第11話 少年M

 ダイニングに行く前に月希たちをパジャマから制服に着替えさせに行かせた後、俺一人はテーブルに作った朝食や食器を並べ、月希たちを待つ。


「ヤッホー。ユっちゃん、みんなで着替えてきたよー」

「雪さん、どうですか?わ、私の制服姿、どこも変じゃないですよね。普通ですよね?」

「あら、もうこんな時間だわ。早く食べてゆっくりしましょう」


 月希たちが着替え終わったところで、みんな制服姿でダイニングに揃ったところでテーブルを囲んで朝食を食べる。


「雪さん!これ美味しいです。どうやって作ったのですか」

「いつも通りおいしーよ。ユっちゃん」


 隣に座る周がサラダを一口頬張り、そのおいしさに悶絶していた。

 ただレタスや胡瓜に塩をまぶして混ぜた誰にでも作れるサラダだが、味はうまくもなくまずくもない、イマイチな男飯と言ったところだ。なぜ、彼女たちはこんなサラダに美味しいといえるのか不思議であった。

 ただ聞かれたことはちゃんと答える主義なので答える。月希は面倒だからスルー。


「普通に塩をかけて混ぜえただけだよ。ほかに何もやってないけど」

「ただ普通に塩をかけて混ぜただけですか。とても信じられません」

「くっくっく、ユキリン当然だよ。ユっちゃんはね、料理がとてもうまくできるのだよ。アマネン。それはユっちゃんだから美味しく感じられるの」


 美味しく感じるってどういう意味だよ。意味わかんねー。


「ええ、雪君が作ったこのサラダはとても美味しいわね。どうやって作っているか本当に知りたいわ」

「だから特にやってなく簡単に塩をかけて混ぜるだけだから」

「私、料理が下手なので雪さんの様に美味しく作れないかもしれません」


 彼女は言うほど料理が下手なのだろうか、確かにこのサラダを食べておいしいと言ってくれたのは嬉しいが御世辞を言っているように見えないし、少し言い過ぎの気がするけど本当に料理を作るのが苦手なのだろう。だからこそこんな簡単に作った料理を美味しいと言ってくれたのかは本人の手料理を食べればいいだろう。


「次は一緒に何か作ろうか?」

「えーと、私も雪さんと一緒に何か作りたいと思いますし、気持ちはとっても嬉しいのですが私的には雪さんに味見をしてもらいたいのですが」


 空気を呼んで料理に誘うと周は想像以上に喜んで手に持った器を落としそうになっている。


「味見だけでいいの?それで良ければいいけど」

「本当ですか。今度丹精込めて作らせてもらいます」


 そんな隣に座る彼女が喜ぶ姿を見て理由は分からないが俺は不安な気持ちになったというか後悔した。


「えっ、アマネンが料理作るの?ルイも食べたーい!」

「月希さんもですか。いいですよ。なんなら雹さんもどうですか?」

「雪君が食べるなら私も食べようかしら」

「みんなで食べた方が美味しいし、今夜でいいんじゃないか。放課後みんなで食材を買いに行ってさ」

「それ、楽しそうでいいですね」


 そういうことで放課後にみんなで買い物に行くことになった。そのついでということで俺の枕も買いに行くとのこと。

 そんなことはさておき、もうそろそろ学校に行く時間なわけだが、なんでかここには時計がないから時間が分からずに今までゆっくりとしゃべっていたわけだがこんなにのんびりしていたらもう遅刻していてもおかしくない。


「あら、もう学校に行かなちゃいけないわ」


 雹が手にしている物を見て時間が分かったようだ。それはとても薄く平べったい手の平サイズの物 フォンカードだった。しかも最新型のモデル。


「あの、ところで雹さん、それどこにあったのですか?」

「ユっちゃん?フォンカードのこと?昨日の夜に先生がダイニングのテーブルにみんなのを置いてってくれたよ」


 雹の代わりに月希が答えてくれた。そして雹がポケットから一つのフォンカードを取り出したのは。


「これはだーれのだ♪」


 それは一目瞭然俺のカードフォンだった。


「これ、ワクワクしながら中身調べたけど面白いそうな目ぼしい物なんてなーんにも無くてわくわくした分がっかりしたわ。男の子の物なのにエッチな画像とか動画あったらもちろん削除したけど」


