第4話 固有武器




 翌朝。三人の予想通り、綯華は早朝の講習会に出よう! と、朝一で三人をたたき起こし、寝る前からあきらめの境地へと達していた三人は朝食もそこそこに、昨夜のうちに準備しておいた軽量バックパックを背負って講習会の会場である旧代々木公園へと向かった。


 サイクロプス養成講習会は、旧代々木公園の陸上競技場とサッカー場の間に建設された会場で、日に四回行われている。運営は新日本政府が行なっており、参加費は無料で講習内容はいくつかの選択肢から自由に選ぶことができる。

 “PBサイコ・バンド”の使い方や電脳獣オーガについての講義のほか、陸上競技場やサッカー場を使った実技訓練、公園側を利用したサバイバル訓練や実戦訓練など、多種多様な講義・講習を受けることが出来る。


 焔たち四人は早朝の講義を受けて“PBサイコ・バンド”の基本的な機能や使い方を学び、電脳獣オーガを狩ることによって得られるマキナ粒子などをどのように使うのかを学んだ。

 昼食は公園近くに来ていた移動販売車の固形食品を買い、四人は出発前に仁子から昼食代として貰ったマキナ粒子で、初めての買い物を経験をした。


 この移動販売車は“機械神デウス・エクス・マーキナー”にコントロールされた無人販売機の一つで、他にも雑貨販売車や家電製品の販売車など、いくつかの車種が安全区域セーフティーエリア危険区域デンジャーエリアを行き来して人々の生活必需品をマキナ粒子を対価として販売している。


 この移動販売車は“機械神デウス・エクス・マーキナー”による支配が広がった当初から走っていたが、電子創世記サイコ・ジェネシスが起こった直後は人々の襲撃によって販売車が破壊されるケースが少なくなかった。

 しかし、“機械神デウス・エクス・マーキナー”がどうやって監視しているのか不明だったが、販売車が破壊されて走行不能になると必ず大型の電脳獣オーガが出現し、周囲に多大な被害を振りまいた。


 人々はこれを“機械神デウス・エクス・マーキナー”との暗黙のルールと認知せざるをえず、今では移動販売車を襲う人間が逆に周囲の人々によって襲われるほどの自浄作用を見せていた。


 そして、いよいよ午後の講習で焔たちはサイコを初めて生み出すこととなる。




「この中でサイコをまだ生み出していない人はいるかなー?」


 陸上競技場の中央で、担当講師による実技講習が始まった。まずは“PBサイコ・バンド”からサイコを生み出すところから始まるのだが——。


「はーい! はいッ、はぁーい!」


 綯華が元気よく返事を返し、講師の男性がそれを見て綯華を指名した。


「ではそこのお嬢さん、前に出てくれるかな?」

「はいッ!」

「他にも初めての人がいると思いますが、まずは彼女を見ていてください」


 講師の前でニンマリ笑顔のまま直立不動の体勢をとる綯華を横目に、焔たちは講師へと視線を向けて次の説明を待った。


「皆も知っての通り、“PBサイコ・バンド”は現代の生活に欠かせないデバイスですが、元を辿れば一台のゲームマシンです。サイコ・ディスプリクションも当然ながらゲームソフトの一つであり、今は“PBサイコ・バンド”内に内蔵されて皆さんに支給されています。ここから電脳獣オーガと戦うための固有武器パーソナルウエポン——サイコを生み出すには、決められた起動言語キーワードを唱える必要があります」


 講師の説明を鼻息荒くして聞いている綯華の様子に少し口角が緩む焔だったが、自分の左手に装着した“PBサイコ・バンド”に視線を落とし、軽く擦って起動待機状態へと移行させる。


「起動言語はシンプルです。声の大きさも、誰に聞かせるわけでもないので恥ずかしい人は自分が聞こえる程度の声量で結構です」


 講師の説明に胸をなでおろしたのは虎太郎と乃蒼だ。人前で話すことが苦手な虎太郎はもとより、乃蒼も大きな声を出すのは得意ではない。


「では実際にやってみましょう。お嬢さん、“PBサイコ・バンド”に手を当てて、今から教える起動言語を唱えながら——こう、右手を引き抜くように振って——」


 講師の説明を聞く綯華の目がより一層輝いていく。焔は綯華がこの日を待ち望んでいたことを、誰よりもよく知っている。綯華の夢はヒーローになることだ。

 そして、それは誰が為のヒーローか——。


「よぉ~し、いくよ~! “リンカネーション”!」


 綯華は元気よく大きな声で起動言語を唱えると同時に、“PBサイコ・バンド”に添えてた右手を振り抜く——その手の動きに呼応するように光り輝く帯が“PBサイコ・バンド”から伸びていき、それが綯華の周りを何重にも回転しながら、最終的に両手足へと集束していく。


