CASE.1-03

 「男の名前は黒川朔。26歳。セプテンバーナインスに勤めて6か月。被害者とは同僚に当たりますが、仕事を教えたのは被害者だそうです。彼の話によると私的な関係があったそうでそれなりに思い入れがあったそうです」

 碓井は手帳を開きマイクの部分に向かって読み上げた。走行中の車内とあって雑音がひどいことが予想されていたためか、はっきりとした声で続けた。

 「事件当日のシフト…えっと、つまり昨日のシフトはもともと被害者の予定であったところを黒川が代わったのだそうです。黒川によると急な連絡だったそうで、出勤時間の1時間前に一報があったようなんです」

 『なるほど。つまり10時には連絡を寄こしたと』

 スピーカ先の倉本もハキハキとした返答であった。その一方で智沙はハンドルを握りつつ、報告を横に現場の状況を改めて思い出していた。荒らされた箪笥と割れた食器。侵入の形跡と思われる割られた窓ガラス。被害者の血液がフローリングの隙間に伸びていた。

 「はい。収穫としてこのぐらいです」

 報告には10分余を費やした。現時点での聴取のすべてを伝え終えたのである。時間がかかっても情報を共有せねばというのが彼女なりのチーム意識なのだ。だから二人は碓井の報告に文句はつけない。

 『うむ』

 倉本の何とも言えない返事を後に智沙は訊いた。

 「ところで現場の状態は?他の二班への指示はどうなっていますか?」

 『まあ、奴らも手馴れているさ。まず高岡班は空き巣強盗の線で調査に回ってもらっています。それに真鍋班は事件現場付近辺り一帯を聞き込みに」

 「真鍋班が担当に来てるの?」

 『ええ、まあ、一応』と倉本は答えながら自分の班長の言わんとすることを理解した。

 「まあ、いいわ」

 声から苦虫を噛み潰したような顔が見ないでも想像できた。

 真鍋班といえば何度となく組んだ仲ではあるが、馬が合わないのだ。いつの間にか班3人の暗黙の認識となっていた。

 その一端を担っていたのが班長真鍋の感じ悪さだ。犬養班の功績は真鍋の手柄でかき消される。どれだけ真実に迫ろうとも最後にはなぜか掬われてしまう。思い込みだの、偶然だの思ったところで、どうしても一歩及ばないのだ。智沙はそれほど手柄や功績に囚われる気はないのだ。優秀な相手には心から尊重も尊敬もするのだが真鍋にだけはそうはならない。

 「倉さん」

 鋭い智沙の声がスピーカーから聞こえた。

 呼ばれた倉本はいつになく緊張した。無神経に真鍋班に指示を出したのは自分にある。

 せめて個人的には的外れだと思う空き巣の線の調査を指示していたら、ストレスは軽減できるかもしれなかったのにだ。

 『初めに来たのが真鍋じゃなかったんでな。真鍋以外俺もあんまり知らんでよ。すまん。班長に任させてもらったのによ。しっかりアトのことも考えるべきだったのにさ』

 倉本はぼそぼそと言い訳がましく言った。ただスピーカ越しにはその半分も伝わってこない。

 「そう。アトなのよ」

 班長の言葉に倉本と碓井はポカンとなった。

 ただ智沙の頭の中では違和感の正体を突き止めていた。真鍋のことなどすでに頭になかった。

 「今、現場でしょう?」

 『まあ』

 「よかった。すぐに調べてほしんだけど…」

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