 がっかりしたようにフォンカードを机に置いた。

 そりゃあそうだ。だって見てはいけない物は隠しているから。エッチな写真とか。


 安心した途端、雹が置いたフォンカードを操作し画面に一枚の画像を表示させた。


「だけど懐かしい物が出てきたわ」


 それは俺と雹が初めて会った日、当時小学生だった俺と月希と雹の三人が写っている写真だった。

 月希のお母さんの携帯電話で一日に一回撮ってもらった写真、なぜ俺がそれを持っているのかは置いといて、記念に保存した物を雹に見つかってしまった。


「あらあら、照れちゃって可愛い」


 照れてなんか無いと思いっきり言ってやりたかったがあまりの恥ずかしさに喉の奥から声が出てこない。


「わー、懐かしー、ユっちゃんも雹ちゃん若いね」


 若いんじゃなくて幼いと言いたかったのかは知らないが月希のボケにツッコミを入れられずに恥ずかしさに耐えていた。


「わぁー、雪さんの子供時代はとてもかわいいですね」

「雪くんが子供の時の写メはこの写メ以外にも何枚か見つけたわよ?」

「本当ですか!」

「残念ながら私が写っている写メが少ないのは少なかったわ」


 それはそうだ。お盆の時にしか会っていなかったのだから。月希のお母さんに撮ってもらった写真で雹が映っている写真はこれを含め七枚ある。

 雹はカードフォンを操作し、うっとりとした表情で一枚一枚大切に見ている。


「あっ、これ」


 最後の一枚に周が驚いた反応をした。


「ん?どうした」


 四人、頭をくっつけ雹が操作するカードフォンを覗きこむと雹が実家に帰る日に撮影した写真。

 確かその日、たまたま公園に通りかがったところ一人で泣いている女の子がいたから、その子を連れて月希と雹と俺の四人で遊んだだっけ。


 当時の俺はその子が可哀想に思えて誘って遊んで慰めた。当日、小学四年生だったからこの写真のことはそれぐらいしか覚えていない。


 そういえば、泣いていた理由もその子の名前を聞いていないや。


「この女の子、私です」


 驚いた。おの時、遊んだ女の子とまた出会えて。

 確かにこの写真の女の子は周に似ている。

 月希と雹の顔を見ると二人も五年前に遊んだ女の子が今こうして出会えてことに驚いている。


 この写真で何か辛いことでも思い出したのか寂しそうな顔で写メを見ている周が映る。


「みんな、ここで写真でも撮らない?なんか、写メ見てたら撮りたくなってきたから。いいよね」


 あの時、なんで泣いていたのか野暮なことは聞かず、ここで写メることを提案。


「えっ、私は別にいいですけど」

「いいね。みんなで写真撮るの」

「私は構わないわ」

「じゃ、食べ終わったことだし、今から撮ろうか」


 俺のフォンカードをテーブルに固定して、その正面に俺を真中にして一番背が低い月気が俺の前、一番高い雹は右、雪は左、と言った立ち位置でカシャっと写真を撮った。


「次は雪君が元の体に戻ったら、もう一枚とりましょう」


 と雹が写メをブレていないか確認をしていた時になぜか未練がましい声で言った。


「本当に戻れるかはまだわからないけどまずは先生たちの指示に従って学園生活を送って行こう。そしたら何か見えてくるかもしれない」

「ほんとにユっちゃんが女の子になるなんて思わなかったよ」


 俺だって体は女になったのは未だに信じられないし、未知の生物と戦っていくのはまだ夢だと思っているだけど、俺は目の前のことから逃げない。たとえこれが夢や幻でも決して逃げたりなんかしない。


「ところでどうやってここから学校に行く?」


 朝食の後片付けを四人で手分けしてやっていると頭に疑問が浮かび上がったから口にしてみた。呑気に皿を洗っている場合ではない、少しずつではあるが遅刻が迫っている。最悪もう手遅れかもしれない。


