CASE.1-02

 「被害者は竹中未希35歳。自宅で刺殺された状態で発見されています。第一発見者は夫竹中勇哉。夫の証言によると17時頃に電話を掛けたそうです。その時には異常はなかったらしく、帰宅した際に被害者が倒れているところを発見したそうです」

 碓井さやかは几帳面に記した手帳を読み上げた。手帳を使うのが彼女のポリシーなのだろう。

 「碓井さんは相変わらず手書きなんだね」と相手より20歳以上年の離れたおじさんが液晶画面をいじりながら言った。感心しているのか、冷やかしているのかわからないように言うのがこの男倉本一輝の特徴だ。

 「手で書いてこそ脳にいいんです」

 「若い時から年寄り臭いこと言わないの。十分若いんだから」

 「十分若いったって、使わないと脳はどんどん衰えていくんですよ。年齢がどうだとかって関係ないんですよ」

 「はいはい。おじさんにもなると、もう手遅れだよな」

 二人の会話は住宅街の片隅で響いていた。

 「ねえ、さや。どうでもいいから報告を続けて。倉さんもさやにちょっかいかけないの」と耐えかねた犬養智沙は部下たちをあおった。事件現場となった家はすぐそばにある。

 「すみません」と碓井は丁寧に頭を下げて謝った。

 ただ倉本はというと「悪い悪い」と適当にあしらっただけだ。年下の上司に対するそれである。

 倉本の態度に智沙は特に気に掛けることはしない。倉本は十分の戦力だと思っているし、それなりの尊敬は持っている。なによりもチームの輪を大切にしたかった。

 犬養班は部下碓井、倉本の三人で構成されている。人員削減の世の中警察内でもそれは例外ではない。いずれ班も撤廃されかねないところまで来ているというのは本部でもよく聞く噂となっている。

 「被害者の争った形跡や宅内の荒らされた状況から物盗りによる犯行だという見方ができるそうです。被害者の死亡推定時刻はただいま調べている状態のようで、確認が取れ次第連絡があるそうです」

要点をまとめた手帳を閉じると続けて言った。

 「私と倉本さんとで現場を確認したのですが、空き巣の果ての殺害とは断定できない気がします。単なる物盗りとするのは少し尚早のではないかと…」

 先に現場に来ていた碓井と倉本はある程度状況を把握していたらしく、次に何をするかの計画はすでに立ててあった。

 「本部の指示では私たち以外にもう二班来るそうだからそのつもりでいて。第一報を受けた私たちに現場の指揮権が与えられているのは確かだから気合い入れて頂戴ね」

 碓井は「はい」と短い返事をし、倉本は「おお~」と感嘆の声を上げた。

 倉本の返答に二人は不思議そうに顔を見合わせた。

 「いや。ついてるなと思ってよ。俺たちに指揮権が与えられるのなんていつ以来だってな」

 二人は合点がいったように「あ~あ」と息がぴったりにリアクションした。

 「私とさやとで昨日の被害者の動きを集めに行くわよ。倉さんは現場に来た他の班の指示をお願いします」

 「いいんですか!」

 倉本は思わず語気を強めた。

 「お任せします。他の班との連携となるとおそらく私より倉さんのほうが経験から得意でしょうから」

 「了解です」と倉本は右手で軽く会釈してみせた。

 態度には見せないが実は…。

 (うれしいんだなあ)と碓井でもわかる態度なのだった。


 まず被害者竹中未希の勤め先である海外のコーヒーショップ〈セプテンバーナインス〉にて聞き込みを行うこととした。店内は込み合っていた。

 「日本人の客のほうが少数派ね」と智沙は小声で言った。

 碓井はうなずいて見せた。一瞥するまでもなく店内が外国語でにぎわっていた。

 二人はテーブルに着くことなく店長を呼んだ。

 事件について「え!」や「本当ですか」「マジっすか」など事件について聞くと第一声の反応にはほとんどが大差ない。

 そんな中でも店長の男はシフトのことで頭がいっぱいといったところで被害者の死について思うところがないのだろう。店員の事情聴取も作業的にこなす程度である。多忙にいらだちがひしひしと伝わってきた。

 「竹中さんは良い人でした。あれだけ仕事ができる人はいません」

 「うちの店の裏店長だと思っていました」

 被害者竹中未希の評価は一様に高かった。

 そして評価の中でも特に目立ったのが彼女の容姿に対するものであった。

 「竹中さん目当てで来るお客さんもいたと思います」

 「未希さんは私の憧れでした。私もあんな風にきれいでテキパキ出来たらなって」

 そんな中でも膝を落とし、ひときわ悲しむ男がいた。

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