CASE.3-03
食後、簡単な打ち合わせ時間を設けた。言葉のまま出張版打ち合わせである。
「山中の雑木林から遺体が見つかったのが二日前の9月2日の早朝ことです。発見したのはありがちなんですが、愛犬との散歩道で通りかかった地元の方だそうでして、前日に通った際は何もなかったと証言しているそうですね。ですが、遺体の状況から長いこと埋められていたとみて間違いないでしょう。死後1年は経っているとみているそうです」
碓井は借りた資料に目を通しながら情報共有に励んだ。
「死因は首を絞められたことによる窒息死として見ているようです。首にロープのようなもので絞められたあざが残っていたそうです。そのほかにも足の指や手の指に欠損があり、胸には切り傷もあったそうですね。現在は欠損している左腕と右足首を捜索しているようです」
「穏やかじゃないね。まるで拷問を受けたみたいだ」
渕上は率直な感想を述べた。
「倉さん、その一時という人はどういう人だったの?」
「まあ、あれだ。簡単に言えば真面目な人だったよ。思えば班長みたいだな」
「例えば、人の善意を素直に受け付けないとか?」
智沙は反射的に渕上に小突いた。
「そうだろ。素直さが足りないんだよ」とわざとらしく痛そうに言い訳した。
「わかっているのよ。私だって。だから素直に、あなたから言われるとむかつく」
碓井も桑原も笑っていたが、いの一番に突っ込むはずの倉本からの反応はない。
「ごめんなさい。話を戻すわ。一時さんにトラブルめいた事とかなかったの?」
「いや…俺の知る限りでは聞いたことがないな。確か俺よりも20は上の人だからと思うな、ちょうど今の俺と桑原ぐらいだ」
智沙は倉本の言い分に直感したのだが、あえて触れることを避けた。
「経歴については記録が残っているかもしれないから、河合さんにでも取り寄せてもらいましょう」
「あの人のことだからお土産もっていかないと怒るだろうね」
不本意ながら渕上の言ったことに一同想像を巡らせた。おそらく全員が想像する姿は一緒だっただろう。丸顔女性のムスッとした眼鏡の奥の目つき、ねっとりと耳に残るような猫なで声でねちねち言うに違いないだろうと。
「町の人たちが残りの遺体探しに励んでいる間に、私たちは不審車両の目撃がないか聞き取りに行くわよ。1年以上経っているかもしれないから期待はできないだろうけど、時間が惜しいわ。一応、可能性として足を使いましょう」
各自返事を告げグループ分けを始めた。
「私と倉さんで町の西側ね。3人で東側としましょうか。そうね、18時までお願いします」
「ねえ、遺体を放棄する瞬間に戻れないの?」
我先にお勘定を終え店を抜けて行った渕上を捕まえた智沙は前置きなく声を潜めて訊いた。
「無理だよ。いつのことだかわからない瞬間に時間移動なんてできない」
渕上はことさらに嫌な顔を見せると智沙から遠ざかろうとした。
逃げる渕上を捕まえて、
「じゃあ、節目ごとに例えば1年前とか一年おきに時間を於いて遺体があるか確認することは?」と続けた。
「僕に山を見張れってこと?嫌だよ。そんな気が遠くなりそうな実験」
「じゃあ、今回はあなたの出番はないってことになるわね」
「その提案がどういうことかわかっていないようだから言わせてもらうけど…いいや、身をもって恐怖を味わうかもね。やるとなると、君も犠牲だから」
犠牲と言われるといたたまれない。前の体験でその手の経験はこりごりなのだ。それになにも渕上の能力を当てにしているわけではない。一日の苦労をタイムスリップなどによる裏技で台無しにされないか勘繰ったわけなのだ。
「まあ、地道にやりましょう」
渕上の背中を叩いて待ちかねた様子の倉本のもとに走った。
「いいのか?渕上を引き離して」
どういう意味だろうかと倉本の言葉の意図を読み取れないでいた。その様子に倉本は何やらにやけていた。
「渕上なら桑原君やさやを引っ張ることぐらいできるでしょう」
「そんなこと心配していないよ。俺はてっきり…」と変なにやけ方をしていた。
「何よ?」
智沙はむきになった。
「悪い悪い。わかっているよ。俺と組む理由なんてあれだろ。さっきの話さ、一時さんのことで聞きたいことでもあるんだろう」
「そうね、あなたの落ち込み具合が気になったわ。きっと私たちには言えないような、一時さんと何かあったんでしょう」
「まあな、班長にはお見通しか。まあさ、いずれ資料を調べたらわかることなんだけどさ、なんだか言い出しにくくてさ」
倉本は小石を蹴飛ばした。小石はとび上がることなく地面をコロコロと転がりゆくだけ。水たまりにでも落ちれば水面は揺らめくだろうが、カンカン日和の残暑の中、小石一つを蹴飛ばしたところで反響一つない。
「一時さん、行方不明の娘さんをずっと探していた」
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