「ユっちゃんどうしたの?ここから出る方法を何か思い付いたの?」

「まぁな、ここに入るときと同じ方法で出られるかもしれないって気づいたってだけだよ」


 ここに入った時みたいに生徒手帳の画面を長押ししてみると案外いけそうな気がするが昨日の部屋に出るかもしれないけど物は試しだ。

 スカートのポケットから生徒手帳を取り出し、ホーム画面の自分の写真部分を長押ししてみた。


 それはどこを長押しいても瞬間移動(?)ができるかどうかを確かめるために昨日の夜は疑いなく適当に長押ししてしまったので今回は確認として画面を長押し。


 月希たちを置いて先に瞬間移動(?)をする。


 そこは建物の裏路地みたいな場所。いかにも青春を謳歌する若者が異性を呼び出して心の思いを伝える時に使いそうな校舎裏の様な雰囲気を出している。

 どうやら人目に付きにくい場所に移動してしまった。見た限り俺以外に人はいなさそうだ。


 月希達を呼ぶためにメールを送ろうとした時、ふっと後ろから禍禍しく人を寄せ付けない負のオーラを感じた。

 そのオーラは中学の時によくつるんでいたアイツの気配と同じだ。


 まさか瞬間移動を見られたと思って振り返ってみるとそこにいたのは若い顔つきなのに顔色は青白く、体格がヒョロヒョロな骸骨みたいに不健康を表現しているけど実は以外と骨太な男、俺の親友こと白城 真琴しろじょう まこととチャラけた男子生徒が立っていた。


 チャラけた方は「うおっ」と驚いていたがいきなり現れたというのにこの真琴は黙ってこちらを見ていつもより顔の青白さが濃い気がする。


「あの~」

「なぁ、見ろよ白城。女子が話しかけているぞ。とうとう俺にもモテ期が来たか」

「・・・・・」


 と二人に一声かけてチャラ男はリアクションを取ってくれるが片方は反応がない。やはりこの少年Mはただ突っ立ってるだけの青白い屍のようだ。


 少年Mというのは俺と真琴が好きなバンドの文化祭という曲に出てくるキャラクターでいつも主人公の後ろに隠れて目立たないのだけど主人公の座を狙っているその他大勢の一人。曲の中で努力して注目を集めようとしているけどいつも主人公の影に隠れてしまう日陰者をイメージした曲。

 何故、こいつを少年Mと呼ぶ理由は白城は中学の部活でサッカーをやっていたんだが、最後の試合で真琴が所属しているチームが負けていたが、真琴が頑張って負けていた分の点数を同点まで持ち込んだけど、試合終了五分前で敵チームのゴール前にボールを運んで逆転シュートを打とうとしたが、同じチームのイケメン君にその逆転シュートを取られてしまって、最終的にはそのイケメン君のおかげで勝てた感じになってしまったのだ。


 白城の同点まで取った功績はイケメン君の影に隠れてしまった。その時、応援に来ていた俺は爆笑しながら心でこいつを少年Mと呼ぶと決めた。


 今となっては合言葉みたいな物になってしまったが。


 親友との久しぶり(と言っても一週間間ぶり)の再開に戸惑う俺は声をかけても無反応な少年Mをどう接すればいいのか苦悩していた。

 こうして見ると以外にコイツは見た目がほっそりして青白くて何を考えているのかわからないのは中々怖いものだ。しかし、コイツこんなに背でかかったけ?そうだった。俺が女の子になって縮んだんだった。


「おい、白城。お前が睨んでいるせいであの子が怖がっているじゃないか」

「・・・・・」

「無反応かよ。ごめんね。コイツ女子が苦手なようでね。女子に対してこういう態度しちゃうんだよ。っておい!白城どこ行くんだよ!待てよ!」


 苦悩している間に真琴は何も見なかったみたいに回れ右してどっかに行ってしまった。

 チャラい方が少年Mのあとを慌てて追いかけ回り込んだ。


「おっ、おい、待てよ。白城、こんな可愛い子を無視するなんてあんまりだろう」

「待って少年M」

「・・・・・おやすみなさい?」


 俺も白城の前に回り込んで真琴のあだ名を呼んだ。


 真琴はあだ名を呼んだことにすごく驚いたような気がした。けど「少年M」「おやすみなさい」と言った感じで律儀に合言葉を返してくれたが首を傾げているチャラ男を無視して無理やり回り込んだお陰で露骨に嫌そうな表情が見えた。


