第24話 カラオケ

 月希が一人で四曲目のボカロを歌う中、俺は歌わずにカードフォンをいじっていた。


「イエーイ!みんな盛り上がってる?ルイの熱い歌声で鼓膜をぶち抜いて何も聞こえなくなったのかな?ほら、ユッちゃんカフォばかりいじってないで歌いなよ。ほらマイクだよ☆カフォを置いてマイクを握りな」

「マイクを押し付けるな。白城のメールを確認しているんだよ」

「先ほど確認していませんでしたか?」

「さっき送ったメールの返信が返って来たんだ。向こうも楽しくカラオケをしているそうだ」


 白城は佐々木と佐々木が誘った別のクラスの友達と三人で盛り上がっているらしい。

 お前も復活したんなら来いって来たんが今の状態じゃ行けない。今来たメールは白城じゃなくて佐々木かその友達が書いたメールだな。


 なんでわかったかと言うと来いの後に女子もよろしくって書いていた。女性恐怖症のアイツがこんなふざけたメールを送るはずがない。ご丁寧にカラオケしている店の名前と部屋番号まで載せて。

 白城の目を盗んでこっそりと俺に送ったのだろう。


 えっ?白城達がカラオケしている場所もここじゃん。もしかすると部屋から出ると白城達にばったり会えるかもな。


「ユッちゃん歌おうよ。この歌知っているでしょ?」

「わかったよ。しつこいな。歌えばいいだろ?」

「そうこなくちゃ」


 向こうもカラオケを楽しんでいることだし俺も楽しませてもらうか。


 月希が選んだ曲は一昔に流行ったボカロだった。中学時代にクラスメイトの友達からいい曲と勧められたから歌詞も知っているしなんとか歌えた。


「次、私が歌います」


 周が選んだ曲は最近やっている少年マンガのアニソンだった。ちょっと激し目で歌いにくそうな曲だったが周はよほどそのアニメが好きだったのか、それとも歌っているバンドグループが好きなのか歌詞は間違えたりもしていたが音程はちゃんと合っていた。周は後者なのだろう。


「私の番ね。これを歌うから雪くんも付き合って」

「フルッ。久しぶりにこの曲名見たぞ。古すぎて音程を忘れたから歌えないぞ」

「それでもかまわない。私は雪くんと歌いたいの」

「それならいいけど」


 雹が選んだ曲は俺達が小学三、四年ぐらいの時にやっていたドラマの主題歌だった。そのドラマはEDまで見ていたけどそれは昔の話しで内容さえ忘れてしまった。それなのにうろ覚えの曲を歌えなんて無理ゲー過ぎません?


 うろ覚えの中で俺はモニターに写し出される歌詞を目で追いながら歌った。完全に音程を忘れたから全然ダメだった。

 俺に比べて雹は綺麗な歌声で歌いやがった。音程も完璧で正直ずっと聞いていたいと思った。


 コイツ上手いし、美人だし歌手を目指した方がいいんじゃね?


「さすがヒョウちゃん上手だね。アイドルになれるよ」

「誉めても何も出ないわよ。雪くんがアイドルデビューしたら私CD爆買いするわ」

「そんなの買わんでいいわ。そもそも俺は歌が下手だからアイドルなんかになりません。俺にとって今の状態でデビューするなんて罰ゲームみたいで地獄なんだ」


 男で育ってきたのに高校に入ったら女になって、その上アイドルデビュー。何それなんかのアニメか漫画みたいな地獄展開?化け物と戦わなちゃいけない現実も十分地獄だが、それプラスで罰ゲームのアイドルデビュー?いろいろ設定盛りすぎだろ?


