第49話
翔子は相変わらず寝つかれなかった。
胸に秘めていたはずのことを、なんで達也に話してしまったのかと、自己嫌悪に陥って悶々としていた。すると、突然達也の腕が翔子の身体に被さって来た。
『こいつ殺してやる』
物凄い形相で振り向くと、意外なことに達也はすやすやと寝息を立てている。
えっ、単に寝相が悪いだけなの?翔子が戸惑っている間にも、身は寄せて来るし、足は掛けてくるし、翔子を抱き枕と間違えているような寝姿だ。
しばらく動かずに自分の頬にあたる達也の寝息を感じていたら、不思議と翔子も眠たくなってきた。
『こいつに抱かれると、へんな睡眠効果があるな…』
翔子は次第に柔らかな眠りの園に入っていた。そして、悪夢も見ることなく、朝までぐっすりと眠った。
翌朝、翔子が目を覚ますと、雨も上がり明るくさわやかな日差しが部屋に注いでいた。見ると達也の布団はすでにたたまれている。達也は目覚めた時、自分のどんな寝姿を見たのだろう。翔子は気になりながらも、手ぐしで髪を整えて居間へ出ていった。
「おはようございます」
翔子の朝の挨拶に、お祖母ちゃんは台所から、そしてお祖父ちゃんと達也は庭から明るく返事を返した。
翔子が顔を洗って朝食の食卓に着くと、このトマトはお祖父ちゃんと朝一番に収穫したものだと、達也が自慢する。塩のかかった真っ赤なトマト。そして、魚の干物とみそ汁とお新香。静かに味噌汁をよそうお祖母ちゃん。畑の苦労の愚痴を言うお祖父ちゃん。とびきりの笑顔で盛んにトマトをすすめる達也。質素であるものの、この柔らかさと暖かさに包まれた朝食は、母とお兄ちゃんとそしてお父さんとで囲んだ、遥か昔の食卓の記憶を翔子に蘇らせた。
一宿一飯の礼を言って田舎屋を離れたふたり。
警察署の駐輪所からバイクを引き出して、帰路についた。往路と同じように翔子の後に着いてバイクを走らせる達也ではあったが、復路では自分のライディングに余裕を感じたのだろう。そのうち翔子のバイクに並んで走ったり、前に出たり。ふたりのバイクの轍が、連れ添いながら、絡みながら、その軌跡を標す。
ワルツを踊るかのごとくバイクを操って、翔子と達也は帰りのツーリングを楽しんだ。
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