第21話 教室へ
風呂から上がり、一旦部屋着を着て脱衣場から出た。
「雪さん今までずっとお風呂にいたんですか?!」
「そんなんだよアマネン。ユっちゃんはお風呂で寝る癖があるからルイ達がちゃんと見ておかないとお風呂で溺れることがあるんだよ。誰かが一緒に入らないとダメだね」
「えっ!雪さんとお風呂!」
「これは癖ではない。ほんの少しだけうとうとしていただけだ。なんで周は嬉しそうに反応するんだ?」
「ほんとかな?本当に一晩中うとうとしていたのかな?それとも寝てたんじゃないの?」
「ぐぬぬ、俺は部屋に行って着替えてくる」
「おやおや、おこちゃったかな?」
必死に誤魔化そうとしたがニヤニヤする月希に言い返せない俺は自分の部屋に逃げ込んだ。
「月希の奴、からかいやがって。今度覚えてやがれ」
悪態をつきながら部屋の隅に脱ぎっぱなしにしていた制服(男)に着替えて学校に行く準備をする。
そしてベッドの上に置かれたカードフォンを手に取り、時間を確認する。
「ヤベッ、もう7:30を過ぎてるじゃんか!!」
急いで鞄に適当な教科書を詰め込んで落ちるように階段を駆け下て勢い良くリビングの扉を開けた。そこには制服姿の月希達がいた。
「雪君おはよう!月希から聞いたけど一晩中お風呂で寝ていたって聞いたわよ。余計なお世話と思うけどお風呂で寝ていると風邪を引くわよ」
「それは違う。俺は風呂場でウトウトしていただけだ。決して寝ていたわけじゃない」
「貴方の言い訳はどうでもいいけど、貴方が風邪を引いたら大変よ」
「ハイハイ、以後気を付けます。ところで俺のクローンはどこだ。さっきから見当たらないし、俺の部屋にもいなかったぞ。俺が風呂に入った後はどうした?」
雹の説教を軽く受け流してクローンの居場所を聞き出す。
昨晩、雹がソファーで弄っていたのは覚えているがその先は俺が風呂に入ったからその後どうなったのかわからない。
「雪君のクローンはソファーで寝かしているわ。そして昨晩、雪君が来ないから一晩私と熱い夜を過ごしたわよ。ええ、とても楽しい夜を経験させてもらったわ」
無表情のまま器用に舌なめずりをする雹に対して変な悪寒が背筋を震わす。雹が言う通りソファーにはクローンが横たわっていた。
お巡りさんこの人変態です。身動き一つとれない
いつか
「冗談はここまでにして、どうして先生は私達をここに数日監禁しておいて、今日通学の許可が出たのかしら。この数日間、音沙汰なかったのに」
「先生達の間の話が纏まったからじゃないのか?」
「そうだよ。雹は考え過ぎじゃないの」
「それなら前もって説明に来るはずだわ。急すぎると思うのよ」
「私は雹さんと同じことを思ってました」
昨晩、来ていた先生から少なからず話を聞いていた俺はある程度知っていたが何も知らせれていない雹達が疑問に思うことは当然だ。何かあるんじゃないかって身構えるのも当然の行動であり、月希のように能天気にしていることがおかしくて、普通は周のように不安にしているほうが自然である。
「元々の予定では数日だけの監禁で俺達を隠蔽する為の準備が終わったんじゃないのか?」
「そうだといいけど、存在を知られてはいけない私達を始末、特に雪君を別組織と思われる人物に知られてしまった。足枷になって邪魔だから排除しようって先生達が考えたら?」
「そうですよ。ここは密室空間で私達が殺されても先生達以外誰も気づかないじゃないですか。先生達は簡単に私達を殺すことができますよ」
周は少し考えがメガティブな子だけど珍しいことに雹がメガティブ思考だ。雹と周をそんなに不安させられるのはなんなのかは俺にはわからない。
いい意味での月希の能天気さを見習って欲しいが二人の不安感を拭うのは難しそうだ。
「もう二人とも考え過ぎなんだよ。心配なことを考え過ぎて全部マイナスな考えが出てくるだけだよ。もっと前向きに考えようよ」
「月希の言う通り。もっとポチティブでいいと思う。先生達の後を着いていくのを躊躇ったら俺を信じてくれないか」
「雪君」
「雪さん」
「ユっちゃんカッコいい!そしてルイも」
コラ月希、人がいい話をしてるんだから茶化さない。
そしてなんで話の流れで雹と周は俺に抱きつくんだ?何故に月希は便乗して抱きつくんだ?
