第13話窮犬、龍を噛む

ゴングが鳴って、ザティスとバレンは距離を保ったまま見合った。



「さて、ザティス選手も割と背が高いほうですが、バレン先生は2m近い身長で、鎧のような筋肉をまとっています。体格的にはザティス選手が不利かもしれません」



 アナウンサーが解説した直後、バレンは一気に走り出して加速し、間合いをつめた。



「おーっと! さっそくバレン先生仕掛ける!! 対するザティス選手は魔法詠唱の構えだ!!」 



 ザティスは素早く呪文を詠唱し、衝撃に備える。



「ショックアブソーブ・ショックプロテクション・アジリティ・リフレックエクステンドッ!!」



 パンチを繰り出しながらバレンはその洗練された呪文詠唱に感心した。



「ん~詠唱省略に連続詠唱か~。伊達にウィザード畑を歩いてきたわけじゃなさそうだなぁッ!!」



 あっという間にバレンの踏込の利いた右ナックルがザティスの左腕に直撃する。パンチの衝撃で土煙が上がった。



「あーーーーっとォ!! バレン先生の高威力ナックルが直撃してしまったぁ!! 呪文で衝撃に備えるが、これは一発KOかぁーー!?」



 さきほど張った耐衝撃魔法で幾分か衝撃が分散し、ザティスは気絶せずに吹っ飛んだ。すぐに体勢を立て直すも左腕は折れてだらりと垂れ、ピクリとも動かない。



「うわ~痛そ~!」



 ラーシェはゾッとしながら戦いの様子を見届けている。すかさずザティスは折れた左腕に右手を当て、省略詠唱した。



「レイピッドオウンヒール!!」



 徐々に痛みが引いていくのを感じる。



「おっ、耐えたなぁ。お次の行くぜ!!」



 バレンはザティスの方向を向いてラリアットで一直線に突っ込んできた。さきほどかけた呪文の中にあった反射神経を向上させる呪文が生きてくる。



 すこしゆっくりに見えるラリアットを斜めにしゃがんでかわした。ザティスから見ればややゆっくりな動作に見えるが、観客には高速で突っ込んだバレンをザティスが鮮やかにかわしたように見えた。



 会場全体が震えるような歓声で湧く。



「おおっとこれはすごい!! バレン先生の攻撃を耐えただけではなく、かわした~!! 狂犬ザティス、かなり善戦しているーーーーッ!! しかし、しかし! 防戦一方で活路が見えない。さぁどうするのかザティス選手!!」



 アナウンサーの手に汗握る実況が続く。壁際で止まったバレンが振り向いて指を差し、ニヤリと笑いながら言った。



「こりゃ愛のお仕置き、マシンガン鉄拳をお見舞いするしかないようだな」



 余裕の技名宣言で腕をポキポキ鳴らしながらバレンが歩み寄ってくる。ザティスはじっとその場を動かない。



「これは~まるでヘビににらまれたカエルのようだ~!! ザティス選手、動けない!!」



 再びバレンが走り出してパンチの連打を繰り出し始めた。



(速い!! リフレックス・エクステンドじゃ反射速度が間に合わない!! あれを使うしかねぇな!)



 パンチの初撃が届くかどうかというときにすかさずザティスは追加詠唱をした。



「ストレングス・エクステンド!! アクセラレイト・シングル!!」



 コロシアムの歓声や喧騒、雑音が全くしなくなった。聞こえるのは自分の鼓動の音だけ。ゆっくり、ゆっくり鼓動が脈打つ。



 バレンのマシンガン鉄拳がわずかに遅く見える。いや、遅く見えるのではない、こちらが高速化しているのだ。



 高速化しているとはいってもそれは他人から見た状態で、アクセラレイトを唱えた術者自身は自分も遅くなっているように感じる。



(アクセラレイト使ってもこの速度かよ。バケモンだな)



 鉄拳の雨霰を潜り抜けて何発もパンチを避ける。マシンガンというだけあって数発では止まらない。



 急激にザティスの鼓動が速くなり始めた。そろそろ限界が近づいているのを感じる。



(このパンチの軌道、今ならジャストで一発お見舞いできるぜ!!)



