2.2 人間言わなければ想いや感情は伝わらない。しかし言葉にすればその全てが伝わるということも、同時に絶対にない

「ぬははははーっ。そうかそうか。それは素晴らしいことだ」

「父さん、それはどういうことだい?」


「うむ。私は親ではあるが、男だ。どれほど努力をしても母親になることはできない。代わりはできても変わることはない」

「ええと、父さんには感謝しているよ。できることなら、仕事も手伝いたいと思っている」



 この言葉に父は涙ぐんだ。どうも最近、私が発するすべての言葉に感動している気がする。映画の試写会に連れていけば、放映後のインタビュー大賞を受賞できるであろう。ある意味専門職である。



「ありがとう。気持ちは嬉しい。しかし、私はお前を楽にさせてやれない。学校にも行かせられない。残念ながら、まともな仕事ができないからな」

「父さん! それは――」


「分かっている。ああ、すまない。これは言わない約束をしたのに。――でも、これだけは覚えておくんだ。人間言わなければ想いや感情は伝わらない。しかし言葉にすればその全てが伝わるということも、同時に絶対にないんだ」



 これは父さんの口癖のようなものである。私はこの考えに非常に共感している。そして深く理解している。また、父さんが私に何もできていないかというと、それは絶対にない。



 事実、父さんは教員免許を持っている。よって、私に教師は一人で十分だし、指南書は市販物よりも詳細な知識から作られている。私は幼い頃に見た父親の涙以来、父さんの直向さに敬意を払ってきた。



「父親のうるさい戯言でしかないが、年齢のせいにでもして、少しでいいから聞いてくれ。そうしたら、私は嬉しい」


「うん。勿論、聞くよ。父さんの話はいつも面白いうえに、繊細で鮮明だ。歓迎要素しかない」


「そうか。ありがとう」



 父さんは父さんに言わせればありがちな、取り敢えず教員免許を取って置くという学生であったという。母さんとは同じ研究室であることが縁。母の交通事故以来、父は幼い私と母の意志を大事に抱きしめながら日本中の動植物へ足を運んだ。金はなかったが、愛と知識を私は豊富に蓄えてきた。普通とは言い難い特殊な人生ではあるが、父さんのお蔭で不満も不自由もない。それなのに湧き上がってきたこの感情は何か。自問自答に答える自己は存在しなかったため、父さんに尋ねたのだが、話が涙を流した時から横へ流れている気がする。親子愛はそろそろここまでにせねば。



「それで、父さんはどう考えるんだい?」

「……な、なにが?」



 何がって……まだ泣いてるよ。



「質問。さっきの質問」

「ああ。それなら答えたじゃないか。私は母親にはなれない、と」

「それは、答えなの?」


「……そうか、まだ分かっていないのか。いや、それならじっくりと考えると良い。今度の仕事は時間がかかりそうだから、その間に答えを探してみるといいよ。ヒントはもうあげたからね」



 それだけ言うと父さんは私の頭を二回ほど叩いて私を鼓舞した。しかし、私はどうにも腑に落ちなかった。

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