「そうなの?私が歌うから雪くんは可愛いからニコニコしながら踊っていればいいわ。そしたら儲かるわ」

「俺が可愛いか?普通の顔だと思っていたが?男の方の顔と瓜二つだしな」


 男の俺と兄妹レベルで似ているクローンの顔はそれなりに整っている顔立ちだが、超絶美人の雹に可愛いといわれるほど可愛くはないと思う。


「平凡の顔の俺なんかより周の方が可愛い顔しているぞ。元々男の俺に可愛いなんて似合わないだろ?」

「雪さん、いきなり可愛いだなんて、私困りますよ。雪さんも十分可愛いですよ」


 周に可愛いと言ったら照れ始めた。クローンの顔と比べて不意に言いてしまったが、本人が喜んでいるならそれでいいか。


 男の俺に可愛いは似合わないって言葉周には届いてないや。


「そうよ。雪くんはこんなに可愛い女の子なんだから自信を持たないといけないわ」


 雹が押し倒す形で俺の顎を右手で上げて、口と口が触れるほどの距離で雹は俺の瞳を覗く。雹の瞳に吸い込まれそうになりながら抵抗するが敵わず。左手は雹の左手に抑えられて、右手は雹のマシュマロのように白く柔らかな細い太ももに挟まれている。引き抜こうしても雹の太ももの筋肉がすごくて抜けない。

 引いてダメなら押してみろ方式でやってみたら右手が雹の股の方にいってしまった。

 瞳を反らして周や月希を見ると二人ともドキドキした表情で俺と雹を見ている。


「おい、離れろよ」

「抵抗しちゃ。やーよ。雪くんは力を抜いて私に身を任せて頂戴。それとも雪くんもその気になちゃった?でも今は私の言う通りにして」


 俺が選曲した曲がやり取りの声を消して、耳から入ってくる甘くとろけそうな雹の言葉ASMRで自然と力が抜けて、頭が白みがかって何も考えられなくなってきていた。

 俺の右手が雹の中に吸い込まれたことで俺もその気になったと思いこんだ雹は目を閉じて自分の唇を俺の唇に近づける。


「ダメです!学生でキスなんて刺激が強すぎます!」


 マイクを持った周が止めてくれたおかげで雹の魔の手から解放された。

 解放されて気づいたが妙に下腹が熱を帯びていた。クローンの特性なのだろうか?


「ふー助かった。ここ熱くないか?誰かエアコンをつけてくれ。月希どうした?」

「後もう少しだったのに。惜しいところでストップがかかったわ。でも女同士じゃ意味ないわね。雹くんが男に戻った時を狙うしかないわね。媚薬を盛って襲ってもらうのもありだわ。ん?月希にとって今のおふざけは少しはやすぎたようね?」


 雹が一人ぶつぶつと呟き始めた横で俺は顔を赤く染めた月希がポーと放心状態だったので指先でほっぺをプニプニと突いた。こんな月希は初めてみたぞ。

 どうも雹に俺が骨抜きされているのが月希にとって刺激が強すぎたみたいだ。いつもなら雹と混ざってくるのに珍しいもんだ。ちょっと悪戯でもしちゃおうかな。

 雹先生のASMR術に習って俺も未だにポーとしている月希の隣に座って悪戯を仕掛ける。


「月希は今日も可愛いな。どうしてこんなにも可愛いんだ。もう食べちゃいたいくらいだよ。はんのうがないな」

「月希羨ましい。雪くんにこんなことされて。私もされてみたいわ。月希のようにボーとしていたら悪戯しておらえるのかしら」

「雹さんがボーとしていても雪さんは悪戯はしないと思いますよ」


 できるだけ優しくて甘い声を出して、ドラマで見たホストが女性をナンパしているイメージをしてみた。しかし、反応はない。ほっぺにキスしてみようかな。今は女の子同士だし。


 雹がなにやら後ろで怖いことを言っているがそれはいつもの調子だ。三日間ほど出口がない閉め切られた部屋にずっと一緒にいたら、ある程度お互いの性格がわかるようになった。雹は冷たい顔とは裏腹にむっつり的な一面を持っていた。

 そんな一面知りたくなかったが。


 月希の頬に軽くキスをしようと顔を近づけたら、顔に固い物が押し付けられた。


「えっ?っいた」


 突如出現した銃口に戸惑っていたら、今度はおでこに痛みが走った。



「ユっちゃんのバカー!」


 月希は部屋から出て行ってしまった。

 錯乱した月希に銃のマガジンを出し入れする部分で殴られたようだ。ただのおもちゃの銃エアガンじゃなくてウェポンの銃だ。弾は出ないが銃口を向けられたら人は一瞬戸惑うし、仮にオモチャだとしても動きを止めてしまう。


