第37話 金曜日の騒がしい夜

 地獄のようなスープを最後の一口飲み干した。本人によるとあのスープは黒ゴマのスープだったらしいが、一口食べてみてゴマの味が一つもしなかった。牛乳の匂いと味噌っぽい味が絶妙な気持ち悪さを出していて戻しそうになった。そのたびに周の「味どうですか?」と言い出しそうな顔を見て、吐き出すのを躊躇いながらも不思議と不味いはずのスープを飲み込んでしまう奇行をしてしまった。体が吐き出したいと拒絶しているのに。

 このスープを絶対に飲み込んでしまう不思議現象スープとしてネットに公開しよう。俺にとってそれほど不思議な行動をしてしまった。

 その他にもヤバい料理があった。それはべちゃべちゃなご飯だ。お米の味が一切しない代わりに苦みと洗剤の匂いが口に広がった。

 本人に米を洗剤で洗っていないか確認したが、洗剤では洗っていないことだ。こんな味を出せるなんて苦手のレベルじゃないぞ。

 唯一の救いなのは雹が作ったおかずだ。唐揚げやおひたしが普通においしかった。


「周、お前の料理は誰にも食わすな。作るにしても週一の一品だけの少量にしてくれ」

「雪さんそんな。雪さん以外に食べさせるななんて」


 食後に俺は周に一言言って風呂場に向かった。

 こんな毒物を食ったら死人が出るかもしれない。しかし、本人は料理を上手くなりたいと純粋な気持ちで思っているからその気持ちを無下にできないが、毎日、毎週食べていれば俺達が死にかれん。だから作るにしても週一の上で少量の一品だけにしてもらおう。

 週一の少量なら身体が持ちそうだ。

 月希は何言ってんの?って言いたそうな顔で見られたが、そんなのを気にせずに俺は風呂場に逃げた。流石の月希も周の料理を食べるのは無理みたいだ。


 着ていた服を脱ぎ棄てて風呂場に入った。シャワーでぬるま湯で体を軽く洗って湯船に飛び込んだ。少し熱めのお湯は一日の身体の疲れを溶かしてくれる。

 数十分で湯船に浸かるのに飽きて身体を洗う為にボディーソープを手に取ろうとしたが、体が小さすぎてボトルにてが届かないことに気づいた。

 ホームの風呂場は鏡の隣にシャンプーなどを置く戸棚が高い位置にあって、体が縮んだ俺の手に丁度届かないギリギリの位置にボトルが届かないのだ。

 しかし、おかしい。一昨日入った時は座っていても手に届く場所に置いてあったはずなのになんで全部棚に置いてあるんだろうか。掃除する時に邪魔だったからいったん棚に置いて戻し忘れたのか?


「クソ!これじゃ身体が洗えないぞ。身体を洗うだけでも誰かを呼ぶしかないのか。こんな落とし穴があるとは思わなかった。不自由な体になったよな。シャンプーのボトルにすら手が届かないなんてな。俺一人じゃ風呂に入れないぞ」


 小学校低学年くらいの子は大抵両親や兄弟と入るものだが、俺はいつもの調子で一人で入ってしまったな。昔姉と妹での三人仲よく入ったもんだ。昔も風呂場の戸棚に手が届かなくて姉にとってもらっていたな。懐かしいな。

 懐かしい記憶を思い出しながら現実に目を反らしていた。

 足場にできる物を探して目に映るのは自分の未発達な身体以外何もなく、使えそうな物は風呂場に無かった。


 今日のところは水洗いで済ませよう。明日はちゃんとシャンプーとボディーソープのボトルを今の俺でも手に届く場所に置いてもらおう。


 ガチャ


「雪くん、お湯だけで済まそうとしてないでしょうね?しょうがないわね。私が洗ってあげるわ。ってこのシャワーぬるいわよ?お湯じゃないと風邪ひくわよ?」


 ぬるま湯のシャワーでゴシゴシと身体を洗っていると突如、雹が入ってきやがった。


「雹!なんで入ってきた!?」

「なんでって雪くんが困っていると思ってね」

「本音は?」

「それは私が一人っ子で、年の離れた妹として雪くんとお風呂に入りたかったのよ。それが何か?」


 それが何かじゃねえぞ。俺はもうすぐ上がるってのに雹のやつ急に入りやがって、何を考えているんだ。


「雪くんはボトルに手が届かなくて水洗いで済ませたの?頼めば頭から足の先まで全身くまなく洗ってあげたのに」

「遠慮しておくぞ。俺はもう上がるんだ」

「見たいテレビでもあるの?でも女の子でしょ?ちゃんと洗わないとダメでしょ。私が洗ってあげるわ」


 急いで上がろうとした俺は雹の光のスピードの力技で雹の前に座らされた。

 早え、今脱衣所に出るドアの前に出ていたよな?気づいたら雹の前にいるんだが、今の俺の体重が軽くなったといえ早すぎるだろう。


「ごめん。ボディーソープを取らせて」


 雹が石鹸を取ろうとして手を伸ばした時、後頭部に雹の胸が押し付けられた。

 ぺったんことか無い乳って思っていたのにほんのり膨らみを感じる。不覚にも意識せざる負えないぞ。これはずるいぞ。

 他のことを考えて紛らわそう。

 てか、雹のやつボディーソープって言ってなかったか?

