第10話 枕争奪戦と朝食の前
「あっ!雹ちゃん。それはユっちゃんの枕!ちょっと貸して!」
「ダメ。今から私が使うから。返して」
雹が堪能している枕に気付いた月希は横から枕を奪い取った。枕をとられた雹はすかさず月希から取り返そうと奪いかかる。
「あっ、それはもしや雪さんが昨夜使ったと思われる枕。私も使わせてくださーい」
遅れて周が枕争奪戦に混ざる。
「ルーイー、これは早い者勝ちなの。最初に目を付けた私がたん、じゃなくていろいろと使うのだからこの手を離しなさい」
「だったら、最初にベッドに入った私はどうなんですか」
「いくら雹ちゃんの頼みでも聞けないなー。だってこれはユっちゃんが抱きしめていた枕なのだから。ルイはこれを本当の使い方をして使うのー!」
「ええっー。まさかの軽くスルー、じゃなくて雪さんって枕を頭で使わないんですかっ?」
「そうだよアマネン。ユっちゃんはねー、昔っから枕に頭を置かずに抱いて寝ているんだよ。だから、この枕にはユっちゃんが抱きしめた愛が籠っているの」
「雪くんの愛が籠った枕」
愛が籠っているに反応して雹の目が色んな意味で危なくキラキラと輝いている。
現在、朝食を作っている雪は昔から寝る時はクッションを抱く癖を持っていて、その代りに枕に頭を乗せることを嫌い、極力頭で枕を使わないのだ。
「だからユっちゃんが抱き締めていたそれをルイがモフモフするの。先に雹ちゃんに先こされちゃったけど、後は誰のも譲らなーい」
枕を三人で取り合っているがため月希は枕をモフモフすることができる状況ではない。それは他二人も同じ状況下で気持ちは同じ、ただ違うのは枕を勝ち取ってからその枕で何をするかだ。
匂いを堪能したり、抱き締めたり、通常の使い方だったりと三人の少女の気持ちが同じで使用目的が違うだけでのこと、この不毛な争いはそう長くは続かない。
「もうこうなったらこれしかない」
月希は拳銃を展開し、銃口を二人に向けた。雹も月希の行動に合わせながら日本刀を展開し構える。
カチッン。
「キャッ」
引き金を引くと同時に周が可愛らしい悲鳴を上げ頭を抱えてうずくまる。
しかし、引き金を引いた音は聞こえたが銃声が聞こえない。
おかしいと思いながら周は恐る恐る頭を上げ、月希の手元の拳銃を見た。見た目は昨日のスライムと戦った時と変わらず、弾倉と銃口から出てくる弾丸以外は映画やドラマにがありそうな銃。
月希は銃の調子が悪いと思ったのか笑顔ながら「あれれ、でなーい」と口走りながらベッドの固いところに銃を叩き付けているが弾丸が出てくる様子がない。それどころか叩き付けている場所がどんどんへこんでベッドが傾いてきている。
周は雹に目を向けると柄だけとなっている日本刀を振り回していた。
荒れる部屋を眺めている周はいつの間にか枕を抱きしめていた。
ぎゅっ。
「これが雪さんが抱いて寝た枕」
「あー!アマネンばかりズルーい」
「その枕を私に渡したら幸運になれるわよ。だから枕を私に渡しなさい」
部屋を十分に荒らし終わった二人は目的を思い出し、周が抱きしめていた枕を取り上げようと掴んだ。
誰かが諦めればいいのだが三人の少女にはそれぞれの目的があるのでその目的を果たすまで諦められない。それが彼女たちの恋心からくる目的のために。
枕を我が物にしようと三方向から引っ張っていくうちにビリっと布が裂ける様な音がしたと思った彼女たちは予感を感じつつも枕を引っ張るのを止めなかった。そして限界を超え、枕が三方向に掛かる力に負け三つに裂けて中身をぶちまけた。
裂けた反動で「わわっ」や「きゃっ」と驚いた様な声を発てて背中からひっくり返った三人は数分の間固まった。
