第9話 ベッドの中にはもう一人の俺!?
何故だか目が覚めた。しかもベッドに寝ていたはずなのに布に触れている感覚がなく、体が水に浮かんでいる感覚がする。
上下が分からなくて妙に気持ち悪い感覚。
目を開けると薄暗い水の中だった。
夢だと思って口元を触れると口元に何かがついていた。
それをくまなく触れていると水の中でも使える医療用の酸素マスクだとすぐに分かった。そして自分が水槽カプセルに入っていることも。
自分が映画とかにある培養器に入っているクローン人間に思えてくる。
違った。今は正真正銘のクローンか。
今見ている光景はクローンが作られた時の記憶の夢バージョンだろう。夢にしてはやけに生々しいがカプセルから出なくちゃいけないような気がする。
足元から点滅する光があることに気づいた。それを足で触れる。
「ピーピー。緊急排出システムを開始します」
薄っすらとアナウンスが聞こえ、すぐ後に水ごとカプセルの外に吐き出された。病人みたいに酸素マスクを付けたまんま弱弱しくふらつく足でカプセルが続く薄暗い廊下を歩き始めた。
水の中では気にもしなかったがこの水はヌルヌルのベタベタしてこけるは足音がべちゃーべちゃーで不快な足音がして気持ち悪い。
こけながらもカプセルが続く廊下を歩いているとたまたまカプセルに映った自分の体が見えた。
元の姿、男の方の俺だった。
顔に触れたがカプセルに映った姿も同じようにシンクロした動きを見せた。
戦ったことが夢だったのかそれとも今が夢なのか今はどちらも疑わしいから余計に分からない。
全部が夢だと思いたい。
手に力が入らないので痛みで夢だと確かめることができない。戦いで痛みを感じたように今も痛みを感じたら気が狂うだろう。
必ず狂うだろう。自分の姿が映ったカプセルから視線を逸らすとカード状の端末が床に落ちていた。
それを拾うと流桜学園の生徒手帳だった。操作してホーム画面に戻すして顔写真を確認すると生徒手帳から眩い光が体を包み込んだ。
「ハァーハァー。夢か」
恐ろしい夢に起きてみたら不運なことに体は女のままだった。
どうやら先のは夢で昨日のことは誠に夢ではないらしい。信じがたいことだが受け入れるしか選択肢がないみたいだ。
部屋に一つ寂しく置いてあるベッドの上をゴロっと寝っころがっているとふっと綺麗に畳んで置いてある物が俺に「着ろ」とでも言っているかのような存在感が出していた女生徒の制服が目に入った。
「あれって、きっと俺の制服だよな。今こんな体だし、絶対そうだよな。うわっ」
ベッドから出ようとしたところ足に何かが引っかかった。
確認しなくても見当はつく、また、月希がベッドに潜り込んできたんだろう。
月希はいつだってそうだ。人目も気にせず、毎回俺のベッドやら布団やらに潜り込んで一緒に寝ようとする。家族同士の旅行から修学旅行まで色んな手を駆使して潜り込んで幸せそうな顔で眠る可愛い奴だ。
こっちは家族に入らぬ誤解をされるは先生には怒られるはで迷惑だがな。
月希を起こさないように上手くベットから抜け出す。
改めて制服を壊れ物を扱うように手に取ってみて、掲げるように見た。
今日からこれを着て学校に行かなければいけない。本来の制服は事故以来見ていない。それどころか、そもそも事故の時に着ていたのかさえ覚えていない。
仕方なく制服を着てみた。するとブラウスとブレザーは胸のサイズや腕の長さも恐ろしいほどにピッタリと着られて、おまけにスカート丈が長いから他人から見るとどこぞのヤンキー女子みたいに見えるかもしれない。これは先生たちの配慮だろうか。
これで人生初のスカートは丈が長くて安心した。中身は男性用のトランクスだから俺にとっては履きなれているものだが女子高生が履いているとなると他から痛いぐらいの視線を浴びることになるかもしれない。
こうやって女性の服を着てみるとなかなかいい着心地なもんだ。女装趣味の男性がいるのも頷ける。姉たちに着せ替え人形のように着せ替えていたら、俺も女装に目覚めていたかもしれない。
改めて、首から下を見ると何故こんなにもピッタリなのだろうか。寸法でも測っただろうか。もし測ったとしたらいつ?どこで?