 まさかま。


 ぺと。


「ひゃあぁぁぁぁ!」


 背中に冷たい物が触れた。


「ひゃあって、可愛い声が出るのね。ごめんね。驚かせちゃったわね。次は手のひらで温めてから洗うわね」

「おいまて、急にやられるとびっくりするだろう。ボディーソープで体を洗うならスポンジとかで普通洗うだろ。なのに直接に原液のまま体に塗るのはおかしいと思うぞ。日焼け止めじゃあるまいし」


 普通はスポンジで泡立ててから背中を洗うだろうに、雹は原液のまま俺の背中に塗りやがった。そのおかげでへんな声が出てしまった。

 まったくよ。月希や周が使っているスポンジがあるだろう。それを使って洗えばいいのに直接洗うのは反則だろ。後先に洗うのは頭からだろ。上から順番に洗うのが普通なのに雹はまず体を先に洗うのか?


「だって雪くんって一人でお風呂に入っている時は体に塗り込むように体を洗っていたじゃないの。私が洗った時も手で直接洗った方がいいかなってね」

「なんでだよ。確かに俺は自分の身体を洗う時はスポンジを使わずに手で洗っていたけどさそれとこれは別の話だろ」

「いいじゃないの。雪くん落ち着いてくれないと洗えないわ」

「ああ、わかった。我慢する」

「素直でよろしい」


 これ以上雹に何言っても無駄な気がしたので言うのをやめた。雹におとなしく洗われることにした俺は暇を潰す為になんでクローンが縮んだのか理由を考えた。今日は落ち着いて考察ができなかったから丁度よかった。

 あの夜は激戦が続いたから、いやこっちの方がクローンの本当の姿かもしれない。いくら化学が進んでいるとはいえ、クローンを16歳くらいまで成長させる期間を数日なんていくらなんでも短すぎるだろうけど、ほかに何かしらの要因があるかもしれないがこの姿がクローンの本当の姿説が濃厚だ。

 仮にこの姿が本当の姿としてどのくらいのスピードで成長するんだが分からない。このままの状態が続くのも困るし、明日あたり先生に連絡を入れてみよう。


「ユッちゃん、ヒョウちゃん!ルイ達も混ぜてー!」

「月希さん、そんな勢いで入ったら危ないですよ」

「お前達も入ってくるのかよ」

「そうだよ。ユッちゃん。ヒョウちゃんの抜け駆けを見逃せないよ。あー!ユッちゃんの背中を流してるよ。アマネンこれはあれだね」

「あ、あれとは何でしょうか?」

「何っているの。これは雹ちゃんの立派な条約違反だよ。だからユッちゃんは罰としてルイの頭を洗うことになりまーす」

「なんで俺が罰を受けなちゃならないんだよ。条約ってなんなんだよ。なんの話だよ」


 月希と周がいきなり入ってきて、月希が意味不明な月希ワールドを展開し始めた。

 急になんなんだよ。騒ぐなら俺のいないことろでしてくれや、落ち着いて風呂くらい入らせろよ。まぁ、この身体でいつもの寝落ちをしたら溺死するかもしれないけどな。

 彼女らなりの心配で入ったかもしれないけどな。


「邪魔が入ったわね。もう少し掛かると思ったのにいいわ。雪くんの頭はまだよ。早い物勝ちよ」

「ルイが洗うよー。いくよーユッちゃん痒いところがあったら言ってね」

「あっ、月希さん素早いです。もうすでにシャンプーを手に付けているなんて反則ですよ」

「ふっふっふ。この早業は日々の鍛錬のよるものだよ。アマネン」


 雹に身体を洗われていたはずなのに今度は月希の前に座らせられて頭を洗われているぞ。いつの間にこれはテレポートの一種なのか?てか、雹は湯船に浸かっているし、どうなっているんだよ。

 まだ身体が洗い終わっていないんだよ。雹は腹や背中を中心に洗われていたけど足や腕はまだ洗われていないんだよな。腕や足は自分で洗えって言うことか?それはそれでいいけど、そうならそうと言ってくれよ。最後までやってほしかったけど雹の魔の手から逃れられたから良しとしよう。ボディーソープが渇いて痒いがな。