 回復して動くようになった左腕でパンチを除け、ガラ空きになったスキをつきアッパーを放つ。



 次の瞬間、呪文が切れて時間の流れが元に戻る。強化エンチャントした拳から繰り出されるアッパーがバレンの顎にクリティカルヒットした。



 バレン側からすれば動かなかった方の腕でパンチをはじかれるのは想定外だったため、アッパーは不意打ちとなる形でヒットし、避ける時間が無かった。



 攻撃が決まると同時にアクセラレイトの呪文の負荷でザティスの全身に激痛が走った。歓声は一瞬、全員が唖然として無音になったが、すぐにコロシアムに大きな声援が轟く。



「おおおおおおおおおーーー!!! ザティス選手、パンチを器用に全発避け、バレン先生に一発いれたー!!」



 そうアナウンサーが驚きの声を上げた直後、バレンは笑いながらのけぞった頭をすぐに戻し、ザティスをにらみつけてマシンガン鉄拳の続きを繰り出した。隙が全く無い。



「ちょ~っと痛かったぜぇ。まぁ良くやった方だが愛の鉄拳制裁は受けてもらうゼ!! ヌゥン、ヌゥンヌゥンヌゥンヌゥン……」



 バレンは高速のパンチを情け容赦なく連打した。一応、反射神経を上げる魔法はかかっているのだが、先ほどのラリアットとは速度も威力も段違いで、ザティスは全く回避できなかった。



 そしてモロに愛の鉄拳乱れ撃ちが直撃し、全発クリティカルヒットでボコボコにされてザティスはボロ雑巾のように地に付した。



 カンカンカン!!



 ゴングがけたたましく鳴り響く。



「ザティス選手、KO!! この試合、バレン先生の勝利です!! ですがザティス選手、予想以上のアツい戦いを見せてくれましたーーー!! バレン先生相手にここまで渡り合うとは誰も想像して無かったのではないでしょうか~!?」



 コロシアム全体が予想以上の健闘をたたえ、ザティスに拍手喝采を浴びせた。当のザティスは完全にノックアウトされてしまい、全くその歓声を聞き取ることはなかったが。



 ラーシェは広げていたグリモアを畳み、荷物をまとめてすぐにコロシアムの医務室に様子を見に行った。治療監督の教師と学院の実習生がザティスを運び込み手当をしている。



「先生、全身あざだらけで内臓がいくつか破裂、あと全身の骨が複雑骨折してます。これどうしたらいいんですか!!」



「お前ら慌てすぎなんだよ!! いつになったら慣れんだ!! 大概にしろよ!? 第一、良く見て見ろ。あんだけやられていながら一応、気絶前にオウンヒールかけてんじゃねぇか。この小僧の根性を見習えよ!! まぁさすがにこの傷だとオウンヒールじゃ助からんが……」



学院の実習生が重症者に動揺しているのを見て治療監督が喝をいれる。



「あー、お前ら分担してまずは内臓を再構築させろ。骨はあとでいい。4人だから~そうだな~、4時間で完治させられれば上出来、6時間以上かかるようなら課外活動の点はやらん。じゃあ始めろ」



教員は口に含んだタバコの煙を吐き出しながら時計を見て答える。相当イライラしているようだ。



 実習生たちは各部位のダメージ回復を始めた。激しいマナの消耗にどの実習生も額に汗をかき始めている。



「ザティス!!」



 ラーシェがベッドに近づくと治療監督の教師に制止された。



「あー、彼女か何か? 治療の邪魔になるから、出てって。大丈夫大丈夫。こんくらいじゃ死なない死なない。平気平気。遅くても6時間後くらいには元通りになると思うし」



 治療監督の教員はラーシェを追い払らおうとした時、バレンが医務室に様子を見に来た。



「まぁまぁ、お見舞い位はいいんじゃないすかね」



 ベッドの上のザティスを見つめながらバレンはラーシェの見舞いを許可した。 



「バレン先生!! なにもここまですることは無かったんじゃないですか!?」



ラーシェが声を荒げるとバレンは両手を広げながら答えた。



「急所は外したから安心しろい。コロシアムに参加する者はこのくらいの傷は覚悟してもらわねぇとな。実戦で死にかけた場合のシミュレートにもなる。あとは実習生の勉強ってのがデカいな。ここまでの大けがを治療する経験はあんまりねぇし、経験しておけば必ず後に生きてくるしな。ザティスには悪いが、この大けがが他の誰かを救うきっかけになるのよ」



