——来るぞ!」


 灰色と緑のビルに幾本もの放電現象が起こり、それが空気中を走って焔たちの前に集束する。形作るのは一体の電脳獣オーガ、その大きさは人を越え——路線バスほどの大きさがある巨大な茶色の芋虫となって焔たちの前に姿を現した。


「ワームだ——獲るぞ! 虎太郎と綯華はサイドに展開!」


 狩り(ハント)をする上で最初にしなければならないのは、電脳獣オーガとの戦闘権利を手に入れることだ。

 目の前に出現した芋虫ワームは周辺を歩く別のサイクロプスたちにも見えている——当然だ、そこに実在しているのだから。


 出現した電脳獣オーガとは誰でも戦うことが出来る。しかし、最終的にマキナ粒子やスキルカードを手に入れられるのは、初撃を与えて戦闘権利を有した個人、もしくはパーティだけだ。


 その権利を持たずに戦闘を行っても、命を危険に晒すだけで得る物はなにもない。戦闘権利は早い物勝ちであり、そういう意味では焔のサイコ——フライクーゲルは誰よりも早く初撃を与えられる遠距離武器だった。


 周囲の新米サイクロプスたちが武器を構えて駆け出すのを横目に、焔は胸に着けたショルダーホルスターからフライクーゲルを引き抜き、両手でホールドしてトリガーを三連射。


 フライクーゲルの撃鉄が落ちるたびに重厚な発砲サウンドが鳴り響き、回転弾倉シリンダーが回転して次弾の発射準備を整え、再び撃鉄が落ちて銃口より光弾が撃ち放たれた。

 三つの光弾は吸い込まれるようにワームの頭部へと着弾し、左手首では戦闘権利を得て交戦状態に突入したことを知らせる文言(Fight)がスクロールし始めた。


 同時に、戦闘権利を取ることが出来なかったサイクロプスたちの“PBサイコ・バンド”でスクロールしていた警戒(Warning)の文言が消え、微振動も止まったはずだ。


「取った!」

「こっちは準備完了~!」

「ぼ、僕も!」

「サポートの準備も出来ています」

「もう少し敵対心ヘイトを稼ぐ。それから集中攻撃!」


 敵対心ヘイトとは、電脳獣オーガが攻撃対象を選ぶ時のパラメータ値のことだ。

 

 焔たち人間側にはその数値を正確に知ることは出来ないのだが、どうすればそれを稼ぎやすいのかは、これまでの集積された戦いの歴史から判明している。

 狩り(ハント)の基本はこの敵対心ヘイトコントロールとパーティ戦術だ。リーダーは敵対心ヘイトコントロールと共に、パーティメンバーの攻撃タイミングを調整していく。

 それが出来なくては、乃蒼のような回復スキルを持つ後衛が狙われたり、一人が集中攻撃されたりで、死の危険が高まってしまう。


 焔が更に四発の光弾を発砲すると、フライクーゲルのシリンダーが高速回転しだして光の粒子が吸い込まれていくようなエフェクトが発生した。

 装填リロードモーションだ——フライクーゲルの初期装弾数は七発、撃ち終われば自動的にリロードが行われ、約五秒後に再び七発撃てるようになる。


 弾切れを心配する必要がないのはありがたいのだが、焔はフライクーゲルの初期攻撃力の低さを感じていた。光弾が着弾しても、ワームの体に変化はない。

 むしろ怒りに血が上っているのか、頭部を赤く変色させ、焔へと一直線に迫ってくる。


 生物ではないとはいえ、大型バスほどの芋虫が突撃してくる姿には恐怖しか感じられない——しかし、焔は大通りの中央で仁王立ちとなり、突撃から逃げる様子はなかった。


 迎え撃つ様子もなく立ち尽くす焔だったが、その表情は内心で目まぐるしく荒れ狂う感情の大波を抑えきれてはいなかった。


 目を見開いて瞬きもせず、頬を伝う汗は異様な冷たさを感じさせる。自分を轢き殺しにくる暴走芋虫の現実が信じきれず、口角が思わず引きつる。

 高ぶった精神は暴走芋虫が跳ね上げる小石一つ、雑草の葉一枚が舞い散る様をスローモーションのように見せていた。


 だが、焔は一歩も下がらない。それどころかカラカラに乾いた口を半開きにし、見開いた目はオモチャに喜ぶ幼児のように輝いていた。

 死の恐怖からか、それともサイクロプスとして狩りハントをスタートさせた歓喜の高揚感からなのか、わずかに震える指先を押さえつけるようにギュッと握りこみ、大きく広げた。


