第四章 湖めぐり旅2

第111話 ニュクス湖に来たけれど、すぐにでもお家に帰りたい

 準備が整った俺達はいよいよ出航する。


 見送りにはアルザスの人達が港に大勢かけつけてくれた。これは嬉しい。


「お父様、いってきまーす!」


みやび、気をつけてなー!」


 先行するのは俺達のクルーザー、その後に雅のプリプリ号がついてくる。


 プリプリ号に乗っているのは、雅とミシェルと親衛隊。


 全員女性だが、魔法士もいてかなり強い。


 あとプリプリ号は、アルザスとの連絡用に、小舟ボート曳航えいこうしている。


 なにせ電話がないから、王国に戻って知らせるしかないのだ。


 無線機は作っているが、完成までもうちょいかかりそうだ。

 


 まずはニュクス湖への水路を目指す。道案内はシレーヌ。


 やはり湖の地理に人魚は詳しい……まあ、男目当てに遠出するからね。


 俺達は後続のアルザス軍のために、道標みちしるべを立てておくことにする。


 旗のついた漆浮子アバギを水に浮かべ、ロープでつないだいかりを落として沈めておく。


 波の少ない湖なら、流されることもないだろう。


 間隔をおいて浮かべておいたので、航海の目印にはなる。



 こうして時間をかけながら、俺達はニュクス湖に入った。


「うーむ、まさにジャングル」


「そうね」


 そこら中から、鳥や獣の鳴き声が聞こえてきてやかましい。


 どうやら縄張りに入ってきた者への威嚇のようだ。それが人間だろうがおかまいなし。


 あたりは緑に覆われ、湖は綺麗だし、自然を見てるだけなら素晴らしいが……


「うん、南国と聞いてたからいるとは思ったよ。水族館じゃ水槽から見てたから良かったが、間近で見るとKOEEEEー!」


 まず船の横をピラニアの大群が泳いでついてくる。


 俺達がエサになるか物色しているのだろうか?


 飛び跳ねた数匹が甲板におちると、アマラが喜んで拾っていた。


「これは美味いぞ!」


「……そうか、夕飯に食おう」



 岸辺を見ればワニが大型獣を仕留めて、水の中に引きずりこむところだった。


 全長が二メートルはありそうなワニたちが何匹もいて、こちらをジッと見ていた。


 一気に襲われたら、やられるかもしれない。


 さらにワニの天敵もいる。


 死んだ魚が大量に浮かんでいて、魚を飲み込んでいる長ひょろい生物がいた。


 三メートルはある電気ウナギだ。水の中の電撃は最強で、勝てるものはいないだろう。


 極めつけが十五メートルありそうな巨大蛇……。


 すぐに密林の奥に隠れたが、あれはアナコンダ……いやちがう、伝説の大蛇ティタノボアだ!


 地球では大昔に絶滅したが、ヘスペリスにいてもおかしくはない。


 人なんか軽く丸呑みにするだろう。神怪魚に匹敵するじゃねーか!

 


「俺達探検隊は人類未到の秘境にたどり着いた。そこには自然の驚異が待ち受けて、未知の生物がたくさん潜んでいる。このまま踏み込めば命の保証はなく、死ぬかもしれない。俺だけならいい、だが族長の娘や、王女を危険にさらすわけにはいかない。ここは勇気ある撤退をすべきなのだ。うんうん、さあ引き上げよう! あったかいおうちが待っている……もう帰りてえー!」


「まだ来たばっかりでしょうがー!」


 ナレーションつきで、俺は泣き言をいう。


 やらせの番組取材ではなく、マジで命の危険がある場所だ。


 はい、ここは大アマゾンですね。どうもありがとうございます。


 フローラ達は動じておらず、むしろ闘志を燃やしてウキウキしている。


 俺と同じくげんなりしてるのは、ミシェルくらいだろう。


 雅も巨大生物を珍しがって、目を輝かせている。恐い物知らずな姫さんだ。


「猛獣やゴブリンと大差ないでしょ? 狩りをするなら逆に襲われることもあるし。それでも負ける気はないわん」


「自然界は弱肉強食、負けたら食われるだけだわさ」


「そうか漁と同じか……」


 少しだけ俺は自分を納得させ、心を落ちつかせる。


 異界人をさがす目的もあり、何とか自分を震い立たせたのだが……そんなやせ我慢も、はかない勇気も、次の瞬間に俺のガラスのハートは打ち砕かれる。


「プオオオーン!」


 鳴き声が遠くから聞こえてきた。


 俺達がいる場所から、遠く離れた水面に巨大な何かが見える。それは背のコブと長い首。


 俺は双眼鏡で、フローラ達は肉眼で見ると……そこには巨大生物がいた。


「あれが神怪魚ダゴン、フタバサウルスだ」


「…………やっぱり帰っていい? うんがあああああー!」


 俺は絶叫した。

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