分かってはいても
あれから、変わらない日常に戻った。
元々智くんは中学から通っていなかったから、学校に代わり映えはない。
私はスマホの画面を見つめ、1人頬を綻ばせた。
クラスに友だちなんていない。
司と和くんは隣のクラスだから。
ガっと机が蹴られた。
「恵理ちゃーん! 何で休んでたのー? 親でもないんなら休む必要ないだろ! あんたのカレシだったー? 」
ギャハハハと下品な笑い方をする、派手な女子グループ。
確か冴島サンだっけ。
「違う……。友だち」
笑いを止め、ガンガン机を蹴り始めた。
「てめえに友だち何かいねえだろ! 」
毎回毎回、威嚇すればいいと思っているのがいやだ。
気にもとめずにいると、急に静かになる。
顔を上げると見知った人物が、蹴っていたクラスメイトの足を掴んでいた。
「和くん……? 」
「平気そうな顔してんじゃねえよ! 」
「本当に気にしてないんだけど」
「おまえって……まあいいや。おい! 人の親友コケにするとコイツが許しても俺が許さねえかんな! 覚えとけ! 行くぞ、恵理」
掴んでいた足首を離す。
体制を崩して冴島サンは尻餅をついた。
取り巻きごとポカーンって顔してる。
他のクラスメイトたちも状況が読めず、黙っていた。
和くんは勝手に捲し立て、勝手に手首を捕かみ、私を引っ張った。
抵抗なんてせず、そのまましたがった。
……でも、丁度よかったかも。
「……和くん、どこ行くの? 」
ズンズンと歩き続ける和くんに声を掛けた。
「屋上。てか、何で言わねえんだよ」
ああ。
「だって、本当に気にしてなかったから。……でも、ありがとう」
「おまえってホント、慌てたりしねえのな。昔から変わんねえ」
階段も上がり、扉を開けた。
澄み渡った空、肌寒い風、白いコンクリート。
みんな綺麗だ。
大きな貯水タンクの影でとまった。
やっと手を離しすと、ドカッと座る。
「おまえも座れよ」
智くんとおなじ顔をしながら、智くんとは正反対の和くん。
雑だけど、優しいところはそっくり。
言われるがまま座った。
ずいっとメロンパンを突き出された。
そういえば、気にしてなかったけど、ビニール袋が揺れてたっけ。
……ああ、今昼休みなんだっけ。
「ありがとう。司は? 」
受け取り、袋を開ける。
和くんは焼きそばパンにかぶりついている。
「んぐっ。アイツなら生徒会に呼び出されてたから置いてきた。二年で分かれたから、クラスのヤツらと馴染めるようにって思ってたけど」
じとっとこちらを見た。
「……私が何でも器用に立ち回れてるなんて思ったら、大間違いよ」
メロンパンに齧りつく。
サクサクとフワフワの甘みが口に広がった。
私の世界は、私たち4人だけでいい。
このメロンパンみたいにふんわり甘い世界。
「まあ、おまえも人間だけどさあ……」
ガシガシと頭をかく。
「やな事あったら来いよ」
和くんは優しいけど不器用な口下手で。
智くんは優しくて不器用だけど、はっきり言えた。
「もうそんな子どもじゃないでしょ」
大人なんかになりたくはないけど、幼い子どものままはいや。
「……だけど心配なんだよ、俺も司も」
「うん、ありがと」
私たちは繋がっている。
それが嬉しくて、頬を綻ばせた。
「あ、ねえ、和くん」
「あ? 」
「和くんはいつ、司に言うの? 」
「な、何をだよ?! 」
「分かってるくせに」
私は知っている。
和くんも司が好きだって。
「『言える時に言わないと、後悔するよ?
』」
智くんが死んでから1ヶ月。
和くんには言ってないけど、時効だよね?
「……分かっちゃいるけど」
「言わないままでいるの? 隠し通せるの?
和くんが? 」
意地悪に笑う。
「スッキリしちゃおうよ」
結果は見えているけどね。
和くんは渋々決意してくれた。
……本当に優しいね。
□□□□□
━━放課後、連れ立って歩く、司と和久。
「どうしたんだ? 恵理は? 」
「わりい。司に話したいことあってさ」
「なんだ? 改まって」
場所は校舎内。人気のない旧校舎の焼却炉。
この時間は、焼却炉を使う用務員も来ない。
「……言わなくていいやって思ってたんだけどさ」
焼却炉の目の前で足を止める。
「言うならさっさと言え。言わないなら……」
何かを察したのか、司が踵を返そうとする。
透かさずその肩を和久が掴んだ。
「……智兄が好きなおまえに言うのは"残酷かもしれない"けど、俺はずっと……司が好きだった」
司は困った表情をしていた。
「……どうするつもりだ? 」
「どうもしねえよ。ただ伝えたかっただけだ。……恵理にバレたからってのもあるけど。ホント、アイツってさ、俺たちのことはよく見てるんだよな」
ケロッと答えた。
「そ、そうだな。……"は"? 」
「そ、俺たちのことは。……クラスのヤツらと上手くいってねえみたいだぜ。何もなくてあんなことされるわけねえはずな……」
言い終わる前に逆に肩を掴まれた。
「おい! 恵理がどうした?! 何をされたんだ?! 」
和久はどうどう、と司を宥める。
「……いちゃもんつけられてたみたいで、机ガンガン蹴ってるヤ……」
「誰だ?! ソイツに文句を言ってやる! 」
「だあから! 落ち着け! 恵理のことになるとどうしてそうなんだよ! 」
肩に置いた手に力を込める。
「ソイツの足首掴んで威嚇しといたから大丈夫だって」
大人しくなる司。
「……私が行けばよかった」
「おまえ、生徒会あったじゃん」
「こんなことなら断ればよかった! 」
結局、和久の告白は日常会話により、日常会話の1部になった。
(出るに出られないなあ。……ホント、"司大好き")
言ったところで関係性が変わらないとは思っていたけれど、司があんなに取り乱してくれるなんて想定外だった。
(……なら、大丈夫だよね)
私は2人を置いて、1人校門を出た。
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