(あら、残念。もう少し堪能したかったわ。破片でも匂いがするからいいわ)
(見事に三等分だ☆)
(ああ、雪さんの枕がー。枕がー)
枕の破片を残念そうに見る彼女たちはお互いを責めることを考えず、共犯同士でこの物的証拠をどうするのかを話し合った。
「どうしましょう?」
「私が雪君の枕になって、毎晩雪君に抱かれて眠るの。そして朝は雪君の臭いで目が覚めて、雪君の寝顔を眺めるの」
「雹ちゃんはまったくブレないなー」
完全に自分の世界にイッちゃった雹は置いといて。簡単な話、お店で同じような物を買うか、三人の内の誰か一人の部屋から裂けた枕の代わりの枕を持ってくればいいのだが。
当然、三人の少女は後者を選ぶ。そこで更なる問題が出てくる。
誰の枕を持ってくるかと。
「そんなことをしなくていいよ。雹ちゃん、枕が無くちゃねれないでしょ。だからルイの枕を持ってくるから」
「だめよ。ルイだって眠れないでしょ。破れた枕と私が使っていた枕をすり替えるから」
「二人ともダメです。ここは私が責任を取って部屋から持ってきます」
そう、誰かが枕を持ってきて、昨晩自分が使った枕を本人に抱いて寝てもらうかだ。これは代わりに枕を持ってきた人が枕を使えないのが難点だが雹だけの場合は破れた枕を部屋に持ち帰りそこで雪の匂いを堪能するつもりなのだが。
自分の枕を使って欲しいがため三人は必死に「私の枕を、私の枕を」と言って一歩も引かない二人。
先生達も一日で枕をダメにするとは予想外でここには人数分の枕しか用意していなく、誰かが責任取って部屋から枕を持ってくるしかないのだ。
あともう一つ解決策がある。
「あの~。誰かが枕を使えなくなるのなら、放課後にでも新しい枕を買ってくればいいのではないでしょうか。それで誰かが枕を使えないのは無くなると思うんです」
「周さん、貴女って天才だわ」
「アマネン頭いい!」
気弱な雪の言う通り、放課後にみんなで新しい枕を買いに出かけるということ。
利点として枕を選んであげられることであることと枕をお揃いにできる以上、三人の少女たちは「自分たちが枕を破いてしまったので新しい枕を弁償してあげるから行こう」という大義名分を掲げることで互いの意見に納得した。その前に部屋の掃除だが彼女たちは気付いていない。
だが、これらを考え、議論することは裏を返せば無駄なことになる。何故なら党の本人は枕がなくても眠れるし、掃除くらい余裕でできる。
当たり前のことと思うが世の中には枕が無くては眠れない人間が少なからずいる。だが逆に枕が無くたって眠れる人もいる。
今、朝食を作っている水淡雪は枕があろうがなかろうが関係ない。それはそこにクッション(枕)があるから寝ている間に抱きしめて寝ているだけ。水淡雪にしてみれば枕はただの寝床の飾りに過ぎない。
三人の少女の中に水淡雪は枕がなくても寝れることを知っている人物が一人、幼馴染の月希である。
(ユっちゃんって枕が無くても関係なく寝ちゃうけど、無理言ってユっちゃんと買い物に出かけられるように仕向けなくちゃ。その前にスムーズにユっちゃんを誘えるように今、話題を逸らさなちゃ)
「さっきはさー。びっくりしたよね」
「そうね。雪くんが自分の体と一緒に寝ていたなんて少し驚いたわ」
さりげなく話題を逸らした月希はさっきの話を切り出した。
「そこじゃないよ。雹ちゃん」
「月希さんが言いたいのは雪さんの部屋に雪さんの元の体があったことが言いたかったんですよね」
「そうそう、それそれ。アマネン分かってるぅ☆」
「でも気になることがあるんです。お二人は男の雪さんとクローンの雪さんは別人だと思いませんか?」
「私はそうは思わないな。ねー。雹ちゃん」