やっぱり
「わかったわ。雪君を信じるから頭を撫でて欲しい。そしたら安心できそう」
「えっ!雹さんそれはずるいです。雪さん私もいいですか?安心できそうなので」
「頭を撫でれば安心して離れてくれるのだな。君達は」
左右にある雹達の頭を優しく撫でてやる。
「ほら、言われた通り撫でてやったから早く離れてくれ」
「はう。自分でやって欲しいと言っておきながら恥ずかしく感じます」
「フム、これは恥ずかしさの中に高揚感があるわね。次もまた、してもらいたいわ」
周は顔を真っ赤にして離れていき、雹は何かを悟った様な顔をしてブツブツ一人事を呟いている。そして期待している顔をした月希がいた。
「お前もか」
「そうだよ。ルイもユっちゃんに撫でて欲しいの」
「わかったわかった。撫でてやるからそんな顔をするなよ」
キラキラした顔の月希に負けて撫でてやるととても嬉しそうににやける。
「ユっちゃんありがとうね。また撫でてほしいな。なんてね」
「今回だけだからな」
まったく子供じゃないんだから撫でたぐらいではしゃぐなよ。頭を少し触れただけでこの反応は高校生にもなってきついぞ。
「おい、お前ら準備できたか?」
声がした方へ視線を向けると先生がようやく来たようだ。
「先生おはようございます」
「先生おはようー!」
「おうおはよう。全員揃っているな」
周と月希だけが先生に挨拶をしたが俺と雹はしなかった。そんな俺と雹を気にしていない雅先生は俺達が全員いることを確認する。
「これから学園の倉庫裏に転移させる。忘れ物はないな」
「先生、学園に行く前に一ついいですか」
「雪月花か?どうした?」
「何故、前は学園手帳で行くことができのに今は使えないのでしょうか?」
雹が先生に疑問をぶつける。雹の中ではもっと先生に聞きたいことが沢山あるだろうけど先生はどこまで答えるかわからない。
軽くジョブみたいな質問をぶつけて様子を見るに徹しているようだ。
「生徒手帳のシステムの不具合だ。今日の夕方になるから気にするな」
先生は元々似たような質問をされると思って事前に準備しといた答えを出した感じがする。他に質問をしても変わらず事前に準備した答えを出すに違いない。もしくは「知らん」と答えるのが見える。
「そうですか」
「気はすんだか?私もお前らの迎え以外に仕事があって忙しいんだ。早く行くぞ」
イラついた先生の声に反応して俺達は急いで鞄を抱えると視界がホームのリビングから人気がない学園の倉庫裏に変わった。
「よーし、一つ仕事が片付いた。お前ら遅れずに教室に行くんだぞ。私はこれで」
先生は煙のように消えた。
「先生行っちゃったね」
「そうだな。いろいろ聞きたいことがあったが雹が質問したことと同じように誤魔化されるだろう」
今後のクローンの扱いについて聞きたかったが「私に関係ないだろ?自分のクローンなんだから面倒は自分で見やがれ」って言われそうだ。
喜んでクローンの面倒を見てくれる二人がいるがある意味不安だ。
「ここでのんびりしていたって状況が変わるはずないでしょ?さぁ、雪君早く教室に行きましょ」
「そうですよ。ユキさん。鞄は私が持ちますのでクローンを教室に運びましょうよ」
「そうだよ。くよくよしたって仕方ないよ。ユッちゃんの友達も待っているから行こう」
「鞄を持って貰って悪いな。三つはキツいと思うからクローンの分は月希に持って貰うからいいぞ」
「いえ、大丈夫です。私は持てるので気にしないでください」
「うんしょっと。そうなのか?」
「アマネン、私の片方の手は鞄を持つためにあるのだよ。鞄を渡しても問題ないのだよ。そしてユッちゃんは初の学校なのだから早く!」