 治療監督役の教師がバレンに言い放つ。



「おいおい、さすがに実習生のキャパがあるんだからここまで重症な奴はあと2人くらいにしとけよ? 3人目が来たらわざわざ俺が治療しなきゃなんねーからな」



 バレンは指でOKサインを出した。



「了解だ。ファネリ先生とあと2人ガッツリボコボコにして、それ以降は大怪我までやんねーよ」



 コロシアムの方からアナウンサーの悲鳴にも似た叫びが聞こえる。



「あああああーーーー!! ラッツィオ選手、ファネリ先生のブレイズ・ストームの上でお手玉のように転がされてどんどん黒焦げになっていく~~~!!」



 控えている実習生達がざわめき始める。



「だからおめーら、重傷人が来るたびビビってんじゃねーつってんだろ!! マジモンの戦闘でてめぇらがビビったら大事な命が助からねェかもしれねぇんだぞ!? さっきのアナウンスを聞いたか!? 次は火傷対策を中心に参加実習生を選べ!! グズ共さっさとしろ!!」



 再び治療監督が声を荒げ、ヒステリックに指示を出す。



 ラーシェは開いた口がふさがらなかった。普段見る事のないコロシアムの医務室ではこんな事が起こっていたとは。



「バレン先生、すいません。私――」



 言葉に詰まるとバレンが笑いながらラーシェの肩を叩いた。



「いいってことよ。あの監督の先生な、学院卒で昔ヒーラーだったんだが、実習中に、治療の甲斐空しく、チームメイトが死んじまったんだよ。もう何十年も前の事だがな。誰が何といおうとアイツは『俺が殺したんだ』って責任をしょい込んでな。それ以来、人が変わったようにコロシアムに住み込みで重症人を治療したり、実習生を育てたりしてる。奴の言葉に重みがあるのはそういうわけだ。まぁすぐに怒りだすし、荒っぽいし、口も悪いんだけどな」



そう話していると聴診器が飛んできた。バレンはそれをかわし、聴診器は壁に当たって砕けた。



「てめ~、余計な事ペラペラしゃべりやがって!! やっぱり見舞いは拒絶だ!! とっとと出ていきやがれ!!」



 結局、バレンもラーシェも医務室から追い出されてしまった。



「ほいじゃ、先生はもうちょっとコロシアムで遊んで帰るから。ラーシェも今日のところは寮に帰るといい。その様子じゃザティスに勉強を手伝ってもらってたようだが、課題の心配をすることはない。ザティスなら明日には元気になってるだろうからな。まぁ、アクセラレイトの反動の痛みは治療では治せないから何日か体中が痛いんじゃねーかとは思うんだが」



 バレンは嬉しそうに笑いながら鼻をこすり、ザティスの戦いっぷりについて振り返った。



「かなり高度な呪文詠唱、詠唱省略にまさかアクセラレイトのグリモアまで解読して習得しているとは思わなかったぜ。ちゃぶ台返しで久しぶりに一発くらっちまった。威力はともかくとして文句なしのいいアッパーだった。やっぱハングリー精神がある奴とは戦ってて楽しいもんだ。ザティスもあんなんにはなったもののきっと俺とのバトルを楽しんでたはずだぜ」



 バレンは教え子の成長に感動しているようだった。心なしか目元が潤んでいるようにも見えた。



(あ~、バレン先生こういう感動系に弱いもんなぁ……)



 ラーシェは男同士のぶつかり合いってこういう事なのかなと漠然と思いながらバレン先生を横目に見ていた。



「と、いうわけでだ! ザティスには課外活動の得点に加点しといてやる。バレンが褒めてたって後で伝えておいてくれ」



 そう言ってバレンは再びコロシアムの中へ入戻って行った。



「あ~あ、しょうがないな。寮に帰ってグリモア精読続きをやろうっと」



 ラーシェはザティスを気にかけつつコロシアムを後にして女子寮に戻って行った。

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