CASE.3-21

 「では、阿部力男が山野汐里さん殺害し、あなたと敷島洋次が彼女を辛峠町の山中に埋めたということですか?」

 「はい」

 罪を告白した萌絵は首をもたげてうつむいたままだった。

 「今でも彼女がストーカーだったと思いますか?」

 智沙の問いかけに萌絵は首を振った。

 「それはなぜ?」

 「彼女が同じ学校の生徒だと知って少し嗅ぎまわったことがあったのです。すると彼女には他に彼氏がいることがわかりました。阿部と昔付き合っていたかもしれないけれど、だからと言って私を付け回すなんておかしいと思い始めました。するとまた封筒が届いたのです。始めに届いたような数十枚の写真とそれを包むようにして手紙が添えらていました。結果的に彼女は私を付け回していたストーカー犯じゃないと知りました」

 目はすっかり充血し、目元にはハンカチが吸い付いたように離れない。

 「誰かに相談したんですか?」

 「友達数名にはやんわりとですが言ってみたことがありました。みんなそれが冗談だと思って真剣に受け取ってくれませんでしたけど…」

 「他には?」

 「言ってません。言えるわけありません。殺人に関与してしまったのですから」

突然バシンと机を叩く音が空間を支配した。

 じっと腕を組んで黙って聞いていた倉本が目をカッと見開くと、右手を思いっきり机へと振り落としたのだ。それには萌絵だけではなく智沙も一瞬ひるんだ。

 間もなく倉本は「俺のせいなんだ」と弱々しい声を発した。

 「どういうこと?」

 「こいつは俺に助けを求めていた。俺はそれをずっと気づけなかった。あの日、俺に会いに来た理由を今になって知ったんだ。こいつを苦しめたのは阿部だけせいじゃない。俺のせいなんだ」

 「違う。倉本さんには責任はない。私が弱かったの。合わせる顔が見つからず無視してしまった。本当はすぐにでも助けを求めるべきだった。父かもしれない遺体が山から出たという噂に協力者として名乗りを上げればよかったんです。もっと早くに父のもとに出て行って何があったか言うべきでした。でも一つもできなかった。名乗り出る勇気が全くありませんでした」

 ひとしきり胸の内を吐露した萌絵は深呼吸を一つすると新たな告白を自供した。

「結果的に私のせいで人が三人亡くなったのです。敷島を止めるべきでした。もっと早くに助けを求めるべきでした。彼女たちが亡くなった理由のすべてに私が関わっているのです。だから犬養さんに正体を見抜かれたとき、絶望しました。ですがそれと一緒におかしいですけどホッとしたんです」

 「三人って誰のこと?」

 予想を裏切る供述に智沙は身を乗り出した。

 智沙の飛びつき方に萌絵は戸惑った。どのように話すべきか全く考えていなかったのだ。供述が不利に働き罰を加重される可能性を聞いたことがある。何をどのように語るべきかは慎重に喫するべきなのだ。

 「一人は山野汐里さんよね。後の二人は?」と智沙は畳みかける。

 萌絵は机に置かれた父の遺体写真を見つめていた。白骨化したそれは記憶の中の父親とは程遠い。だが、雰囲気は確かに父だった。並べられた定年当時の姿写真に昔の姿が重なった。

 萌絵は肩の力を抜いていた。これからは正直に生きると決めたのだ。

 「一人は名前の知らない女の子。お母さんが駅でチラシを配っていました。そしてもう一人は私の友達、徹子です」

 智沙は閃いて急いで電子ボードから資料を漁った。

 「それは松鹿まなみちゃんではないでしょうか?」

 智沙の差し出した資料画像には当時のチラシのスキャンと被害にあった子の写真が映し出されていた。さらに画面を指で操作し内容を机に投影。捜査状況や当時の新聞記事の切り取り画像が連なっていた。

 「そうですこの子です」

 萌絵は両手で口を押えて震えた。

 碓井らが調べた事件はすでにデータに保存済みだった。碓井らの読みが当たったわけだ。それだけではない。これはある意味では一時俊久の功績だと思ってもいいのではないだろうか?それでいてこれは地雷だった。

 警察側の間違いを照らし出すものなのだ。

 「松鹿まなみちゃんが死亡した当時の状況を詳しく教えてくださいませんか?」

 智沙は恐る恐る目の前の女性にまるで顔色を窺うようにして尋ねた。

 萌絵は気の抜けたような顔で話し始めた。

 「山野汐里さんを山に埋めた帰りです。もうすっかり夜も開けていました。ここから3時間も離れた場所ですから敷島も疲れていたんでしょう。もう少しで着くって時に車がスリップしました。水たまりの落ち葉のせいか、タイヤの泥が跳ねたのか、突然車の制御が利かなくなって、飛び出してきた女の子にぶつかったようでした。敷島は慌てた様子で車を発進させて何事もなかったようにその場から逃げたようでした」

 「その時、あなたはどうしたの?」

 「眠っていました。前日は眠っていませんでしたから事故の時は何があったのかあまり覚えていないかったのです。でも、不思議なんですが潜在意識の中に自己の記憶が残っていました。女の子のことを訊かされたのは少しあとなんですが、妙に納得したのを覚えています」

 仮に彼女の供述が正しいのなら、刑に処せられた長谷川満は殺人を犯していないことになる。智沙は萌絵を見つめた。慎重に相手の主張を読み取ることが必要だった。無意識に智沙はいつもの眼力を扱っていた。

 「当時は事故のことを知らなかったのに、なんで自分に責任があるなんて思ったの?」

 「それはだって、遺体を山に埋めに行かなかったら事故なんて起きなかったと思ったからです。あの時止めていたら女の子は死なずに済んだとおもいます」

 「それを聞いたあなたは誰にも言わなかったの?責任を感じたのなら警察に相談するべきじゃない?」

 「そう思いました。子供のお母さんのためにも。でも…できませんでした。その日に私は殺されたのです」

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