切がないので考えるのをやめた。
ところでみんなはもう起きているのかな?
雹は起きていそうだけどほか周はどうだろう。
部屋の割り付けは右隣りが月希、左隣りが周、正面が雹。三方から音が聞こえないからまだ寝ていそうだ。
「ダン!」と勢いよく扉が開いた。
扉を開けたのは今まで寝ていたと思われる薄い生地で中の下着が透けて見えるパジャマ姿の月希だった。
「ユっちゃん!お・は・よー‼
月希の清々しく元気がいい朝の挨拶の鼓膜が破れるほどの大音声を上げながら仁王立ちしていた。
「おはよう。月希、もう少し静かにできないのか?ほかに寝ている人がいるんだし」
元気なのはいいことだが朝の挨拶は音量を下げて欲しい。鼓膜が何ダースあったって足りない。月希⁉
「月希‼なんでお前がここに⁉」
「なに驚いてるの?みんなもう起きてるよ。ユっちゃんがお寝坊だからみんなで起こしに来たのだよ。もしかして女の子になったからって色々確認してた?エッチだなユっちゃんは。フフフ」
月希の後ろからパジャマと思われる姿の雹と周がヒョコッと出てきた。
状況からして制服を着ている俺とパジャマ姿の三人の少女たち、どっちが起きたばっかりか一目瞭然。
どうしてパジャマで来たのかは、きっと悪戯を仕掛けるために月希の発案だろうけど、何故に雹がここにいるのはどういう風の吹き回しだろうか。不思議通り越して恐怖だ。
「春先なのにそんな姿でいたら風邪をひくぞ」
「あら、もう制服に着替えているなんて案外早起きなのね」
俺の忠告が呆気なくスルーされ、雹が近づいて何かを仕掛けてくると思い、構えていると俺の丈の長いスカートをめくって中身を確認するかのようにじろじろ見られていた。
「お、お、おい!何すんだよ」
恥じらう乙女の様に慌ててスカートを抑えて中を隠す。
見た目だけは本当に乙女だが。
「なにって?女の子同士の発育チェックだけど?」
雹の無表情なのに何気に可愛く見える顔に胸がキュンとなった。顔が熱いのは雹に対してキュンとしたのか、それとも恥かしいのかは分からない。
「それと感心しないわね。年頃の女の子が男の子の下着を履いているなんて。もしかして上は付けてないの?」
「誰が女の子だ!俺は男だ。たとえトラックに轢かれたとしても俺は男だ。って迷いなく胸を揉むな!」
「今は女の子でしょ。あら、本当に付けてないわ」
雹の言う通り、今の体は女の子。もちろん、上は付けてない。だが、体は女でも心は正真正銘男だ。これだけは一歩も譲れない。
熱い熱意はまたもやスルーする雹は付けてないことを察して部屋を見回し、この部屋に置いてある見てはいけない物に気付いてしまった。
「こ、これは私のブラだわ」
そう、雹の白い下着、通称ブラ。っえ?
「っーーー‼」
声にならないような叫びが喉から出た。それぐらい驚いた。昨日見てから存在を無視していたあの得体のしれない物体が雹の私物だったなんて。
「あーよかった。服の中に身の覚えがない物があったから困っていたけど持ち主が見つかって、安心安心。雹も頑張って探しただろ。ささ、持ち帰って」
一歩間違えば下着どろぼうのレッテルが貼られるところだった。あれ?今は女だからセーフ?まーいっか。持ち主が見つかったことだし、気にしないでおこう。
「ほんとによかったわ。これ貸してあげるから付けて。昨日見たけど大きさはさほど私と変わらないはずよ」
「えっ?雹さんの物だったら小さすぎて全然サイズ合わないよ?あれ?なんだろうなぜか普通に雹さんが怖くみえるのだが」
この男としての捨てている様なこの気持ちは。そして本当はブラなんて付けたくないんだ。(事実は雹のブラだから小さすぎて付けられない)だけど持ち主様が付けろと目で訴えている。しかも滅茶苦茶怖い!
「あー。それは雹ちゃんのパッド用のブフ」
雹の肘鉄に口封じされた月希を見てさらに恐怖が増幅する。付けなかったら月希より酷い仕打ちをされそうな気がするのでしょうがなく付けることにしたけれど、付けるのは雹たちが部屋から出ていってから付けるとしよう。
「ユっちゃん!雹ちゃんのブラ付けるの?」
雹たちが出ていってから付けるとしよう。
「ねーねー。付けるのー?」
雹たちが出ていってからつけるとしよう。
「無視するなー☆ 無視してる悪い子にはハダカンボにしちゃうぞ」
「全然無視してない。そんないやらしい手付きで近づかないで」
早くも復活した月希はエロ親父みたいな手付きで襲い掛かってくる。まるで魔法を使っているかのように次々と月希に脱がされていく。
もちろん抵抗がしているが不思議に役に立たず、されるがままトランクス以外全て脱がされている現状。
最後の一枚が脱がされるタイミングで雹が例のブラを手に取り、目をキラキラさせてやりとげた感を出しつつ俺に近づいくと雹の手元からブラが消えていた。
妙に胸のあたりが苦しいと思っていたら、いつの間にか俺はそのブラを付けていた。
この二人、マジシャンみたいに手際がいい。阿吽の呼吸でほんの数秒で俺を脱がせ、気付かれることなくブラを付けさせたのだから。ブラをつけてみての感想だがぺったんな雹さんの割にこのブラは自分の胸にしっくりと胸にくる。
「まったく~あなたはちゃんとつけないからルイに脱がせられるのよ。はいこれ」
ホクホク顔の雹はさりげなく正論気味なことを言って、月希に脱がされてくしゃくしゃになったブラウスとブレザーを渡してきた。
これで元の体に戻って女装趣味に目覚めていたら死ぬまで恨んでやる。今、思ったけどお前って意外に表情豊かだな。
「誰のせいでこんな目に。だいたいなんで来たんだよ。ブラウスをこんなにくしゃくしゃにしやがって」
ブツブツ文句を言いながらブラウスとブレザーを分土手、服装を整えて、我ベッドに腰を下ろした。
ベッドに尻を下すと「うっ」とぐぐもったうめき声が聞こえてその方向に視線を向けるとそこには周がベッドに寝そべっていた。
「「いつの間にそこに」」
ブラの件ですっかり忘れていた周を蚊帳の外にしていた。
雹たちと一緒に俺を起こしに来たのはいいのだが起こしに来た人が起こされる側の寝床で横になるなんてどうかと思うぞ。
「ハゥ~、折角雪さんのベッドで眠ろうと試みたのですが、中々の温もりのあれな感じのモノで顔が熱くなって眠れませんね。それにこの抱き枕も生暖かくて気持ちよくて」
ベッドからひょっこり顔を出した周はなぜか頬が赤く染まっていた。
俺のベッドで眠ろうとしていたのは分かったが、眠ろうとした理由が分からない。それに後半部分があまり聞き取れなかった。顔がやけに赤いから風邪にでも引いたのかと聞いてみると照れくさそうに「大丈夫です。風邪なんかじゃありませんから心配する必要はありませんから」と言って顔の下半分を掛布団で隠した。
本人がそう言っていたから風邪ではないらしいから心配する必要はないとは言え少しの間はここで少しぐらいは眠らせてあげようかな。
「そうじゃなかった。月希なんでいる⁉」
「ひどっ、なんでいるって言われてもね。言ってることがよく分からないよ」
良いような悪いような何とも言えない不思議な感覚と感情が体を動かし意気良く掛布団をはがした。
周が抱き枕の様に抱いていた物体にその場にいた全員が驚きのあまり固まり、死体でも見ているかのようにベッドの上に森野乗っている物を見ている。
その物体と言うのは何を隠そう俺の元の体(裸)だった。
「キャー!!」
思わず叫んでしまった。悪い夢だと思いたいが何が夢なのか分からないぐらい動揺していた俺は今朝見た夢が夢じゃないことに気付いた。
何かの拍子で意識が元の体の方に戻り、そしてこのクローンの近くに来たから意識がクローンの方に変わった。だが何故。謎が謎を呼ぶ中青ざめてベッドに座り掛布団をかぶった周が俺の元の体の手を取り、脈を測っていた。
「安心してください。大丈夫です雪さん、脈がありますよ。生きてます!」
生きていることにほっとした俺は「ワアー」と叫びながら掛布団をかぶった周から体を奪いパジャマとして使っていた部屋着を着せ、元の自分の顔をまじまじ眺めているとハッと振り返ると、いつの間にか月希と雹がベッドに入り込んで眠ろうとしている。
「なんでお前たちまで俺のベッドに?」
二人の切り替えの早さに驚きつつもツッコミを入れる。
「アマネンばっかりずるいからルイもユっちゃんのベッドで寝る」
「私も貴方の眠る場所で寝たいから別に気にしないで」
それぞれ自己主張して周と一緒に掛布団に隠れた。
「そういうことじゃなくてな」
出てくる気が無い月希と雹は三人仲良くベッドを占領された俺はやることがなく仕方なく一階に降りてみることにした。ほんとに起こしに来た側が起こされる側の寝床を占領して寝ようとするとか起こしに来たとは疑わしいと思うぞ。
「ユっちゃんも一緒に寝よー。フギャッ」
と言って手を引いて俺をベッドへ引き込もうとする月希に拳骨をおみまいし、元の体を
背負い速やかに部屋から撤退した。
降りてみると空っぽだったダイニングはテーブル・椅子・ソファー・テレビなどの家具が綺麗に配置されていた。
これらの家具を置いたのはここの管理者にして俺達の担任の宮守先生だろう。
家具は自分らで用意しろと言いつつも家具がなかったら住みずらいだろうと思っての気遣いで置いてくれたのだろう。ここに俺達を置いてくれたことに感謝しているのにそれ以上感謝しても足りないぐらい感謝しなくては。
感謝しながら元の体をソファーに寝かせた。
「さて、キッチンはどうかな」
ワクワク気分でキッチンをのぞいてみると大きな冷蔵庫と調理台の上にコンビニの袋があった。冷蔵庫の中に包丁・まな板などのキッチン用品が入っており、袋の中には食パンやキャベツなどの食材が入っていたのでキッチン用品と逆ではと思いつつ三人が降りてくるまでに朝食を作ることにした。
部屋の主が出ていってから三人の少女たちはベッドの中でベッド争奪戦をやっていた。
「あの~二人とも最初に入ったの私なのですけど。狭いのでベッドから出ていってもらえませんか。あっあ、すみません、すいません。押さないでください」
月希に押されベッドから落ちそうになっている雪が恐る恐る不満を言ってみたようだがかえって二人にさらに押され落ちそうになっている。
「雪さん行ってしまいました」
「アマネン抜け駆けは禁止なんだからね」
「これが雪君のにおい。これが雪君のにおい。ハアハア」
先にベッド入った周に嫉妬しているのかおかしいテンションの月希に対し、変態の様な息を上げる雹は二人の少女の小競り合いをスルーし、自分の世界に入って部屋の主の雪が使っていたと思われる枕をフガフガと顔を沈めて匂いを堪能していた。
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