 湯船でゆっくりする前にボディーソープを流して欲しい。

 後は月希だな。こいつヘッドマッサージのつもりかは知らんが、人の頭を指で力強く押しながら洗っているのだが、めちゃくちゃ痛くて声も上げられないぞ。

 もうこれは児童虐待だ。児童相談所に訴えてやる。

 頭は痛いし、身体はボディーソープのせいで痒いわでこの二人とはもう入らないぞ。

 そしてとどめに。


「はい終わり!ユッちゃん気持ちよかった?」

「地獄のようだったよ。お前と雹と一緒に風呂には入らねぇからな」

「そんなに褒めないでよ」

「雪さん、今度は私が洗い流します!」

「おい、周?赤いバルブをひねり過ぎじゃないか?アッチー--!」

「熱ーい。アマネン、お願いシャワー止めて」


 何故か慌てた。周がシャワーの温度を調節するバルブを思いっきり赤い色の方にひねり、シャワーヘッドを向けやがった。シャワーヘッドから出たアツアツのお湯が雨のごとく俺と月希に降りそそいだ。

 俺と月希は熱い雨から逃れるために湯船へとダイブした。周は俺達を追うようにシャワーヘッドを湯船の方にも向けて、雹の顔面に熱い雨を浴びせたのは笑ったけど。


 マジで火傷するほどのお湯を全身にかけられたぞ。マジで児童相談所に訴えてやる。


 その後、周が土下座で謝って四人仲良く、湯船に入って談笑した。

 何故か雹がすごく居心地が悪そうだったけどな。

 俺がのぼせて鼻血が出てきたから全員風呂から上がった。そしてその後が大変だった。


 鼻血が止まり、ソファーの上でカードフォンを弄っていたら、月希に俺の部屋に連行され、第一回水泡雪ファッションショーが始まった。


「雪くんがこれを着たら似合うと思うわ。私のお古だけど着てみて」

「ユッちゃん次これを着て」

「雪さんその次はこれを着てください」


 着せ替え人形と化した俺は多種多様な子供服を着させられているわけだが、この量は異常だ。もしや、廃モールの一軒の報酬を全部、子供服に使ったわけではないだろうな。

 まぁ、雹みたいに自分が小さい時に着ていたものを引っ張り出した物もあるだろうけど、勘弁してくれよ。

 疲れているのだから夜はゆっくり休ませて欲しいぞ。ほんとによう。


「お前らいい加減にしろよ。十時過ぎているだろう。休ませろ。俺はもう寝るぞ。お前らも寝ろ」

「ユッちゃん後もう少しだけ。おねがーい」

「本当に妹ができたみたいだわ。妹ができたらお古を着てもらいたかったのよ。もう少し付き合ってもいいじゃない。これも着てよ。ねえ、いいでしょ?」

「すみません。雪さんがあまりにも可愛くて楽しくてつい、盛り上がっちゃって」


 ミニメイドから隣町の小学校の運動着まで着させられた。時刻は十時を超えて、俺の眠気がピークを迎えた。

 休ませろと訴えたが、謝る周以外の二人は続ける気満々で、雹に至っては悪びれる気はなく。どこから持ってきたか知らない段ボールから次々と子供服を取り出しては床に並べている。こいつ明日、バザーにでも参加するのか?月希や周のターンの時に自室に戻って段ボールを持ってきていた。合計3箱の段ボールの中身は全部子供服なのかよ。

 そんなのいったいどこから持ってきたのやら。てか、全部俺に着せるための服なのかよ。

 三人に付き合いきれなくなった俺は逃げるように俺の本体が寝息をたてて眠っているベッドに潜り込んだ。

 後は俺が怒っていると思って解散するのを願う。


「ユッちゃん怒になっちゃった?」

「雪くんはしょうがないわね。私が添い寝してあげるわ。よいっしょっと」

「あわわ、雹さんずるいですよ。自分だけ雪さんと添い寝なんて」

「二人も入るの?ルイも入るー!」

「私も入っても大丈夫かな?二人が入るから大丈夫だよね」


 何故か、ベッドの中に三人も潜りこんできた。俺のベッドはシングルベッドで流石に五人は狭すぎて寝るのは不可能だ。なので月希や雹が工夫をしやがって、幼女の俺や俺の本体の上に乗ったりして、ベッドの中で人間ピラミッドが完成させやがった。

 苦しいが飽きるまで無視して我慢だ。我慢だ。我慢だ。我慢だ。


 って無理だろ!おしくらまんじゅう状態ですげー暑いし、体の上に雹がいるから重くて苦しい。まったく身動きが一つも取れない上に頭の匂いを嗅いでくるのがうぜー。


 苦しくてたまらないのに意識が遠のいていくぞ。これはヤバいな。

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