「白城。この子お前の彼女か?羨ましいな。おい。俺にも紹介しろよ」

「違う。こんなの知らない!」


 真琴はイラついた様子で否定。

 親友にこんなの呼ばわりに対して若干傷つきつつも真琴の態度がいつもと少し違っていたので観察する。


「でもさ、この子はお前のこと知っているみたいだぞ。もしかして元カノだった?いやー、察し悪くてごめんね」


 チャラ男は真琴のことをイジっているので俺もワルノリして見る。


「元カノではなくて白城君とは同じ中学で凄く部活では熱心に取り組んでいてカッコいいと思ってました」

「白城と同じ中学ねぇ。白城、俺はお前が羨ましいぞ。こんな可愛しい女子と知り合いだったなんて」

「だから知らないって。あのな、いい加減にしろよな。俺はこんな女と知り合いじゃない」


 真琴の友達と思われるチャラ男にこの態度。いつもより明らかに機嫌が悪いけどこういう態度は男に対してとったことほぼ無かったけど。最近変な女にでも絡まれでもしたのかな?


 こいつはちょっとしたことが原因で女性恐怖症になってしまった。だから女性という女性には自ら近づこうとしないし、見た目が女性だと思われる人から目を合わせない様に逸らそうと不自然な行動をする。


 あっ、そっか。今の俺は女の姿をしているから変な女は俺か。だから俺から避けているのか。


 先生達から俺が水泡雪だとバレるのを止められているが早速、真琴との合言葉のやり取りで昨夜のルールを破ってしまった。

 これで白城にはこの体が俺だとばれたかもしれないな。


「それにな、俺はお前のこっ、うぁっ!」

「おぁ!」


 真琴が目を逸らしつつ迫って来て、何かに躓いた。そしてバランスを崩して俺を押したとした。


「おーい。君と白城、大丈夫か?って?!白城お前は両手で何を掴んでいる!!」

「はぁ?何って?えっ?」


 俺と真琴が目が合う。それも口と口が触れ合うぐらいの距離で。しかも、真琴の手には俺の胸がジャストフィットしていた。


 真琴が指を動かすたびムニムニと指が食い込んでいく。顔が暑くなり何が何だかわからなくなっていく。


 俺と真琴が固まる中でキーンコーンカーンコーンと学校が始まるチャイム音が町中に聞こえるくらい響いた。


「あのー。一年の玄関はどこですか?」

「・・・・・」


 バレていないことを祈りながら自分が男の水泡雪だと悟られない様に女子っぽくキスできる距離にいる真琴に問いかけるが予想通り無視。


 真琴はいきなり立ち上り今起きたことを無かったことにして歩き始めた。


「あいつはああいうやつだから。マジでごめんな。俺は一年の佐々木隼人。今度見かけたら話し掛けてね」


 チャラ男こと佐々木隼人はそう言い残し、校舎の方に走り去っていった。

 女の胸を揉んで無かったことにする奴ってどういう人間だよ。失礼にも程があるよ。


 気がつくと青白い顔の白城真琴こと少年Mの背中はなくなっていた。代わりに俺がさっき来た方向から月希が猛烈な速さでこちらに走って来る。


「あー!いたいた。ユっちゃーん!いきなり置いていくなんてひどいよ。置いていちゃうとルイたち泣いちゃうよ。だけどそんなことはいいから早く行かないとHRが始まるよ。もし教室の場所が分からないならこっちだよ」


 月希に手を握られ、引きずられる様に引かれ、俺たちは教室へと向かった。


 さすがエアガンを持ってフィールドを駆け回っているだけのことはある。体力と足が月希についていけてない。


 文字通り引きずられている状態だ。腕と肩が離れると思ったよ。ホントに。


 時折、ほかの生徒を見かけるが俺の引きずられる姿を見て度肝を抜かれた表情が面白かった。逆に女子が人を引きづりながら猛スピードで走り抜ける姿を見てドン引きしていたのかもしれない。


 月希恐ろしい子。

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