第3話 サイコ・バンド




「おはようございます、“PBサイコ・バンド”の支給希望ですね? こちらに必要事項を登録して——」

 

 列に並んで二時間ほど経過したところで、やっと焔の順番が回ってきた。


 “機械神デウス・エクス・マーキナー”の出現以前ならば、役所での届出等は事前に用紙に記入して番号札を取って——といった手順が取られるのだが、いまはその電力や紙という資源すら貴重な状態だ。

 そして、当時の混乱によって戸籍情報や個人情報は喪失し、現在では“PBサイコ・バンド”支給のタイミングで初めて日本国民として登録されるようになった。


 焔は女性職員の説明を聞きながら、これから共に生きていくことになる“PBサイコ・バンド”——見た目はシンプルな紫色のリストバンドから浮き出たスクリーンモニターへ、個人情報の登録をおこなっていく。


(名前……神無 焔っと、年齢は一六、性別は男)


 “PBサイコ・バンド”からは通信用の接続コードが伸びており、それが区役所のPC(パソコン)と繋がって、入力内容が女性職員側からも確認できるようになっている。


「登録事項は以上です。最後に“PBサイコ・バンド”を手首に装着し、個人認証登録を行ってください」


 焔は言われるままに“PBサイコ・バンド”を左手首へ装着すると、ピリッっと僅かな痛みと痺れが左腕を駆け上がった。


 “PBサイコ・バンド”から浮き上がるスクリーンモニターには、何かを読み込むアイコンがクルクルと回転しており、それが止まったと思った瞬間、焔のバイタルサインから読み取ったステータスが表示された。




 ~~~~~


名前:神無 焔

年齢:一六

性別:男


HP(ヘルス・プロテクション):一〇〇〇

STR(攻撃):C

DEF(防御):C

AGI(敏捷):B

DEX(精度):S

INT(知性):B

CHR(運) :C


 ~~~~~~




 これが焔の基本ステータスだった。女性職員の説明によれば、“PBサイコ・バンド”を装着した瞬間の痛みや痺れはDNA採取と電気信号の送信チェックが行われたためで、“PBサイコ・バンド”は装着者の身体的能力からステータスを弾き出す。

 CHR(運)に関してはランダムで選ばれるそうだが、焔のステータスはどう見ても平凡……唯一高評価と呼べるのはDEX(精度)だけだったが、Sであってもまだ最大値ではないそうだ。

 HP(ヘルス・プロテクション)は体の周りに発生するバリアのようなもので、これがゼロになると電脳獣オーガの攻撃を直接浴びてしまい——その先に待つのは“死”以外の何物でもない。


 各ステータスはCHR以外なら鍛え上げることも可能だが、最初の判定基準値をいくつも飛び越えて成長することは殆どない。

 逆に——年齢を重ねていくと低下することさえあり、若いうちにどれだけ体を鍛え、知識を蓄え、経験を積むことが出来るかが重要となる。


 焔は自分の手先が器用だと自覚はしていたが、何とも言い難い平凡さにため息が出そうになった。


 固有武器パーソナルウエポンであるサイコの生み出し方も教わったのだが、区役所内でそれを行うことは禁止されている。登録だけで大行列が出来るのだ。サイコまで生み出していたら、そこら中で大はしゃぎする者が現れることは間違いない。


(それもそうだな)


 と焔は考えながら、区役所を出て集合場所となった空き店舗へ向かった。




******




「ステータスを見せ合おう!」


 神無荘への帰り道、周囲の新成人たちがステータスを見せ合う姿に綯華の我慢は限界へと達していた。


「神無荘に戻ってからだ」


 四人とも何事もなく“PBサイコ・バンド”を支給してもらい、仁子が待つ空き店舗へ集合したのも束の間、綯華はすぐにステータスを見せ合おうと提案してきた。

 しかし、それが済めば今度はサイコを生み出そう! とエスカレートするのは目に見えている。

 綯華以外の焔、虎太郎、乃蒼、仁子の四人が口を揃えて「神無荘に戻ってから——」とたしなめたのも無理はない。


 だが、それを一時いっときは了承したはずの綯華だったが、帰り道を数十メートル進むごとに提案してくる……どうやら、ビルを三棟通り過ぎる度に提案すると密かに決めているようだ。