「おぉ~!」


 次の瞬間には、綯華の両手両足に白銀のガントレットと羽飾りのついたブーツが装着されていた。


「おめでとう、それが君のサイコだね。システム画面を見れば詳細が確認できると思うけど、いきなり装着型アーマータイプが出るとは思わなかったなぁ。サイコを生み出すと、基本的に二つの分身が生まれます。一つがメインアームで、もう一つがサポートガジェット。しかし、彼女のような装着型の場合、その両方が武器として運用できるものばかりです」

「ほんとだぁー! ”ヤルングレイプ”と”ヘルメス”だって!」


 講師が綯華へ手順の説明をしながら、それを見ている焔たちにも説明をしていく。それを聞きながら、焔たちもそれぞれの“PBサイコ・バンド”に手を当て——。


「りっ! “リンカネーション”!」


「“リンカネーション”!」


「……“リンカネーション”」


 虎太郎が——乃蒼が——焔が、起動言語を唱えた。


 “PBサイコ・バンド”より伸びる光の帯は虎太郎の周囲を渦巻き、一筋の帯は右手の先に集束し、長柄の武器を型作っていく——それはグリップからヘッド部分まで、その全てが精巧な歯車が重なり合ってできた機械式の巨大ハンマーであった。

 虎太郎の身長よりもさらに長い全長もさることながら、丸っこい虎太郎の体型がそのまま付いているかのように大きなヘッド。

 その打撃面は片面に限定されているが、逆側には意味ありげな円錐型の装置が付いていた。

 機構式ジェットハンマー“ミョルニル”。それが虎太郎のメインアームであり、もう一つの光の筋が虎太郎の上半身を包み込むと、ランドセルに似た背部ユニット付のジャケット——サブガジェットの“ジェットスラスター”を生み出した。


 乃蒼の周囲を渦巻く光の帯も、虎太郎と似たような動きを見せた。右手に集束する光の帯は同じく長柄の武器を型作るが、現れたのは波打つ一本の杖——ただし、そこには一匹の白い蛇が絡み付いていた。そして、もう一筋の光の帯は乃蒼から離れ、横に寄り添う形で集束していく——。


 乃蒼の横に現れたのは一匹の亀、しかしその大きさはウミガメよりもはるかに大きく、その背に乗ることさえ可能なほど——そして、両手足は生物のそれではなく、流れる水が意思を持つかのようにうねり、背部に水流のアーチを作りながら尾と手足を繋いでいる。

 メインアームの名は“アスクレピオスの杖”、そしてサブガジェットは“玄武”——“PBサイコ・バンド”が生み出すサブガジェットの中では、レアカテゴリーのペット:霊獣であった。


 そして、最後に起動言語を唱えた焔だったが——。


 虎太郎と乃蒼に比べると、随分と大人しい光の帯の動きは焔の腰と胸付近に集中し——それは一丁のハンドガンと、一本の腰ベルトとなって姿を現した。


「これは……なんだ?」


 焔はメインアームとなる黒く長い銃身に炎の意匠が施された回転式拳銃リボルバー——“フライクーゲル”と、サブガジェットとなるベルト……いや、そこに備え付けられた薄型ポーチに入っている赤い六枚のカード——“リフレクタービット”に目を見張った。


「はい、全員ともサイコを問題なく生み出せたようですね。それにしても……装着型のみならず、ペット……それも霊獣を生み出すなんて、今朝の参加者は相当に幸運ですね」

「そうなのですか?」


 乃蒼は自分の横に静かに佇むペットの玄武を恐る恐る触りながら、講師に説明の補足を求めていた。


「サイコを生み出した時点で、“PBサイコ・バンド”に表示されるサイコ・ディスプリクションの設定画面にそれぞれの名称や特徴が表示されていると思います。そのうち、名称の横にある星の数がレアリティーを示していて、星の数が多いほどレアなサイコとなります」


 講師の説明に反応して、四人とも“PBサイコ・バンド”から浮き出るスクリーンモニターを操作し、自分のサイコのレア度やステータスを調べ始めた。


「これかぁ~! あたしのは両方とも星五だよ~!」

「ぼ、ぼくのは星五と、ガジェットは星三」

「私のは星五と、この子は星七です」


 綯華、虎太郎、乃蒼の三人がそれぞれのメインアームとサブガジェットのレア度を申告し、自然と最後の焔へと視線が集まった。


「俺のは……両方とも星二だ」

「レアリティーはあくまでも出現率の問題で、その先の成長性とは関係性がないと言われていますから……」


 焔一人だけサイコのレアリティーが低かったことに講師は気を利かせたのか、焔のステータス画面を覗き込みながら、サイコ・ディスプリクションの成長性について話し始めた。


 サイコはメインアームとサブアームに分かれ、それぞれが所有者固有のサイコとなり、同じものを持つ人間がいないという。ただし、所有者が何らかの原因で死亡すれば、再び誰かの手に生まれ落ちる可能性はある——それがレアリティーだ。