「これは雪さんのせいですね。悪ふだけすぎですよ。月希さんの後を追ってくださいよ」

「わかった」


 周に追いたてられるように部屋から出て、店内を探すが見つからない。

 アイツ身体が小さいからしゃがんで物陰に隠れてしまうと見つけにくくなる。一応空いてる部屋や備品庫などの隠れられそうな場所は見て回ったがいなかった。


「いったいどこに行ったんだ。カードフォンと財布は部屋に置いてたからさすがに店から出るわけにも行かないだろう。もうあそこしかないのか」


 俺がまだ探していない場所が一つある。それはトイレだ。いろいろと探し回ったが見つからなかった。残るはトイレしかない。

 俺の今の状態は女だ。だから女子トイレに入っても問題ないはずだ。はずなのに女子トイレに入ろうとするだけで悪いことをしている気分になるのはなぜなんだ。

 学校だって女子トイレに行くのを躊躇った。背徳感でできる限り行かないようにしていた。それは俺が元男だからなのかもしれないが今は女だ。正真正銘の女性の身体をしている。入っても問題ない。問題ないはずだ。


「いざ!」


 実際入ってみても変哲のないトイレだ。男子トイレとは違い立ってする便器がなくて、個室しかないトイレだ。

 特別感がないから背徳感が徐々になくなった。この身体で学校のトイレを戸惑い無く使えるな。泣けてくるぜ。

 女の人がいたらドキッってするだろうけど。

 トイレの個室に一つだけ使われているそこに月希がいると思って声をかけてみる。


「月希いるか?俺だ。雪だ」

「ユっちゃん?どうして?」


 ビンゴだ。やっぱりトイレに隠れていた。


「ワリっ、ちょっとふざけ過ぎたわ。」

「嘘っだよーん☆」

「おまっ、いきなり飛び付くな。さっきのはなんなんだ」

「これでユっちゃんを一人占めできるね。ルイ達の前でヒョウちゃんも大胆不敵なことをするね」


 申し訳ない雰囲気を出して謝った。月希が個室のドアを開けて飛びかかってきた。

 なんとういう女だ。俺がシリアスな感じを出して謝ったのにさっきのがすべて月希の演技だったと言う。


 俺の気持ちを踏みにぎった月希にゲンコツをお見舞いしてやった。


「痛いよ~。なんでなの?」

「自業自得だろ?ほら二人が心配するから戻るぞ」


 月希の手を引いてトイレから出た。

 それから部屋に戻る途中にチャラチャラした男二人が狭い廊下にペチャクチャしゃべっていた。明らかに関わっていけなそうな二人組を避けようとも廊下が狭いから通れない。ここには変な人も利用するのが難点なんだよな。他人に迷惑になるなら店主のおやじに追い出されるけど。

