第55話

 達也はシャワーから上がると、バスタオルを肩にかけ、オレンジジュースを片手に庭に出た。


 ガーデンチェアーに腰掛けると、ブルースがのっそりと出てきて、達也の足もとに寝そべった。ブルースの頭をなぜながら、達也はため息をつく。いよいよ明日がララバイコースのチャレンジの日なのだ。

 ツインドライブから帰ると、実際のララバイコースでの走行練習を翔子と繰り返し行った。何回かトライアルもしたが、4分を切ることができない。

 今日は最後のトライアルであったが、やはり4分を切ることができなかった。


『結果は気にしなくていいから。別にそれが人間の価値を決めるわけでもないし…。とにかくここまできたら、怪我だけはしないように…。お願いよ』


 今日のレッスンでの別れ際、達也の身を案じて翔子はそう言ってくれたが、このままでは、副長の思惑通り、翔子の前から姿を消さなければならない。絶対にそれは嫌だ。しかし仮に結果に関わらず翔子が兄の言葉を反故にして、自分と会ってくれたとしても、決して嬉しくはないこともわかっていた。今後も心安らかに翔子と会えるようにするためには、あの峠のツインドライブで見せた火事場の馬鹿力を期待するしかない。達也は持っていたオレンジジュースを一気に飲み干した。


 今日は午後診療のため、病院へは遅めの出勤でいい。家を出る時間まで、気分転換にブルースと遊ぼう。達也は大人しく横たわるブルースにチョッカイ出す。無邪気な弟に寛容なブルースは、迷惑顔ながら付き合ってくれているようだった。


 その時外玄関のチャイムが鳴った。こんな時間に来客?あいにく母親は地域ボランティアの会合で朝から家を出ている。達也は家に入り台所のモニターボタンを押した。


「はい?」

『バイク便のセルートです。荷物のお届けにまいりました』


 自宅にバイク便なんて珍しい。父が学会の資料でも送らせたのだろうか。不審に思いモニターからバイク便のライダーを見た。


「あれ?次郎さんでしょう」

『えっ?』


 ライダーが自分の名前を呼ばれて驚いている様子がモニターから見て取れた。


「翔子さんのお兄さんの墓参りでお会いした上田…いや、ペケジェーですよ」

『ああ、あの時の…。ここはペケジェーさんのお宅でしたか』

「今、錠を開けますから」

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