 そして成長性とは、電脳獣オーガを狩ることで得られる経験値(EXP)によるレベルアップを示している。


 レベルアップすることで基本攻撃力などが向上し、サイコそれぞれの固有スキルや機能が解放アンロックされる。この向上率や固有スキル、機能の数はサイコによって違うのだが、共通の機能として空きスロットと呼ばれる拡張機能が存在する。

 レベルアップすることで空きスロットの数が解放され、現在判っている最大値が五つ。この空きスロットには、電脳獣オーガがドロップするスキルカードを挿すことで自由にスキルをカスタマイズすることが出来る。


 スキルカードにはサイコの性能を向上させる〈攻撃力アップⅠ〉や〈防御力アップⅠ〉、〈装弾数アップⅠ〉や〈効果時間アップⅠ〉など様々な種類があり、一六年たった今でも新規のスキルカードが発見されることが少なくない。

 ちなみに——このスキルカードは売買が可能で、良質なスキルカードはかなりの高額で取引されている。


 講師による“PBサイコ・バンド”とサイコの説明を話半分に聞きながら、焔たち四人はそれぞれのメインアームとサブガジェットを見せ合っていた。


「焔のサイコはレア度ひっくいねぇ~」

「話を聞いていたか? レアリティーは低くてもいいんだよ」

「の、乃蒼ちゃんの亀、かわいい顔しているね」

「亀ではなくて、玄武です。でも、可愛いというのには同意ですね」

「とりあえず、フレンド登録をしよう!」

「そうだな、メールや通話を出来るようにしておいた方が便利だ」

「か、帰ったら先生ともしなくちゃ」

「あっ、講師の方の説明が終わったようです」


 “機械神デウス・エクス・マーキナー”によって成人認定されたとはいえ、焔たちはまだ一六歳。目の前のおもちゃに夢中になるのも無理はなかった。


「まったく……サイコを手に入れたばかりの子はみんな君たちのようにはしゃぎますが、それは紛れもなく電脳獣オーガを狩るための武器です。人を傷つけることは出来ませんが、電脳獣オーガにはそれが出来る。“サイコ・ディスプリクション”はすでにゲームデバイスではないし、仮想のゲームでもありません」


 講師の忠告に、焔たちの雑談が止まる。


「君たちがサイクロプスとして危険区域デンジャーエリアに出て行くのか、それとも安全区域セーフティーエリアで暮らすのか、もしくは軍部に入隊して“機械神デウス・エクス・マーキナー”から世界の支配権を取り戻すための戦いに参加するのか、それを決めるのは君たちの自由です」


 焔たちは講師が何を言いたいのかちゃんと理解していた。現代において、サイコ・ディスプリクションは人の生死を大きく左右するものとなった。電脳獣オーガを狩るための武器という意味だけでなく、マキナ粒子を操作するには必要不可欠なデバイスだからだ。


 サイコ・ディスプリクションなくして人は生きていけない、いまさら電気のない時代には戻れないのだ。


「俺たちはサイクロプスになります……もう、一〇年も前から決めていたことです」


 焔が講師の忠告に答える。それは、彼ら四人が自分の立ち位置を正確に認識したときに決めたこと——顔も知らぬ、声も知らぬ、それどころか名前すら知らない親の——家族の仇を討つ。

 それがいつしか仁子への恩返しと変わり、自分たちを守って神無荘を巣立っていった兄姉きょうだいたちとの約束となった。


 これから来るであろう弟妹のために、巣立っていった兄姉の実家であり続けるために、神無荘を守っていく。


 それが、焔たち四人の誓いだ。


「そうか……君たちのような若者を送り出しては、危険区域デンジャーエリアで遺体発見の報告が流れてこないことを毎日のように祈っている。その左手に着けられた“PBサイコ・バンド”は個人の認識票でもある……もしも外部でそれを見つけたら、可能な限り回収してほしい。そして、生きて必ず帰還する——そこまでやって初めて、サイクロプスなのだから」


「はい」

「はいッ!」

「は、はい」

「……はい」



 自然と出た四人の返事は、焔だけでなく綯華も、虎太郎も、乃蒼も同じ気持ちの一言だった。



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