「——“リフレクタービット”!」


 そして、焔は左手で腰のポーチからサブガジェットの赤いカードを引くと、それをトランプ投げのように手首のスナップを利かせて正面へと投擲した。


 投擲された赤いカードは回転しながら人の半分ほどの大きさにまで拡大し、意思を持つかのように平面をワームへ向けて中空に留まった。

 その直後、ワームの巨体がリフレクタービットを物ともせずに激突——ガラスの割れるような効果音が響き渡り、ワームがリフレクタービットを砕いて焔を轢き潰すかに思えたが——弾き飛ばされたのはワームの方だった。


 リフレクタービットの固有機能〈反射〉、初期値で一回だけ衝撃を跳ね返すシンプルな機能だが、うまく利用すれば盾のように扱うことも出来るスキルだ。

 ただし、最高六枚までストックできるリフレクタービットは、一度使えば補充までの時間として約三分を必要とする。この時間が長いのか短いのか。

 それはまだ、経験の全くない焔には判断がつかないことだった。


 だが今は——ワームの突撃を跳ね返し、その反動でワームは喚声をあげて横転した——その結果だけで十分だった。


攻撃アタック!」


 焔の掛け声と同時に、ワームの左右に展開していた綯華と虎太郎が動いた。


「うぉりゃ~!」


 綯華の勇ましくも可愛らしい掛け声と共に繰り出した正拳突きが、横転したワームの腹部へ重い打突音と共に打ち込まれ——。


「ふんッ!」


 ——反対側から虎太郎の振り下ろすミョルニルがワームの頭部を叩き潰した。


 その衝撃はワームの頭部を貫通し、その下の道路が陥没したかのように砕かれた——かに見えたが、それはサイコ・ディスプリクションのシステムが見せているフェイクグラフィックだ。実際に道路が陥没し、破壊されたわけではない。

 攻撃が終了した数秒後にはフェイクエフェクトは消え去り、何事もなかったかのように道路はそこにある。


「玄武さん、〈水弾アクア・バレット〉!」


 ワームに一撃与えて距離を取る綯華と虎太郎を援護するように、乃蒼が叫んだ。


 玄武の口より放たれたバスケットボールほどの水球が焔の横を通過し、痛打に暴れるワームに直撃してその動きを止めた。


 ワームに設定された体力数値が吹き飛び、その体全体に再び紫電が走る——大型バスほどの巨体がボロボロと崩壊していき、ワームは跡形もなく消え去った。

 そして——すべてが消える直前、四本の光の筋が焔たちに向かって放たれ、四人の“PBサイコ・バンド”へと吸い込まれていった。


「やった~!」

「や、やれた」

「やれましたね」

「一匹やっただけだ。講習会で習っただろ……すぐに次が来るときもある——周囲を警戒だ」


 すぐに冷静さを取り戻していた焔は浮かれる三人に釘を刺したが、最初の狩りハントに成功し、その成果が自分の“PBサイコ・バンド”に吸い込まれたことに興奮していないわけがない。

 それでも、パーティのリーダーとして三人の気を引き締めなければならない。

 

 その責任感こそが四人の中で最も特徴がなく、“平凡”と綯華に揶揄からかわれる焔の最大の特徴だった。


 初陣を危なげない勝利で終えた焔たち四人は、そのまま夕暮れの少し前まで“初心者ロード”周辺で狩りハントを行い、暗くなる前に神無荘へと帰還した。



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