 しょうがない極力かかわらないように別の廊下から遠回りして戻るしかないな。


 俺が回れ右して別ルートで部屋に戻ろうとしたとき、片方が俺達に気付いた。


「可愛い君達高校生?今暇?暇だったらお兄さん達と遊ばない?」


 狭い廊下だから俺達に移動してくれるかと思いきやナンパだった。


「ユっちゃん。邪魔だね。片づけていい?」

「ダメに決まっているだろう。私達は遊ぶ気はない。友達を待たせているから通らせてもらいます」

「友達も女の子?いいじゃん。その友達も一緒に遊ぼうよ」

「ユっちゃん?俺っちもそう呼んでいい?」


 めんどくさいな。手に銃を出現させる月希は怖いことを言うし、この二人組はどいてくれなし。月希それを出さない。そもそもされは弾は出ないだろ。

 月希の手を引いて男達の間を通ろうとするが遮られてしまった。このまま無視しても部屋までついてくるだろうし、二人組の視線が月希と俺の胸をロックオンしている。

 そしてキモいからユっちゃんて呼ぶな。


「私って男には興味ないんで」

「ユっちゃん!それ恋人繋ぎだよ!」


 二人組に今手首を握っていたのを掌に握りなおして、俺と月希が付き合っているように匂わせた。月希は感極まった声で突っ込まれたのは置いといて。


「そういうことなので通してもらえます?」

「えー、いいじゃん。後悔させないから一時間だけ俺っち達と遊んでよ」

「そうそう。きっと楽しいから。友達も一緒にさ」


 すっげーしつこいなコイツら。こんなに拒絶しているんだからいい加減諦めろよ。

 来て一時間ぐらい経つのに俺はまだ一曲も歌っていないんだからカラオケ屋に来た意味ないだろう。早く自由にさせてほしいな。


「ここで何してる?」


 そこに負のオーラを放つ白城が現れた。


 白城達もここのカラオケを利用するってわかっていたけど全然見かけなかったから俺がいけなくなってカラオケに行くのを止めたと思ったが来ていたようだ。

 白城はどこか不機嫌に見える。変な女に絡まれたのだろうか?

 見た目がネクラな上に女と言う生き物を避けているからな理不尽な言いがかりをつけられても不思議ではないな。


「シロシロ丁度良いところにキタ☆この人達が言い寄ってくるの?何とかしてよ」

「お前ら何かしたのか?」

「友達って男かよ」

「もういいや。男がいんなら先に言えよ。いこーぜ」


 白城が来たとたん二人組は引いていき店から出ていった。

 あまりにも負のオーラが合わさった白城の顔が青白くて気味悪かったみたいだ。あの二人組はしつこかったから白城が来てくれて助かった。あのままだったら俺達が部屋に連れて行かれていたか、雹達が待っている部屋についていったと思う。


「シロシロありがとう。おかげで助かったよ」

「ユっ、水泡さん。雪はどうしている?」


 月希を無視した白城は俺の目をじっと見て主語が欠如した問を投げてきた。


 相変わらず女子の前になるとこうなる昔からの癖をなんとかしてもらいたいが白城なりに苦手な女子に頑張って話かけてきたから一歩前進していることだろう。

 俺とこの体を別人として認識しているのかは定かではないが白城がいう雪は男の俺ことだろう。

 俺のことをユっちゃんって呼びそうになった。こいつの中では俺が男の水泡雪と確定しているのは確かだろう。だが、お互いの立場を考えて今の俺を別人として接してくだろう。


「自室で寝ているよ」

「そうか。ありがとう」


 白城は短い言葉を残して部屋に入っていった。入った部屋には佐々木やカラオケに誘ったメンバーで楽しくカラオケをしているのだろう。


「シロシロも相変わらずだね。でもユっちゃんあれでよかったの」

「何が?」

「親友なんだよね?シロシロもユっちゃんが交通事故に巻き込まれたこと心配してたんだよ。ルイみたいにお見舞いに行こうとしてみたいだったから本当のこと言わなくてよかったのかなって」

「別にいいさ。アイツは気づいていると思うぞ。お互いに置かれている立場が不明だからああいう態度をとっているがだけだ」


 アイツもお見舞いに来ていたのか。心配かけたみたいだな。今の問いかけも俺が教室でずっと寝ていたからだろう。


「ユっちゃんとシロシロは通じ合っているんだね。ヒューヒュー」

「茶化すな。その話は終わりだ。さっさと戻るぞ」

「はーい」


 うざったい茶化しムーブする月希を連れて部屋に戻った。


「ただいまって」

「雪さん、ちゃんと月希さんに謝りましたか?」


 部屋に戻ったら周が不安そうに尋ねてきたので周には全部月希の演技だったことを説明した。雹はもともと月希の演技だったことが分かっていたみたいだ。

 わかっていたんなら先にいえよ。今度は俺がトイレに籠るぞ。


「そうだったのですね。よかったです」


 周はすべて月希の演技だとわかると胸をなでおろした。


「そうそう雪くんもうそろそろお店から出た方がいいみたいよ」

「なんで?」

「なぜって。今先生から私達の生徒手帳にメッセージが届いたのよ」


 雹が見せた生徒手帳に見てぞっとした。


『今夜、お前達にメテオの討伐依頼をしてもらう。説明は今から一時間後に集める。今の内にホームに帰宅するように』


 そのようなメッセージが画面に表示されていた。


 俺はこの生徒手帳はメールの機能も付いているんだと現実逃避をした。

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