第48話

「なんでふたつ並べて…」

「私が知るわけないでしょ。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに聞きなさいよ」

「しかし…」

「しかしもなにもないわよ。だいたい酔い潰れてたのになんで起きるの」

「自分は、酔うのも早いけど醒めるのも早いんです」

「本当に厄介な奴だわ…」

「なぜそう言われるのか、なんか納得がいきませんが、もうこんな時間ですから布団に入って寝ましょうよ」

「嫌よ」

「安心してくださいよ。自分は何もしませんから。夜通し外気にあたっていると、身体に毒ですよ」


 黙って動かない翔子。


「なんだったら、自分を縛ってもいいですから…」


 翔子の身体を心配して必死に言い張る達也の瞳を見て、彼女もようやく腰を上げた。


「いい、そこから1センチでも私に近づいたら、殺すわよ」


 翔子は達也に背を向けて布団を被った。


「翔子さんの怖さはわかってますよ…」


 しばらくふたりは黙って寝る努力をしていたようだが、やはりお互いの寝息が聞こえるとそうもいかないようだ。


「翔子さん…翔子さん。寝ました?」

「うるさいわね、何よ」

「まだ寝てないんだ…よかった…」

「だから、何?」


 翔子は背を向けたまま達也に詰問する。


「今日お祖母ちゃんが作ってくれた夕飯美味しかったですね」

「そうね…」

「でも自分は、昼に頂いたおにぎりも凄く美味しかったと思いました」

「そう…」

「翔子さんも、料理が上手なんだぁ」

「おにぎりで、料理が上手って言われてもねぇ…」

「結構家庭的なんですね」

「叔母ちゃんの力は借りたけど、母が亡くなってから、いちおう家のことはやっていたからね」

「でも、いつも不思議に思っていることがあるんですよ。お兄さんがバイクで亡くなっているのに、ひとり娘である翔子さんがバイクを乗ることを、よくお父さんが許してくれますね」

「兄ちゃんがバイクで死んだって、誰が言ったの?」

「えっ、違うんですか?」

「兄ちゃんはビル工事の仕事で東北の現場に応援に行っていてね。あの震災で、津波に呑まれてしまったの」

「…ごめんなさい変なことお聞きして」


 翔子は、仰向けになってうっすらと見える天井を眺めた。


「遺体のないお葬式だったから、父が辛そうでね…。ある日ニュースで見たの。津波で被災地から流出した瓦礫のうち、約150万トンが今も太平洋上を漂流しているって言うじゃない。これだけ時がたてば、瓦礫だけでなく、犠牲者の遺骨や遺品が北米の西海岸に流れ着く可能性もある。それで思ったのよ。もしかしたらアメリカ大陸の太平洋岸をくまなく走ったら、もしかしたら兄ちゃんの遺品でも流れ着いてるんじゃないかって」

「翔子さん、本気で言ってるんですか?」


 翔子の答えはなかった。しばらく返答を待っていた達也だったが、諦めて小さくつぶやくような声で言った。


「翔子さん、おやすみなさい」


 それらからふたりはもうしゃべることはなかった。

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