「おい、そんなに引くなよ。俺は今クローンをおんぶしてんだ」
手に持った鞄を周に預けてクローンをおんぶするとハイテンションの月希に手を引かれて俺達四人は教室へと向かった。
クローンをおんぶしているからかすれ違う生徒達から奇異の目で見られる。それと一部の男子からは睨みつけられた。
一応これ《クローン》は自分なのだが、こんなこと君達には言えない。そして君達は俺と同じ境遇になってみてもらいたい。今の俺の気持ちがわかるから。
「ここがルイ達の学びの屋、教室だよ」
「うん、知ってる。俺も一度はここで授業を受けたことがあるから。それよりそのテンションで騒がないでくれよ。回りの視線が痛い。雹と周も何か言ってやれよ」
「えー。いいじゃんか。朝から元気でいこうよ」
「私は元気があっていいと思います」
「スンスン、朝から雪君の匂いがする」
雹はそっとしておいて、周にはテンションが高い月希を止めて欲しかったのだが、月希を肯定するとは思わなかった。
周の性格上は月希を止めるのは無理な気がする。
一週間の強制的な自宅待機でストレスが溜まっていてそれが今、溢れているのかもしれない。
「みんなおはようー!」
勢い良く教室のドアを開けた月希は元気いっぱいに挨拶を口にした。あまりのハイテンションの月希の挨拶に教室にいた生徒全員の視線が俺達に注がれる。
月希と中のいい女生徒は挨拶を返してくれたが、俺達が休んでいたせいで教室の雰囲気がおかしくなった。
極めつけに俺がおんぶしているクローンが問題だった。
「あなたは水泡君ね!」
後ろから声をかけられ振り向くと白城達と行動していた二人の女生徒がいた。
「澪ちゃん凛ちゃんとおはよう!」
「解放さんおはよう」
「月希ちゃんおはよう」
クラス委員の山元さんと澪と呼ばれた女生徒が能天気な月希の挨拶を返した。
男の方の俺とこの二人には面識がある。月希達が誘拐された日、三日前に会った。
あの時は俺は月希達を救出するために焦っていて白城達を誤魔化したのだ。
「あなたは初登校で知らないと思うけど私は1-Bのクラス委員の山元凛よ。よろしく」
「おはよう。ちょっとしたトラブルで学園に行けなかった水泡雪だ。何かしらあると思うが一年間よろしく」
互いに自己紹介した。山元さんは三日前のことを追求するつもりないのか話しはそれで終わりかと思った。
「水泡さん、あなたが背負っている彼女ってもしかして水泡雪さん?」
「...」
「ユッちゃんがおんぶしているのはユッちゃんだよ」
山元さんにクローンをおんぶしていることを指摘されてどうやって誤魔化そうと考えていたら月希が答えてしまった。
月希があだ名で答えたせいで山元さんは困惑している。
「月希さんはあだ名で読んでいるからややこしくなるから置いとくとして、同じ顔で同じ名前ってあり得るの?」
「...」
「あり得るんじゃないかしら、現にこうして雪君と雪さんが別人なのに顔が似ていて同じで名前なんだから。ねぇ?周さん」
「えっ、私ですか?そうですね。私も雪さん達と知り合ってこんな偶然があるなんて私もビックリしました」
「偶然なのね。で彼女は何で背負われているのかしら」
「事故の後遺症で時々気を失うんだ。さっきまで起きていたけど急に倒れたんだ」
「えっ?それ大丈夫なの?」
「病院ではそのうち治るでしょってさ」
雹と周のお陰で山元さんは納得してくれた。
同じ顔に同じ名前の部分で凄く怪しんでいたがそれ以上聞いてくることはなかった。
聞いてきても誤魔化せる自信はないのでまた雹に誤魔化してもらうことになりそうだ。
