第100話 税金がない

 荷馬車に乗せられ街中で降りて、王様と一緒に舗装された道路をゆっくりと歩く。

 やはりアルザスの街は活気があり、人でにぎわっている。

 目抜き通りには食い物・衣服・靴・装飾品などの商品がたくさん並べられていた。


 ほとんどが露天商で、みんな自由に商売をしている。

 売り物は物々交換されて相場も決まっているようだ。金貨も使われている。


 俺はエリックさんに聞いてみた。


「あれ? 銀貨や銅貨はないんですか?」


「日用品を買うだけなら金貨一枚が相場、高い品でも十枚じゃ。貨幣の種類を増やすと、重いし持ち歩くのも不便じゃよ。だから金貨しか作っとらん」


「日本じゃ硬貨コインは六種類もありますからね。支払うときに小銭を探して出すのは、確かに面倒だったなー、金貨しかないのは簡単でいいですね。税金の計算も楽そうだ」


「あー、税金はとっておらんぞ」


「え――――――――!」


 俺は驚いて叫び、慌てて口を塞ぐ。街中で目立つわけにはいかなかった。

 地球では考えられない話だ。政府はいかにして、どこからむしり取るかしか考えない。


 歴史上、税金が下がったことはないのだ。エリックさんはそのカラクリを教えてくれた。


「税金を集めて再分配するなら、最初から民に任せた方がよい。必要な分だけを金を集めて、使い道も自分達で決めればよい。儂としてもその方が楽じゃ」


「ああ、会費のような住民税はあるんですね。ただし国は一切関わらないと」


「うむ、それで国で使う金は事業で稼いでおる。儂は広い土地を持っておるから、作物・木材・家畜などで収入がある。それで村々との交易でもうかるのう。さらにその金でドワーフに機械を作ってもらい、これも高値で売れる。やめられまへんなー!」


「……エリックさん、王様というより経営者だ。これって大企業だよね? でも税金をとらないのは凄いです」


「ちなみに働いておるのは、騎士団とその家族達じゃよ」


「なるほど、家臣であり社員でもあるわけか……これなら軍隊も維持できますね?」


「ああ、平和であればこそじゃ……」


 そう言えば、塩の専売で大もうけした国もあったな。

 罠で有名な蜀の軍師も、戦費にあてたと聞いた。専売は昔からあるのだ。

 独占ではあるが、税金を取らないのであれば悪いものではないだろう。


 エリックさんも贅沢ぜいたくをしてるようには見えず、みんなに気を配っているように思える。

 偉ぶった人間は庶民の暮らしなど気にしたりはしない。やはり立派な王様である。


 俺も現代知識で一儲ひともうけしようとは思わなかった。


 まず、材料・工具・技術がなければ機械は作れないので、俺一人だけで作るのは無理。

 いいとこ電子書籍の翻訳料くらいだろう。それも鉄船を作ってくれたお返しなのだ。


 仮に大金を手に入れたとして何を買う? ヘスペリスに俺の欲しい物はなかった。

 

「さてそろそろ、港に行くとするかのう」


「ええ、クルーザーの中を御案内します」


「地球の船か楽しみじゃな、それと海彦殿に折り入って頼みたいことがある」


「……王女さんとの結婚話じゃないですよね?」


「それもお願いしたいとこじゃが、それとは別な話じゃよ」


「……分かりました」


 何を言われるか少し不安になったものの、エリックさんの顔が真剣だったので、重大なことだろうと俺は思った。


 再び荷馬車に乗って港へと向かった。港に着くと桟橋を歩いてクルーザーに乗りこむ。

 俺は一通り案内してから、船内のサロンに招いてお茶を出す。


「これが緑茶か、うまいのう」


「いやー、元は大金持ちの船なんで、玉露なんて高くて買えないし飲めないです。それでエリックさん、少し待っててくださいね。デジカメのプリントをするんで……」


「儂のことなら気にせんでええぞ、見てるだけでも楽しい」


「はい」


 俺はプリンタの電源を入れてから、デジカメを取り出してタッチパネルを操作する。

 無線で画像データをプリンタに送ると、昨日とった写真がフォト用紙に印刷された。


 渡すのは雅とミシェルだ。フローラ達はノートパソコンで見れるからいい。

 印刷した写真をエリックさんに見せると、かなり驚かれた。


「写真は凄いのう、紙が鏡になったように映っておる。これはアルザスでも作らんといかんな。まずはフィルムカメラじゃな」


 作業はまだ終わらない。

 ヘスペリスには写真立てがないので、このままだと汚れるし、紙なので曲がってしまうだろう。

 そこで俺は写真をラミネート加工することにした。


 透明フィルムでコーティングすれば、水に濡れても大丈夫。変形もしにくい。

 数十枚ほどを加工して、作業は終わった。


「それでお話というのは……」


「うむ、その前に昔話をしようかのう。つまらん愚痴じゃが付き合ってくれ」


「はい」


 エリックさんが語り始めたのは、ある亡国の話だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る