「雪くんはクローンだろうと女だろうと昔と変わっていない雪くんだもの」
二人は水泡雪が本物かどうかを確かめる恋心がある。長い間水泡雪に対する恋心を胸に秘めていたからこそ本物だと分かり深く信じられる。
「八代さんってさっき自分のの裸を抱いたのよね。触った感じどうだった?固かった?男らしかった?」
「どうといわれましても。最初は人肌の感触の抱き枕と思ってましたし、まさか生きた人間だと思いませんでしたよ」
「アマネン。で?どうだったの?」
「と、ところでお二人はどうやって雪さんと出会ったのですか」
空気に耐えられなくなった周は雪との出会いについて話題を変えた。
「出合ったきっかけ?ルイはね。ルイのおにーとユっちゃんのおねーが同じ幼稚園だったからおにーが遊ぶ時について行ったら、そこでたまたまユっちゃんと出会ったの。それ以降、毎日のように遊ぶようになったの」
「そうなんですか。本当に月希さんと雪さんは幼馴染なんですね。羨ましいです」
「本当に三才の時からずっと一緒なんて羨ましいわね。私なんか小学四年生のお盆にルイの家にお泊りに行ったときに偶然出会った時に雪くんと出会って実家に帰るまでの一週間の間、ルイと雪君と私の三人で遊んだの。それに最後の二日間は雪君がどこから連れてきた女の子と四人で遊ぶことになって、私は一度でいいから二人きりになりたかったのに雪君はそれに気づきもしない。そして今もあの人は私の思いに気付かない」
月希のことを羨ましく言う雹は今だに忘れないあの一週間を思い出して、珍しく顔をやや赤らめていた。
「それでも一応は昔から雪さんを知っているのですね。すごいと思います。五年以上会ってないのに雪さんのことを思っているなんて、ふつうは忘れてしまうのに」
「それだけ私は雪君に恋している以上の感情を抱いているのよ」
周から始まったガールズトークからいきなり雹が宣戦布告する。
「ルイは雹ちゃん以上にユっちゃんのことを思っているっんだからね」
「でしたら、私もまだであったばかりですけどお二人に負けないくらい雪さんのことを思っています」
二人も負けじと自分の気持ちを表す。
「おーい朝食でき、って、なんで部屋がこんなに散らかって、俺が使っていた枕が引き裂かれている⁉」
そこに今まで朝食を作っていた雪が三人の少女を呼びに来て視界に映った光景は荒れ果てた部屋の中で三つに裂けた枕をそれぞれ持って話あっている少女たち。
一早く雪に気付いた月気が駆け寄る。
「ユっちゃん!今日の放課後枕買いに行こ☆」
「まっ、枕なんて別に買わなくていいじゃ。破れたのならしょうがないし、俺は枕がなくたって余裕で寝れるから」
その言葉を聞いた雹はますます買いに行きたくなったような衝動に駆られた。
「ダーメ。そもそもこの枕は貴方の私物じゃなく、ここの管理者の物だから弁償するのは当然のこと。似たような枕買いに行きましょう。ついでにおそろいの枕カバーも一緒に買いましょう」
「そうだよ。この枕は宮守先生の物だから、ユっちゃん、ルイとお買い物に行くの。これ完全に決定ね」
「私も、いえ、私とお揃いの枕カバーを買いに出かけましょう」
三人は雪に迫って買い物に行こうと催促をかけた。
ぐぅー。
妙に場の空気が修羅場と化した中、三人のお腹から間の抜けた音が響いた。
「なんだかお腹空いたね」
「ええ、ここは一時休戦としましょうか」
「はい。そうですね。早速、みんなで一緒に朝ごはんを作りましょう」
三人の少女はお腹の虫が泣いた恥ずかしさを隠そうとせずにみんなで朝食を作ろうと立ち上がった。