「そうなのね。困ったことがあれば言いなさい。相談にのってあげるわ。あの時のことはお互い話さない方が言いかもね。あなたは言いたくなさそうだけど」
山元さんが言うあの時は三日前のことだろう。そしてお互い学園側の任務で山に行っていたのは学園側に口止めされているし、知られたくないことをわざわざ話すなの意味が含まれていた。
雹が山元さんに言われたことを聞かれたが雹達には軽く説明してあるから三日前の話だと言うと黙った。
俺はクローンを席に座らせてあることに気づいた。
このクラスに俺の席がないと気づいた。一夜先生がホームに来たときに気づいて聞いとけば良かったと後悔した。
「どうしたの?雪君。深刻そうな顔をして?」
「俺の席が無いことに気づいたんだ」
「あら、そうね。この子の方の席があるけど雪君の席がないわね」
雹も今さら気づいたようだが、さほど気にした様子ではなかった。
ちなみに雹が言うこの子というのはクローンのことである。
「この子を保健室に運べば席が空くわよ」
「雹お前は天才か?」
「誰でも思い付くようなことだけとね。でもこの子を保健室に放置してもいいのかしら」
「それはどう言う意味で言っているんだよ」
「さあ、雪君がこの子を放置したら私の自由にできるって思っただけよ」
雹のその言葉に恐怖を抱いた。
何を考えているのかは見当もつかないが雹にだけは一人でクローンを任せられないと心に刻んだ。
さっそく困ったので山元さんを召喚することにした。
「えっ?自分の席がないって」
山元さんは教室を見渡して机の数を数え始める。
1-Bは元々40人のクラスメイトなのだが、俺のクローンというイレギュラーを抱えてしまったことで人数が41人になってしまった。
だから席の数が足りなくなってしまったのだ。
先生達は雪の男の体を自分達で管理して雪の意識をクローンの体で生活をさせる予定でいたが、雪が男の体に戻ってしまったので大幅に予定を変更せざる終えなかった。他にもいくつものトラブルがあったがそれらがいくつも重なり雪達にクローンの管理を任せることになるが先生達は監視は続けている先輩側の大人の都合上のことは雪達は知らない。
「あら、本当ね。空き教室から机をもってくるから手伝ってよ」
「自分の机だし持ってくるしかないか」
山元さんと二人で空き教室に向かう。
空き教室の扉には鍵がかかっておらず自由に出入りが可能だった。
空き教室が不良生徒の溜まり場になってもおかしくないが空き教室は埃が溜まっていて誰かが使っている形跡が見られなかった。
態度が悪そうな生徒がいても空き教室を無断で使用する生徒がいないようだ。
一年で使ったことが一夜先生に見つかりでもしたら拳骨だけではすまないだろう。
「水泡さんは机を運んでくれる?私は椅子を運ぶから」
山元さんに言われた通り俺は重い方の机を運び、山元さんは軽い椅子を1-Bに運んだ。
「教室の真ん中の列の一番後ろに置いて」
「はい」
真ん中の列の一番後ろに自分の席を置いた。
このクラスは5列で一列の席に八席が あるが真ん中の列だけ九席になったのだ。
41人で奇数だから一席だけポツンとなるのはあらかじめ予想していたがなんとも言えない寂しさがある。
あらかじめ知っていたけど、誰でもいいからお隣さんがほしい。
クローンの席の上に周が置いてくれた俺の鞄をとって中身を机の中に移していると。
「おっ!」
「雪!」
白城と佐々木が登校してきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます