心友
━━スマートフォンがけたたましく鳴り響く。
この
気だるげに起き上がり、スマートフォンをスライドする。
「……なんだ、和久」
不機嫌に通話を許可した。
「起きろ! 恵理んちが火事だ! 」
起きていると応えようとして、次の句にスックと立ち上がる。
「恵理が?! 」
切断ボタンを押し、パジャマのままコートを掛けるだけ掛けて部屋を飛び出す。
(今日一緒に帰らなかった。矢張り確認して置くべきだった! )
玄関で靴を突っ欠けるだけ突っ掛けて、ドアを開けた。
「司? 何処に……」
母親の声と同時に、冷たい冷気に入り交じるきな臭い臭い。
「え? これ、なに? 」
「恵理の家だ! 」
私は飛び出した。
「ったく、すぐ切りやがって……」
待っていたらしい和久の腕を乱暴に掴む。
「何故急がない!! 」
「ちょ、司! 」
揃って駆け出す。
そう遠くはない。
家と家の隙間から見える、仄明るい厭な光のある場所。
曲がるのがもどかしい。
直線であったらよかったのに。
全力で駆けて2分足らず。
「すみません! 人命に関わるので離れてください! 」
野次馬のせいで中々作業が捗らない消防員たちが必死に声掛けをしていたが、野次馬は増えるばかりで一向に進展が見えなかった。
「……痴れ者が!!!! 」
堪らず叫んだ。
一瞬にして静かになる。
見上げると、見覚えのある一角の窓から火が勢いよく漏れている。
「恵理の部屋だ! 」
そう、何度か伺った部屋はあそこだった。
私は乱暴に門扉を開け、玄関に侵入しようとした。
「君! ここの子?! 危ないよ! 下がって! 」
肩に手を掛け、注意を促したのは、消防員の1人だった。2階侵入の隊員だろう。
だが、待ってなどいられるものか!!!
乱暴に振り解く。
「我が友は私の手で救う! 無駄な準備をしている暇があったら野次馬を片付けろ! 」
大人相手にあまりに失礼な物言いだが、相手は青ざめ、よろけながら野次馬に飛び込んで行った。
構わず私は外付けの水場にある桶に蛇口を一気に全開にし、水を貯める。
出しっぱなしのまま水を被り、ドアノブに触れた。
「ぐっ! 」
「バカ! それ鉄じゃねえか! 退け! 」
同じように水を被った和久。
濡れたパーカーの袖の中に手を入れて、布越しにドアノブを捻る。
慌てていたが、この時間なら鍵が……。
━━ガチャり。
「アイツ、大半1人のくせに閉め忘れるんだよ」
……胸がざわついた。
何故、おまえが知っている?
和久がドアノブを引いた瞬間、火により圧されていた空気が一気に吐き出される。
「! 」
一瞬の隙をつき、靴のまま中に侵入する。
「ちょ! 待てよ! 」
遅れて和久もやってくる。
私は待たない。
1階はまだ煙だけのようだ。
奥にまでは煙すら行っていない。
袖で口を覆い、目の前の階段を見上げた。
2階を上がり、折り返した奥が恵理の部屋だ。
薄ら熱を感じる。
一気に駆け上がった。
多分、火は出火元から移動していない。
出火元は……恵理の部屋。
部屋の前に立ち、言い知れぬ恐怖が襲い掛かる。
火傷をしていないか?
窒息していないか?
怪我はないか?
おまえに何があった?
私は、恵理を知っているつもりでいた。
家庭環境も、性格も。
……どれをどれほど抱えているか知らなかった。
私は愚か者だ。
和久に倣い、コートの袖に手を引っ込め、ドアノブを握った。
火の元らしく、それでも熱い。
だが、勢いよく開けた。
━━ゴウッ!
玄関とは比べ物にならない圧が押し寄せる。
「司! 」
遅れて上がってきた和久に抱き止められた。
「助かった」
それだけいい、チョロチョロ出てき始めている火の奥を睨む。
「恵理! 」
「おい! あぶねえって! 」
制止を振りほどき、私は火の中に飛び込んだ。
見えたのだ、恵理が。
火の中にありながら、奇跡的にまだ恵理に到達していなかった。
周りの燃えやすいものから燃えているらしい。
(……出火して、間もない? )
「恵理! 」
揺すっても返事がない。
柔らかい胸に耳を当てる。
……動いている!
急いで見渡すと、ベッド脇の窓が少し開いていた。
火が吹いていたのはそこか。
だから発見が早かったわけか。
「恵理は大丈夫かよ?! 」
何とかやってきた和久。
「大丈夫だ……。気絶しているだけのようだ」
「そっか、なんだって……━━」
━━バキバキッ! ドスン!
和久の背後、私の視線の先で、本棚が倒れた。
ベッドが少し離れていて助かった。
「っぶねーって、あっち! 」
しかしその分、火との距離が縮まった。
慌てて恵理を抱き上げようとする。
「……和久、恵理を抱えろ。私が活路を開く! 」
悔しかった。私が女であることを知らしめるかように……同年女子の体さえ持ち上げられない。
しかも、大事な恵理でさえ。
「ひゅー♪ 司カッコイイ! ……気持ちは分かるけど、メチャクソ顔が崩れてんぞ、クク」
「喧しい! 」
火は舐めるように拡がり、火のない場所など、前方にはすでにない。
そう、入ってくるだけの道しか無かったのだ。
帰り道などない。
火がないのはもう、私と恵理を横抱きにした和久の立っている場所のみ。
このまま巻かれれば、三人ともお陀仏だ。
「……易々と死んでたまるか」
「活路、開くんじゃなかったのかよ? 」
からかい気味に言われ、ムッとする。
コイツは昔からこうだ。
私の癇に障ることを平気で言う。
優しい巧みな言い回しで、私が嫌がるような言葉を絶対選ばない智久とは、本当に似ても似つかない。
だが、歯に衣着せぬ物言いは、コイツだからこそ許される。
信頼されている証拠だ。
コイツは何も心配していない。
私に二言などないと知っているから。
「……当たり前だ。ここで死んだら、智久に合わせる顔がないだろ」
バサッとコートを脱ぐ。
和久に半分掛けた。
「……最短ルートで行く。駆け抜けるぞ!
親友! 」
「おうよ! 」
私たちは火の中に飛び込んでいく。
同時に目の前の手摺りを飛び越え、そのまま勢いを殺さず、3人で転がるように階段から開けっ放しの玄関を飛び出した。
「……て」
私は痛みより恵理を見た。
……新しい外傷はない。
ホッとしているところに。
「君たち! 大丈夫か! 」
厄介な警察が来た。
「そ、その子たちです! 入って行ったのは! 」
あの隊員、チクリやがったようだ。
「死んだらどうするんだ! 救助を待てばいいだろう! 」
「喧しい! おまえたちの最善は見殺しにしても最善だったから仕方ないと言えるのか?! 最悪だろうがTime is Moneyだ! 親友を助けるのに手順なんて追っていられるものか! 大人なら上手く立ち回れ! 回りくどいことをするな! 」
━━暫し気まずい静寂が訪れた。
唯一家屋にいた恵理を早急に救い出したことにより、鎮火が早まった。
被害は恵理の部屋は奇跡的に半焼だったために、2階の通路と手摺り、私たちが転がってひしゃげたドア以外は無事だった。
恵理の部屋の窓が換気で少し開いていたこと、鍵を閉め忘れていたことで事が早く済んだ。
……個人的に腑に落ちないが。
あとはしっかり閉まっていたから被害がなかったようだ。
「あの……今回の出火なんですが」
「なんだ? 」
「お嬢さんが自分でつけた恐れがあって、火災降りない可能性が……」
私は無理矢理割って入った。
「いや、降りる。降ろさせる。何せ、恵理は……」
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