だが、もう朝食はもう出来上がっている。今何が一時休戦と首を傾げている雪が来たのも朝食ができたから呼びに来たので「朝食を作ったから食べよう」という簡単な言葉を言いそびれてしまった雪は今度言いそびれない様に三人向け。
「朝食だったら俺が作ったぞ」
「えっ、雪さんが作ってくれたのですか」
「丁度良くチッキンに食パンと野菜があったから簡単に食パンを焼いたり、サラダを作ったけど、あっ、もしかして作りたかった?」
「いえ、そういうわけではありませんけど、雪さんってお料理ができる男の子だったのですね。男の子でも料理とかするかなと意外に思っただけです」
「一応、高校で一人暮らしする予定だったから練習してきたけど本当に簡単な物しか作れないからあまり期待しないように」
本当に何が聞きたいのか分からないことを聞聞いてくる周の質問に答えられる範囲で答えているがそんなに男性(体は女)が料理するのが珍しいのだろうか思うのであった。
「じゃあ、雪さんは料理が下手なお嫁さんでもけっ」
「ユっちゃん!さっきまで朝ごはん作っていたの?だったら一回声かけて欲しかったな。だってユっちゃんと一緒に作りたかったから」
話の途中に月希が雪にまたもや抱き付いた。
「だってさ、三人でベッドに入って出てこないからさ、俺としても暇だったから朝食でも作ろうと思ってね」
「ふーん。まっいいか。ユっちゃんのご飯意外においしいから許してあげる」
何か言いたげな月希を抱き付かせたままにした。
「ところで雪、月希のせいで聞き取れなかったのだが、さっきなにかいいかけていなかったか?」
「月希さんと同じく、雪さんと一緒に朝食を作りたかったと言いかけただけですよ」
雪は下を向いて顔をほんのりと赤らめた。
(私のばか!何が「料理が下手なお嫁さんでも結婚したいですか?」だよ。恥ずかしすぎて死んじゃうよ。ほんとに言いかけてよかった。そもそも私、料理できないし)
さっき雪はそんな事を言いかけて嫌悪感を抱いていた。本人は月希に抱き付かれたまま首を傾げていた。
「早速、ユっちゃんが作ってくれた朝ご飯を食べに行こうよ。雹ちゃんも行くよ」
そういって雪の手を引く月希がベッドで堪能していた雹を呼んだ。
「雪君が作った朝食?食べるに決まってるじゃない。一日の始まりである朝食を逃したら生活リズムが崩れてしまうわ。そうよね。周さん?」
「えっ?私に振るんですか?そうですね。男の子が作ったお料理はなんか憧れますし、朝飯を食べなかったら頭が働かなくなるので雪さんが作った朝食が食べたいです」
「私は雪君に食べて欲しいわ」
「雪月花さん!朝から何を言うのですか!?」
「周さんが何を言っているのか私にはわからないわ。私はただ雪君に食べて欲しいとしか言ってないけど。それを周さんはどういう風に聞こえたのか教えて欲しいわ」
「いやぁ、私は雪月花さんが食べて欲しいと聞こえたので、私にはそれが、その、それで」
「へぇー、雹は料理ができるのか。今度本格的に作りたいから雹に教えて貰おうかな」
あまりにも恥ずかしがる周が見てられないので周のことを置いといて話を進める。
「そうよ。こう見えて私料理には自信があるの。今度何か一緒に作りましょう」
「その時は頼むな」
「えぇ、手取り足取り教えてあげるわ」
「さっそく、朝飯を食べに行こう!」
「その前にお前は制服に着替えてこい」
「パジャマで食べたっていいじゃん」
「いつもお前は学校に行く前にダラダラ制服に着替えて遅刻してるじゃないか。どうやったら着替えだけで時間をかけられるんだが。見ないでやるからちゃんと着替えるんだぞ」
「はーい」
「ついでに雹も周も着替えてこいよ」
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