第5話 シブヤ
旧代々木公園での講習会を終え、焔たち四人は早速とばかりにシブヤに向かって歩いていた。
道すがら“
こうしておけば、パーティメンバーのHP数値や居場所などが簡易ステータスや簡易マップに表示されるのだ。
そして、
「乃蒼のメインアームは支援型なんだよね?」
「そうみたい、レベル1の段階で固有スキルにHP(ヘルスプロテクション)を回復させる〈リカバリー〉があります」
「こ、攻撃手段は?」
「今のところないですね」
「なら、乃蒼は後衛で前衛のHP管理を頼む。その亀……玄武は何かできるのか?」
いま焔たちが話し合っているのは、
「うーん、〈
「玄武ちゃん、すごぉーい! あたしのスキルは〈総合格闘Ⅰ〉に〈蹴撃Ⅰ〉、それにブーツの機能に〈空中ダッシュ〉があるよぉー!」
そう言って綯華は、シャドーボクシングからキレのある廻し蹴りを放って見せた。元々運動神経が良く、格闘技好きの綯華はサイコを装着しなくても大人顔負けの動きが出来ていた。
そこにサイコのスキルがプラスされれば、
「ぼ、僕のミョルニルのスキルは〈ブースタースイング〉、それに〈ブースタージャンプ〉だよ」
「虎太郎のスキルは両方とも攻撃補助関係みたいだな」
「そ、そうだね。焔君のは?」
「俺のスキルは銃の方が〈ウィークショット〉、こっちの赤いカードにはまだスキルはないな、機能として〈反射〉があるくらいで使い方もよく判らない……」
「あちゃ~、焔だけスキルが一つか~なら、このあたしが君を守ってあげよぉ~う!」
「ふんッ、サイコのレベルが上がればすぐに増えるさ」
今は使われていない旧シブヤ税務署前を通り過ぎると、“
境界線ギリギリに建つランドマークとも言える円柱形のビルを南下すれば、その先は
通りの片側には食糧や水などの必需品に加え、バックパックやランプなどの道具類を売る店が並び、その反対側には
大勢のサイクロプスたちがそこへ集まり、今日の収穫やこれからの狩りに向けて最終確認を行っていた。
「買い物は帰りだ。今日は陣形の確認だけなんだから我慢しろよ」
「わかってる。わかっているよ~でも、欲しい物がいくらなのかは確認しておく必要があると思うんだ」
キョロキョロと露店を覗き込む綯華を焔が窘めたが、綯華は逆に——小さな胸を張って焔の言葉に返した。
「確かに、目標の額が判っているのは良いことかもしれません」
「だよね、乃蒼ちゃん!」
焔にとって、いつも冷静沈着な乃蒼が綯華に賛成するのは想定外だった。乃蒼も綯華の後ろから露店を覗き込み、
(くっ、乃蒼のお目当てはキーホルダーか……)
二人が覗いている露店の棚に並んでいるのは、可愛らしい動物のキーホルダーだった。乃蒼はいつも勤勉で冷静沈着な性格だが、実のところ可愛いモノに目がない。
乃蒼だけでなく、焔たち四人はシンジュクで人間以外の動物を殆ど見たことがない。
特に
今現在のシンジュクで見かけることが出来る動物は、狩猟犬として飼われている犬くらいのものだった。
もちろん、養鶏や畜産が全く行われていないわけではなく。それらは人の目から遠ざけられ、厳重な警備態勢が敷かれた中で、僅かばかりの畜産物を生産している。
そうしなければ、
そんな中で、動物たちを可愛く象ったキーホルダーや人形などは、子供心と想像力をくすぐる最高のオモチャだった。
「虎太郎、お前からも言ってやれ、買い物は
露店に夢中になる綯華と乃蒼の二人に劣勢と見たか、焔は背後にいるはずの虎太郎へと援軍を求めたのだが——。
「ねぇ、焔君。僕、お腹すいてきちゃった……」
視線を向けた先にあったのは、焼き芋の屋台を口を開けて見つめる虎太郎の姿だった。
「くっ……こっちもか」
頭を抱えたくなる焔であったが、産まれた時から一緒に過ごしてきた三人のことはよく判っている。いまさらその嗜好をとやかく言うつもりはない。
ただ今は——綯華と乃蒼の両肩を抱くようにして露店前から引き離し、虎太郎に買い食いは帰りしろと声を掛けて先へ進む。
背後から虎太郎の残念がる声が聞こえるが、それは無視。すぐに「ま、まってよー」と虎太郎が後を追って走ってきた。
「いいか、陣形は綯華と虎太郎がトップ、俺がその後ろに着く。乃蒼は玄武と共に後衛だ」
「りょうか~い!」
「りょ、りょうかい」
「了解しました」
この大通りは通称“初心者ロード”と呼ばれ、出現する
現に焔たちの周囲には、彼らと同じような新米サイクロプスがパーティを組み、戦闘に備えて警戒しながら歩いていた。
高架橋を超えた先の風景は、シンジュクの高層ビル群とは一変していた。住む者のいなくなったビルは瞬く間に灰色に風化し、働き手のいない商館は怪しい静けさを漂わせている。
人間というかつての支配者が去ったシブヤには、僅か一六年という短い年月の間で新たな支配者を迎えていた。
「緑だねぇ~」
丁寧に舗装されていたアスファルトを草花が割り、高層ビルの最上階にまで緑のツタが伸びて駆け上がり、窓という窓を砕いて内装にまで侵食している。
焔たち四人はシブヤに建ち並ぶ建物群を見上げ、シンジュクからほんのわずかな距離でここまで植物に侵され、自然の中へと沈むものなのかと感じていた。
綯華の率直な感想も当然であり、その一言を発することが出来ただけでも大したものである。
そして、焔たちの前にもう一つの支配者が姿を現し始めた。
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