「暇だねぇ~、そうだ! ステータスを見せ合おう!」

「と、綯華ちゃん、神無荘に帰ってからにしよ?」


 満面の笑みでそう言う綯華の提案を、虎太郎が却下した。


「あの人も新成人なんだねぇ~あっ、あっちの人はあたしの前の番だった人だ。STR(攻撃)にSがあって喜んでいたよ! そうだ、あたし達のステータスも確認してみよう!」

「綯華さん、もうすぐ神無荘に着きますよ。それまで我慢です」


 今度は乃蒼が止める。綯華は思ったことをすぐ口にするところがあるのだが、我儘を言っても焔たち家族にたしなめられれば直ぐに収める。

 こうして何度窘められても提案することをやめないが、それをバッサリ切り捨てるのは四人にとって当たり前の——いつものやり取りでしかないのだ。


 仁子はそんな四人の様子を微笑みながら静かに見守っていた。


 神無荘が近づくにつれ、綯華のソワソワと何度も“PBサイコ・バンド”に視線を向け、スクリーンモニターを起動しては自分のステータスを確認してニンマリと浮かべる笑顔が段々と気持ち悪くなっていく。

 そして神無荘が視界に入ったところで、ついに綯華はロケットが発射されたように一目散で駆け出し、玄関ポーチで振り返って仁王立ちとなる。


「神無の門は天下の険! ここを通りたくば、ステータスを見せ合うのだ!」


 ババァーン! と効果音の一つでも聞こえてきそうな威勢のいい声と共に、綯華は印籠を見せつけるかのように左手の先にステータス画面を浮かべ、満面の笑みで焔たちを待ち構えた。




 ~~~~~


名前:神無 綯華

年齢:一六

性別:女


HP(ヘルス・プロテクション):一三〇〇

STR(攻撃):A

DEF(防御):B

AGI(敏捷):A

DEX(精度):C

INT(知性):C

CHR(運) :S


 ~~~~~~

 



「ほらよ」


 と、まずは焔が自分のステータス画面を見せてやりながら神無荘の敷地を跨いでいく。その時に焔も綯華のステータスをチェックしたのだが、一目見て——あぁ、綯華だな。と、そんな感想しか出てこない基準値であった。


 焔に続いて虎太郎が、最後に乃蒼が見せ合っていく。




 ~~~~~


名前:神無 虎太郎

年齢:一六

性別:男


HP(ヘルス・プロテクション):二〇〇〇

STR(攻撃):S

DEF(防御):A

AGI(敏捷):D

DEX(精度):D

INT(知性):D

CHR(運) :C


 ~~~~~~


名前:神無 乃蒼

年齢:一六

性別:女


HP(ヘルス・プロテクション):八〇〇

STR(攻撃):C

DEF(防御):B

AGI(敏捷):C

DEX(精度):A

INT(知性):S

CHR(運) :B


 ~~~~~~




 これが、これからパーティを組んでサイクロプスとして活動していく四人のステータスだった。


「虎太郎のSTRはSッ! 乃蒼はやっぱり頭がいい! そして焔、君はいつもいつも平凡だねぇ~」


 神無荘に戻ったあと、遅めの昼食——といっても、現代の主食は“機械神デウス・エクス・マーキナー”がどこかに建設した食品加工工場で生産されたものだが——栄養バランス優先で固められた素朴な味しかしない固形食品を齧りながら、改めてステータス画面を並べて見せ合っていた。


 焔はDEX(精度)がSでAGI(敏捷)とINT(知性)がB、その他は目を見張るようなステータスではない。綯華に“平凡”と言われてもしょうがない——そう認めているからこそ、何も反論せずに黙って味のしない食事を続けていた。


「あ、あとはサイコに何が出るか……だね」

「そうです。それによってパーティの構成を考えなければいけません」

「よぉーし、じゃぁ早速確認——」

「綯華ちゃん、神無荘の中ではサイコを出すの禁止。それに、講習会できちんと教わってから使わないとダメよ」


 勢いよく立ち上がった綯華だったが、お茶を運んできた仁子によってその提案は即座に却下された。


「そんな~」


 全身の力が抜けていくようにへたり込む綯華だったが、焔・虎太郎・乃蒼の三人は明日の朝一で講習会に行くことになるだろうなと、この後の綯華の行動を正確に予測して思わずため息をついた。




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